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同じ空の下で
僕は君のことを決して忘れなかった。
そう、たとえ何年経っても。
それが、それこそが、僕たちが交わした一生に一度の約束だったから。
「―————待ってたよ」
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「……なにぼーっとしてんの?あと1周残ってるよ!早く!」
ある日の放課後。
部活動に勤しむ僕らの背後に、夕日が沈んでゆく。
「…あと…1周あんのか…くそっ…」
誰かのそんな弱音をよそに、
「ほら~~!ファイト~~!」
マネージャーの影山優佳が声を張り上げる。
僕らは最後の気力を振り絞り、疲弊した体に鞭を打つ。
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漫画やアニメの見過ぎで、「マネージャー」という存在に幻想を抱きがちな人は多い。
部員のあらゆる面倒を見てくれるとか、超絶可愛くてツンデレとか、ちょっとおバカで天然だけど一生懸命だとか、そんな子と恋に落ちてしまうとか…
が、そんなイメージとは裏腹に、影山は「普通の」マネージャーだ。
決して、可愛くない、あるいはあまりにも淡白すぎるとかそういうことではない。ただ、そういった「誇張した」イメージの中のマネージャーではないということだ。
僕らサッカー部は影山にたくさん助けられている。それは間違いのない事実で、多分彼女がマネージャーではなかったら、ここまで部活に集中することはできなかっただろう。
僕たちのことをしっかり考えてくれているし、なにより本人がサッカー好きということも大きい。
そんなマネージャーだ。
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高校生活最後の大会。
「―———スペース!出せ!」
僕の足元に向けてスルーパスが出される。しかし相手も一筋縄ではいかない。足を出されてボールは宙に舞った。
「…負けたくねぇ」
誰よりも高く跳び、僕の胸元にボールが収まる。
そのまま足元に落としたボールを、あとは思い切り振り抜くだけだった。
ズバーーーーーーン!
ボールは、ゴールの右隅に突き刺さった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「きたーーーーーーーー!」
ベンチの影山も大はしゃぎだ。
見事、試合は逆転勝利に終わった。
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数日後。
放課後の教室で一人、参考書とにらめっこをしていると、
「なにやってんの~」
前の入り口の方から、ひょっこりと影山が現れた。
「なにって…勉強だけど?」
「あはは、そりゃそうか。がんばってるね~」
隣の席に腰かけると、影山は僕の手元の参考書とノートに視線を移した。
「え、これ間違ってない?ここの解き方合ってる?」
「あ、え?マジ?」
成績優秀な影山は、勉強面でも頼れる存在だ。学年上位を常にキープし続ける努力には頭が上がらない。
「助かった、ありがとう」
「いえいえ~、こういう問題難しいからね~」
そう言いつつも、影山はこともなげにニコニコしている。流石だ。
「みんなちゃんと勉強してるのかなぁ…」
そう呟いてから、彼女は窓の外を見た。
3階の教室からは、グラウンドで後輩たちが練習している様子がよく見える。
「…引退したくなかったな」
「ね。こうやって見てる側になると、なんか寂しいねぇ」
最後の大会、準決勝で劇的勝利を収めた僕らは、続く決勝で嘘のようにぼろ負けした。むしろ清々しいとまで言えるくらいだった。
「準決勝で力尽きたもんな…おれら…」
「やー、あの試合熱かったよね!決勝ゴール、めっちゃかっこよかったよ?」
「はは…ありがと」
あのゴールは、多分一生忘れないだろう。
「切り替えて勉強がんばろうね!」
「…無理矢理だな。まぁ、やるんだけどさ」
思えば、部活では様々な管理を任されて、それでいて勉強にも多大な時間を割いている彼女は、相当忙しかっただろうと思う。
「そういえばさ」
