晴れときどき苺
「は?いや…急に来れないってなんだよ。おかしいだろ」
「いや~…こればっかりは申し訳ねぇ…今朝起きたらさ…マジで腹痛すぎて…」
「体調管理くらいしとけよ…」
「まあな…でも悪いけど今日はパスで。チケット代はちゃんと後日払うから。ごめん…」
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誰もが顔を輝かせて入ってくるであろう、その入り口で、僕の顔は生気を失っていた。
友人の体調不良、そしてドタキャン。考えうる事態の中でも最悪だ。
そして、そんな僕の後ろで、心配そう(かどうかは正直判断しかねるが)にしている1人の女の子。
「あ、ごめん…今連絡あってさ。こっちも急遽来れなくなったみたい…なんだよね…」
「………」
彼女は黙ったまま、うつむいた。
こっち「も」という言い方をしたのは、もう1人来るはずだった女の子からも今朝、急に行けなくなったと連絡があったらしい。
僕たち2人は途方に暮れていた。色々考えはしたが、
「えっと…どうする?今日のところは…帰ろうか?」
と言うのが、自分には精一杯だった。
「………」
彼女はしばらく、無言のままだった。
が。
「………」
じっと僕の目を見た後、ゆっくりと首を横に振った。
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(なんでこんなことに…)
当初の計画とは大幅に違い、なぜか僕はさっきの子と2人きりだった。
彼女のことはほぼ何も知らない。名前が「東村芽依」ということくらいだ。
それと、「かなりの人見知り」ということは、この短い時間の間でよくわかった。
「………」
今も、こうして隣を歩いているのに、会話どころか目を合わせさえもしない。
友人曰く「高校からの友人である自分とですら、ほとんど会話をしたことがない」らしい。
そんな子なのに、なぜ僕と2人きりになるという判断をしたのか、全く理解できなかった。
「つ、次はどうする?あれ並ぼうか?」
なんとか場を持たせようと、僕はとにかく話しかけることに徹した。
が、やはりその返事は
「………」
無言の首の動きだった。
アトラクションに乗っても、本当に楽しんでいるのかどうかわからない。傍から見れば、男のほうだけ騒いでいる変なカップルに見えるだろう。
僕も僕とて、せっかく来たからには楽しんでやろうという気持ちでいっぱいだった。半ば自棄になっていることもあったが。
どことなく気まずく、いやに長い時間を過ごしたように感じたが、気づけば昼食の時間になっていた。
「お昼、なにか食べたいものある?」
「………」
「えと…じゃあとりあえず、フードコート行こっか。お腹、空いたでしょ?」
「………うん」
今日初めて、彼女が声を発した瞬間だった。
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お昼時ということもあって、フードコートは大分混雑していた。
それでもなんとか空いている席を見つけて、ひとまず腰を落ち着けることに成功した。
時間を紛らわすために、片っ端からアトラクションを見つけては並んでいたから、流石に僕も疲れていた。
「……」
相変わらず彼女は無言のままだが、心なしか、少しほっとした表情になったように見える。
「先、なにか買ってきなよ。待ってるから」
そう言うと、彼女はこくん、と首を傾けて、あっという間に人混みの中へ姿を消した。
(速っ…あんなに素早く動けたのか…どんだけ空腹だったんだろ…)
そういう僕も、肉体と精神の疲労ですっかり困憊していたから、座った瞬間にどっと空腹感が押し寄せた。
しばらくして、彼女が戻ってきた。
持っていたのはたこ焼きだった。さっきよりも表情が緩んでいてうれしそうだ。
そういえば、関西出身だと聞いた気がする。
「美味しそうだね。たこ焼き、やっぱり関西出身だから好きなの?」
嬉しそうな様子を見られて恥ずかしかったのか、彼女ははっ、としてから、また目線を落とし、
