WONDERLAND
〇月✕日
4日目
この奇妙な世界に来て、もう4日が立つ。
不安と闘いながら、この記録を残している。いつ何があってもいいように。
文章を書くのは得意ではないので、ありのまま起きたことを書く。
あいつは今日も聞いてきた。
『本当の私を、探して?』
知ったことか。
そう思っても、あいつは何度も俺に言う。そして、笑いながらどこかへ去っていくのだ。
何をすればいいか、ここから出る方法はないか、そればかり考えている。しかし、昨日もそう考えている間に1日が終わった。
ここには朝も夜もない。だが、「始まり」と「終わり」は明確にわかる。なぜか俺の意識の中にはそれがあるのだ。
これを書いている今まさに、「終わり」が来るようだ。
また明日。
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〇月✕日
5日目
今日はやたらとあいつに話しかけられた。
『ねぇ、どうしたの?』
『聞こえてる?』
『本当の私を、探して?』
『まりぃ、寂しいなぁ』
『私はここにいるのに、ここにいないの』
『ここは私の世界なのに、私じゃないの』
『私の世界にいるあなたは、何者?』
部屋の四方八方からあいつの声が聞こえてくる。
洗脳されてしまいそうだ。早くここから出ないと。
だが…どうやって?
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〇月✕日
14日目
2週間経過。進捗なし。
窓の外を見た。快晴だった。
しかし次の瞬間には、土砂降りの雨に変わっていた。
かと思えば、雨が止み、空には大きな虹が架かる。虹が消えると、しんしんと雪が降り始める。
すると、あいつの声が横から聞こえた。
『ここは私の世界。私の夢の中。何もかも思いのまま』
横を見ると、あいつと目が合った。俺は思わずたじろいだ。
『でも、ここはあなたの世界。あなたにとっても思いのまま』
背後から声がしたので振り向くと、そこにもあいつが立っていた。
『私は森本茉莉であって、森本茉莉じゃない。あなたは何者?』
気づかなかったが、あいつは1人ではなく複数存在していたらしい。無数の声が聞こえた理由がやっとわかった。
『どうすればいいんだ?俺は何をしたらいい?』
俺は思い切って聞いてみることにした。すると急に、あいつの顔から笑顔が消えた。
『だから、何度も言ってるでしょ?』
『本当の私を見つけて?』
『早く見つけてよ!』
何人ものあいつ…いや、森本から一斉に睨まれ、俺は恐ろしくなった。
『何をすればいいのかわからないんだ!どうすれば本当のお前が見つかるんだ?』
必死になって尋ねると、森本は急に俺の目の前まで距離を詰めてきた。そして、
『それは、あなたの気持ち次第だよ?』
そう言ってまた笑った。
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33日目
日付の感覚がなくなった。経過日数だけ辛うじて数えている。
書くこともなくなりそうだ。
とりあえず、俺が今いるこの建物内(学校だろうか?いくつも部屋があって、3階建てらしい)は隅々まで探索した。
どこへ行っても森本がそこにいる。
最早「恐怖」でしかない。この世界は全て森本の気分次第だ。
この前は卓球をさせられた。
不意に目の前に卓球の台と道具が現れ、気づけば俺は森本とラリーを交わしていた。
『私、こう見えて卓球部なんだよね~』
知ったことではない。
そして、2人の森本を相手に、こちらも森本と組んでダブルスのゲームもやらされた。
一体何がしたいんだ。
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46日目
進捗なし。
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67日目
玄関らしきものからは外へ出れず。
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150日目
屋上から飛び降りを試みるも不可。
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?日目
途方もない日数が経過したような気がするが、一体どのくらいかもう覚えていない。
『早くしないと、あなたも私の世界の一部になっちゃうよ?』
この世界の一部とはどういうことだろう。
あなた「も」ということは、他にもここへ来た人間がいたのだろうか。
そういえば、部屋の中には人形やぬいぐるみがいくつも転がっている。
まさか……
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?日目
記録を付けていて良かった、と思った。
見返すとこんなことが書いてあった。
『ここは私の世界。私の思うがまま』
『でも、ここはあなたの世界。あなたも思うがまま』
この時はちっとも意味がわからなかったが、もしこれが本当だとしたら…?
ここから逃れる方法を、試してみようと思う。
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もうどのくらい続けたかわからない日記の筆を置き、俺は立ち上がった。
今考えると、このノートとペンは俺が持ってきたものではない。
記録を残さないとどうにかなりそう、と思ったその日に、なんの前触れもなくそこにあったのだ。
その時は特になにも考えていなかったが、それが答えだ。
「自分の思うまま」なのだとしたら…
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今日は珍しく、俺の方から森本を呼び出した。
「あなたから私を呼んでくれるなんて…まりぃ、嬉しいです」
「もしかして、私のこと……」
「やっとわかったんだ。俺がここから出る方法が、な」
すると、森本は寂しそうな表情になった。
「え…?行っちゃうの…?」
「もう、終わりだ。こんな茶番も、お前の『夢』とやらも」
俺はおもむろに、右のポケットに手を突っ込んだ。
その手を取り出した時、そこには拳銃が握られていた。
…やはりな。思った通りだ。「俺の思うがまま」らしい。
「じゃあな」
パァ―――――――――――――ン……
乾いた音が、部屋に響き渡った。
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拳銃は思っていたより重く、しかし案外あっさりと撃つことができた。
部屋に拳銃を投げ捨てて、俺は「その時」を待った。
「森本茉莉の世界」が崩壊するのを。
「ちょっとちょっと、酷いなぁ~」
「……え?」
振り向くと、そこには紛れもなく森本が立っていた。
「な……なんで……?」
「なんでって?『私の世界』だから、私がいたら変?」
クスクス笑う森本とは対照的に、俺はわなわなと震えながら唖然としていた。
「あのね?私の世界なんだから、私がいるのは当然。でしょ?」
森本は、まるで子供に言い聞かせるかのような口調でそう言った。
なんだ、これは。
無茶苦茶だ。
俺はどうすればいいんだ?
…ん?ここへ来たばかりの時も、そんなことを考えていたような…
…そもそも…ここへ来たのはいつだ?
「本当の私を、探して?」
「早くしないと、あなたもこの世界の一部に………」
どこかで聞いたことのある…ような気がする…
そうだ…日記…日記はどこに…ある…?
慌てて探すと、いつの間にか足元にノートが落ちていた。俺は急いでページをめくった。
ノートは白紙だった。
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「また…だめだったかぁ…」
「でも…楽しかったな~」
「今度は、もっと楽しい人と、会えるかな?」
「も~っと、も~っと、もりもっと…」
陽気に歌いながら歩く彼女の脇には、真新しいウサギの人形が抱きかかえられていた。