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 エイプリルフールの日、友達が死んだ。

 飲み会ではたいてい一番端の席に居て、静かに酒を飲んでいた。だが、いったん話をふられると、洒落た言葉を紡ぎ出しては皆を大笑いさせた。あまりに辛辣な人物批評やどぎつい下ネタを披露して、困惑させるようなところもあった。
 私は、彼の鋭さを避け、近づき過ぎないようにしていた。

 一度だけ、二人きりで話しをしたことがある。
 彼も私も人見知りする性質だったので、会話は弾まなかった。ひょんなことから、互いに物を書いていることが分かると、やっと共通の話題を見つけられた嬉しさから、どんなことを書いているのかを披露し合うという、なんとも無様なことになってしまった。

 自虐と虚栄とを交えながら話すうち、話題は「書くという行い」そのものに移った。「書くという行い」は自慰行為に似ていて、こっそりと没頭するものであって、それを公にするなんてことは人前で裸になるよりもずっと恥ずかしいことだという意見で一致した。
「だけど公にしたい。そう思うから厄介だね」彼が言った。
 
その時初めて、私は彼の顔をまともに見た。そして、ああ、この人は、こんなに柔らかい瞳をした人なのかと思った。


 棺の中の彼は、ひどく疲れているように見えた。
閉じられた瞼の奥にあった柔らかな瞳を思い浮かべた。
 大勢の友と、彼の乗る黒い車を見送った。
 

 家に帰ると、右肩に小さな桜の花びらが一片のっていた。ふざけた悪戯みたいだと腹がたった。黒い服を脱ぎ捨て下着姿になると、私は床に落ちた花片を拾い上げて口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。
 

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