「…せ、せやねん」
と、小さく答えた。
本場の関西弁だ、と思ったと同時に
『グゥ~~~~~~~~』
僕のお腹が大きく鳴った。
「…ご、ごめん。僕もなんか買ってくるよ」
と、急いで席を立とうとすると、
「………1個、食べる?」
彼女が僕の前に、たこ焼きをそっと差し出した。
「え…でもいいの?東村さんが食べたくて買ったやつなのに」
「……ええよ。たくさんあるし」
そう言うと彼女は、つまようじにたこ焼きを1つ刺し、僕の目の前に差し出した。
「あ…じゃあ、いただきます」
1つだけだったが、彼女のその気遣いで、なんだか空腹がまぎれたような気がした。
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改めて面と向かい合うと、その大きな目に吸い込まれてしまいそうで、なんだか恥ずかしい気持ちになる。
こんな可愛い子と一緒にいるところを、知り合いに見られたら何と言われるだろうかと、内心はかなりドキドキしていた。
彼女がほとんど喋らないのも、何を思われているのか不安で、別の意味でドキドキさせられる。
「ええと…今日、楽しい?大丈夫?」
「………」
無言ではあったが、彼女がゆっくり首を縦に振ったのを見て、僕はほっとした。
「あいつらも…来ればよかったのにな。まあ、体調悪いなら仕方ないけど。はは」
「………」
「今度は4人で来れたらいいよね。なんかお土産でも買ってってやるかぁ…」
「………」
そういえば、こういう子には「はい」か「いいえ」で答えられる問いかけじゃないとだめだ、みたいにテレビで見た記憶がある。
会話を諦め、彼女に「じゃあ、行こうか」と声をかけようとした、その瞬間だった。
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「………やっぱ、あかんよなぁ」
「…え?」
彼女がぼそっと言ったのを、僕は聞き逃さなかった。
「あかん…って、なにが?」
「………うち、めっちゃ人見知りやから。人とおる時、どういうふうにしたらいいか、わからんくて…」
「……でも、いつもでもこんなんじゃあかん、って思って」
「………そんな自分嫌やから、変えたかったから、頑張ろうと思って、今日も帰らへんかったのに…」
「……ごめんなぁ。うちのせいで、あんまり楽しくなかったやろ…?」
見ると、彼女の目がうっすらと湿っている。
彼女の抱えていた想いを直接聞くことができて、僕はどこかほっとしていた。
「……そっか、そんなこと思ってたんだね。ありがとう。直接言葉で言ってくれて」
「……ううん。ほんまに、ごめん…」
見ると、そのぱっちりと大きな目からぽろぽろと涙があふれていて、僕は慌ててポケットに入れていたハンカチを取り出した。
「あ、ありがと…ごめん…うちが悪いのに…」
慌てたように、彼女は目元をいそいそと拭いた。そして、
「めい…すぐ泣いてまう…これも直らへんなぁ。へへ」
照れ隠しからか、そう言って笑顔を見せた。
彼女の笑った顔を見るのは初めてだった。
「やっと笑ってくれた。安心したよ、今日ずっと不安だったからさ」
「…うち、今日笑ってへんかった?まじかー…」
「アトラクション乗ったときとかも、ずっと無表情だったよ?逆にすごいと思ったけど」
「えー?ほんまに?別に楽しかったんやけどなぁ、うちは…」
表情がころころと変わり、はにかみながらも話をしてくれる彼女は、第一印象とは全く正反対で、新鮮だった。
「でも、つまんないって言われなくてよかった。僕も楽しかったよ?」
「ほんまに?わざと騒いでただけと違うん?」
「あー…まあ半分くらいはやけくそだったけど…」
もうすっかり、僕たちの間の変な緊張感はなくなっていた。
「それじゃ…そろそろ出る?」
「あ…うん、そやね」
僕はもっと、彼女の色々な面を知りたいと思うようになっていた。
「さ、お腹もいっぱいだし午後も楽しむぞ~」
「楽しむぞ~えへへ~」
すっかり心を許してくれた彼女が、飛び切りの笑顔で笑う。
今日は、今年1番の思い出に残る1日になりそうだ。