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猫を埋めに行った日

会社から帰ると、母が玄関で待ち構えていた。
「ああ、やっと帰ってきた。疲れてるところ悪いんだけど、ちょっと着替えてきて。手伝ってちょうだい」
家のそばのグリーンベルトの上で猫が死んでいる。
それを埋めに行きたいと言う。

ジーンズとカットソーに着替えて外に出た。
母は、大きな紙袋を持って立っていた。

ほら、と母が指差す先に、古びたタオルのような茶色い塊があった。
近づいて見ると、それは確かに猫だった。
アッと言ったように口が開かれ、目はギラリと天を見ていた。
自分が死んだことに驚いているような顔だった。

軍手をはめて、母が頭を、私が尻を持ち上げた。
もう、猫の柔らかさは失われていて、木の幹のようだった。
どう押し込んでみても、紙袋から体の一部が飛び出てしまう。
私たちは諦めて、そのまま紙袋の持ち手を一つずつ持ち、公園まで歩いた。
幸い、人通りは少なかった。

公園の奥に場所を決め、木の根もとの土を掘り始めた。
土が硬く、母の園芸用のスコップ一つでは、なかなか充分な大きさの穴にならなかった。
時々交代しながら、黙々と掘り続けた。
「猫一匹の穴を掘るのもこんなに大変なのに、人間を埋める人は相当大変ね」
母が呟いた。

土をかぶせ、ポンポンとスコップの背でならすと、
母が、持っていた巾着袋から何かを取り出して土の上に置いた。
ベランダで育てている薄紫の小さな花だった。
こういうところによく気がきく人だと思った。

帰り道、急に笑いが止まらなくなった。
「何よ、あなた。何がおかしいのよ」と言う母も笑い出した。
向かいから歩いてきた人が、私たちを気味悪そうに見やると、足早に通り過ぎて行った。


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