Dear You
「『そしてバトンは紡がれたのだった』…っと。これにしよう」
いつの間にか日付が変わっていた。カーソルを「下書き保存」に合わせクリックし、大きく伸びをした。
飲みかけのコーヒーはすっかりぬるくなっている。一気に飲み干すと、椅子から立ち上がった。
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「まだ起きてたんだ~」
部屋を出ると、妹の陽世とばったり出くわした。
「お前こそ。さっさと寝ろよ」
この妹は大学進学と同時に、僕の住んでいるアパートに転がり込んできた。たまたま1部屋空いていたからよかったものの、抜け目のないやつだ。
「いつまでも子供扱いすんなよ~」
口をとがらせると、陽世は部屋へ戻っていった。
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大学を卒業して院に進学したのは良いものの、今の研究には全く興味が湧かず、怠惰な日々を過ごしていた。
大好きな読書になら集中して打ち込めるというのに。
それが高じて、最近自分でも小説を書くことを始めた。ちょっとした短編ではあるが、気が向いた時に書き進め、自分のブログにアップする。気づけばほぼ毎週のようにそんなことをしていた。
自己満ではあるが、反応がないとちょっと寂しい。最も、誰かの反応など来たためしがないが。
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翌朝。
「そういや昨日書いたやつ、投稿してなかったな」
パソコンを立ち上げるとほぼ同時に、
「おはよ~」
陽世が部屋のドアからひょっこり顔を出す。
「おはよ。…何?」
「うちは学校行ってくるけど。兄ちゃんは?」
「今日は…午後から行くよ。メイクくらいして行けよな」
「これからするの!うるさいな~」
また口をとがらせると、陽世は洗面台へと向かった。
僕も思い出したかのように、ブログのページを開いた。
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大学から帰ると、妹はまだ家にいなかった。
「そういや今日はバイトか…」
夕食の支度にはまだ早い。そういえば、とパソコンを開き、昨夜書き上げた記事のページを開いた。
何かを期待していたわけではないが、珍しく記事にコメントが付いていた。
「ちょっと綺麗すぎるまとめ方かもしれませんが、面白いです。次も楽しみにしています!」
「まとめが綺麗すぎる…?かっこつけすぎたかな。そうかぁ」
腕を組みつつも、僕はちょっとだけ嬉しかった。ちゃんと読んでくれている証拠だ。
気分よく、夕食の準備に取り掛かった。
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不思議なことに、それから記事を投稿する度にコメントが付くようになった。
この前と同じ人だろうか。
「あり得ないシチュエーションだけど、これはこれで面白い。」
「いや、泣き所そこっ!?って思いました。逆に新鮮(笑)」
「ひたすら笑いました。馬鹿馬鹿しい。でもこういうのもたまにはいいですね!」
修正の余地を与えつつも、最後に褒めてくれる。教育業界にいたらかなり優秀だ。
僕は、この人の一言がとても楽しみになっていた。
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「ただいま………」
くたびれた体を引きずりながら、なんとか玄関のドアを開けた。言葉をひねりだすのもやっとだ。
「おかえり~」
「今日も遅かったね」
ここ数日、睡眠や身の回りのことにも時間が割けられないくらい忙しい。まさに今までのつけが回ってきたところだ。
「ごはん、置いてあるから食べなね」
家事も最近はほぼ陽世に任せっきりだ。こういう時は2人で暮らしていて良かったと思う。
「すまん。ありがとう」
文章を書く「趣味」も、最近では全く手が付けられていない。
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その日の夜も、なかなか寝れずにいた。
研究のこと、将来のこと、予定を考えているといつの間にか夜は更けている。
精神的に疲れていた。
居ても立っても居られず、起き上がるやいなやパソコンを立ち上げる。帰りにコンビニで買ったポテトチップスの袋を勢いよく開けると、思いのほか大きな音がした。
ぼりぼりと食べながら、キーボードの上で手をただひたすらに動かし続ける。と、不意に部屋のドアがゆっくり開いた。
「起きてたの~…?」
「なんだ…そのうち寝るから。お前こそ寝ろよ」
「んん~…」
目をこすりながら、陽世は返事とも言えないような声を出した。
「兄ちゃん…最近帰るの遅いんだし…さっさと寝なね~…」
眠そうな声でそう言いながら、またゆっくりとドアを閉めた。
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目を覚ますと、すっかり部屋が明るくなっていた。
「やべ…寝落ちしてた?」
昨夜の記憶はほぼないが、机周りの空き袋やコップ、パソコンの画面でなんとなく事態を把握した。
そういえば、昨日書いたブログはどうしただろう。
ページを開くと、最新の記事は5時頃に投稿済になっていた。どうやら書き上げた後、そのまま力尽きたらしい。
「あ…てか大学行かないと。まずい」
記事の内容やコメントを確認する間もなく、僕は足早に洗面所へ向かった。
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「久しぶりの投稿ですね!楽しみにしていました。
書いた人の気持ちというか、思いの丈が滲み出ている作品でした。
最近、お疲れですか?大丈夫ですか?
読んでいて不安になるところがいくつかありました(笑)
色々お忙しい中、こうやって作品を書き上げるのはなかなか大変だと思います。どうか無理はしないでください。
いっそ思い切って小説家とか目指してみたらどうでしょう!?
私は才能あると思います!
楽しい事、やりたい事にひたむきな姿勢はかっこいいです。
その姿をずっと見ていたいな。
いつも応援しています。
毎晩こっそりのぞいている妹より。
追伸 今日は晩御飯おごりね。