「ん?」
「影山って、どこの大学受けるの?」
「あー…」
なぜか彼女は、少し気まずそうに口をつぐんだ。
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しばらくして、彼女ははあっ、と息を吐くと、意を決したように話し始めた。
「うちさ、海外の大学行くんだよね」
「か…海外!?」
「そ。イギリスなんだけどね」
青天の霹靂というのはまさにこういう状況なのだろうか。いざ出くわすと思いつく言葉は何もない。
「だからさー、みんなとも高校でお別れになっちゃうんだよね」
そう言いながら影山は立ち上がり、開いた窓から外に顔を出した。
釣られて僕も顔を出す。夕暮れの風はすっかり涼しくなっていて、心地よかった。
「…やっぱ凄ぇな。影山は」
心の底から、僕はそう思った。寂しさよりも先に出てきた気持ちだった。
「ずっと夢だったんだ。こういうチャンスは掴んでおきたいしね」
表情は儚げだが、その言葉からは力強さを感じた。
「寂しいけど…でももう決めたし、全力でやりたいんだ!」
「……そっか」
どんなことにも一生懸命で、前向きで。
そういうところに僕らはいつも助けられてきた、と改めて実感した。
「がんばれよ。ってありきたりだけど」
「ありがと。もちろんがんばるよ」
その返事を聞くと、僕は急に寂しさがこみ上げてきた。
もう影山に会えなくなる。
ずっと部活で顔を合わせていた分、いまいち実感は湧かない。だが、何故か僕の心にその事実が深く刻まれた。
「あー…その、なんだ」
「ん?なに?」
「おれ、じゃなくて、おれたちみんな応援してるから」
「…え?」
「…今まで影山にはたくさん支えてもらったわけだし、だからこそ、その分応援したいっていうか…皆も絶対そう思ってるはずだから」
「…急にどうしたのさ」
そう言って笑う影山を見ると、なんだか僕も恥ずかしくなってしまった。
「わ、笑うなよ!」
「でも、たまにはいいこと言うじゃん、ありがと。嬉しいよ?」
窓から入ってきた風が、ふわっと影山の髪を巻き上げる。その時見えた目には、うっすらと光るものがあったような気がした。
「ってか、邪魔したよね!すまん!私は帰るね~」
それを誤魔化すためなのか、影山はぱたぱたと駆け足で教室を出ていった。
冷たい秋の空気だけが、その後に残った。
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座って勉強を再開しようとしたが、どうにも考えがまとまらない。
ふと思い立って、僕は教室を急いで飛び出した。
玄関に向かうと、影山はちょうど外へ出るところだった。
「影山!」
「お?どした?」
振り向いた顔には、もう涙は見えない。
だから、僕も迷わないことにした。
たったついさっき決めたことだが。
「いつか、会いに行くから!」
「…え?」
「お前がイギリス行っても、おれ、絶対いつか会いに行く!イギリスに行くよ!…全然いつになるかわからないけど!」
少し驚いた表情をした影山は、やがてふっと微笑んだ。
「……やっぱ、かっこいいなぁ」
「あ?なんか言ったかー?」
何か呟いたようだったが、聞こえず聞き返すと、
「わかったー!待ってるからね!一生!」
大声でそう返事をすると、影山は颯爽と帰っていった。
心なしか、さっきよりその表情がすっきりしたように見えた。
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「あー…多分この駅だよな?」
次の駅名と、手元のメモを見比べながらどうにか降車することができた。
初めて見る景色に心が躍る。
飛び交う言葉が少しも聞き取れず不安だが、どうにかメモを頼りに街を歩いていく。
しばらく歩くと、街灯のところに1人の女性が立っているのが見えた。
「ん…?あれか…?」
恐る恐る、僕はその人に近づいた。
「あの…」
振り向いたその女性は、息をのむほど綺麗だった。
「……あ」
だが、そこには数年前の面影がしっかりと残っている。
「…ほんとに、来てくれたんだね」
「当たり前だろ。約束したんだから、な」
「……へへ。待ってたよ」
その瞬間、約束したあの日と同じ風が、僕らを包んでそっと吹き抜けていったような、そんな感じがした。