![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/69891773/rectangle_large_type_2_0b386113ef54b337c895f33ee7859ebd.png?width=1200)
心の太陽
意を決して、屋上への階段を上る。
![](https://assets.st-note.com/img/1641893665170-0cIiENWzJE.jpg?width=1200)
ドアを開けても、もちろん誰もいない。だからこそ決意できたのだ。
目の前の柵へ近づき、視界に広がる景色を目に焼き付けた。
もう二度と見ることはない景色だ。
柵を乗り越えようとした、まさにその瞬間———————————
_______________
「なにしてん?」
![](https://assets.st-note.com/img/1642006461046-Y5gSY5oDh7.jpg?width=1200)
いつの間にか、屋上のドアの前には1人の女性が立っていた。
「だ…誰だよ!」
「え、今そこ重要?絶対ちゃうやろ」
その人はためらいもせず、真っ直ぐ僕の方へ向かってきた。僕の方が身を固くしてしまう。
「く、来るなよ!」
「ほんまにそんなこと言う人っておるんやな。まあまあ一旦落ち着いて」
そう言うと、
![](https://assets.st-note.com/img/1642007038528-MqqelHyHfn.jpg?width=1200)
「シナモンロールっ!」
唐突に謎のポーズを繰り出してきた。
「え………?」
さっきまでは清々しい気持ちだったのに、今の方がむしろ混乱してしまっている。
一体何者なんだ、この女性は。
「は、嘘やろ?そこは『か、可愛い…』ってなるやつやん」
「マジで何言ってんだ?あんた」
斬新な漫才の入りだとしても納得できない。M-1で審査員にこき下ろされるのが関の山だ。
「どうせろくでもないことしようとしてたんやろ?止めたんやから感謝してや」
「勝手に止めるなよ」
震える声を、僕は抑えることができなかった。
「どうしようと勝手だろ!ほっといてくれよ!」
「あー、そういうスタンスね」
大声を出す僕の前でも、彼女は嫌に冷静だった。
_______________
「何があってん?話なら聞くで」
![](https://assets.st-note.com/img/1642007958953-NSCLl6x2I7.jpg)
至極自然に、彼女は僕の横に立っていた。そして手すりによしかかると、
「ええ天気やなぁ」
のんびりとそう言った。
「天気のことなんて、しばらく考えたこともなかった」
「え?」
気づけば、僕は自然に口が開いていた。
「毎日曇り空だと思ってた。…そんなことないはずなのに。だけど僕にとって、世界は暗かったし、冷たかったし、居場所がなかったんだ」
「随分詩的な言い方やなぁ」
![](https://assets.st-note.com/img/1642086828589-PQ6U4H4X2b.png)
にこっと笑うと、それでも続きを促すかのように、彼女は僕の顔を見た。
「そう思っちゃうくらいに辛かった。悪いことばっかり重なって、どんどん追い詰められて、そうなると僕の中でも、嫌な方向にばかり物事を考えちゃって…」
「…何度も逃げようかと思ったけど、それじゃだめかなって。必死に耐えてた。なんとかしなきゃって思ってた。けど、もう僕には無理だった。だから、これは僕の問題なんだ」
「…僕が弱いから、仕方ないんだ」
_______________
「なるほどなぁ」
見ず知らずの第三者に、僕は何を告白しているのだろう。今すぐにでもここから逃げ出したくなる。
だが行動に移るより、彼女が口を開く方が早かった。
「逃げてもええんちゃう?」
![](https://assets.st-note.com/img/1642088033179-MBiDmbSwBz.jpg?width=1200)
「え?」
「嫌やったら、無理やなぁって思ったら逃げればええやん」
「それは…」
「逃げるのが恥ずかしいとか、ダサいとか、そんなん固定観念に縛られすぎやって」
「で、でも…」
「大体さぁ」
僕に反論の隙を与えず、彼女はこちらを見た。
背は僕より小さいが、その視線ははっきりと僕の顔をとらえていた。
「勘違いやって。嫌なことから目ぇそらして、逃げてって、それが『無責任や』とか『弱い』って言われんねんなぁ」
「もちろんそういう場合だってあるかもしれんよ?そら」
「でも、どうしようもなく辛くて、嫌で、耐えられへんことを我慢するのは『忍耐力』とか『根性』とはちゃうねん」
「……そういうもんかな」
不思議と心が動かされる言葉だった。
「何事も諦めるのは簡単やで。でも———」
![](https://assets.st-note.com/img/1642089664785-QqSJhmqyJ0.jpg?width=1200)
「あんたの今の命は、諦めてもうたらもう二度と戻ってこーへん」
「せっかく今までやってきたことも、沢山の人との出会いも、全部消えてまうねん」
「それがいちばん辛いことやん。せやろ?」
その言葉に、僕は膝から崩れ落ちてしまった。
「ぐっ…うう…っ…」
嗚咽をあげるというのは、まさにこういうことなのだと思う。涙はとどまることを知らず、目から溢れ続けていた。
_______________
![](https://assets.st-note.com/img/1642090355028-YnEJAefZZi.jpg?width=1200)
いつの間にか日が暮れ、屋上にも夕日が斜めに差し込んでいた。
ようやく顔を上げると、陽の眩しさに思わず目を細めた。
「あ、やっと落ち着いた?」
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/69890385/picture_pc_84a7b13306b3682fb36b19e1e8618773.png?width=1200)
「あ…」
「いやぁ、綺麗な夕日やなぁ」
のんびりと言ったそのセリフは、なんだか聞き覚えがあるように感じた。
「ほな、うちはそろそろ行くわ」
「あの…あ、ありがとう…」
「ええって、そんなん。明日からもまた、がんばろな〜」
颯爽と彼女が去っていく後ろ姿を見送ると、また屋上には僕だけが取り残された。
もう迷いはなかった。
「今度はあの人のために、僕が力になりたい」
そして、彼女を慌てて追いかけるようにして、階段を勢いよく降りていった。
その背中に、夕陽が鮮やかに差し込んでいた。