ホントの時間
今日は日曜日。
せっかくの休みの日、特に予定もない僕は、ベッドの上から起き上がることなくスマホを眺めていた。
平和な休日。
…下から母親の声が聞こえるまでは。
「ちょっと~あんた暇なんでしょ~買い物行ってきて~」
適当に返事をするか、それとも無視するか、そう考えている間に部屋のドアが開いていた。
「はい…行きます…」
他に選択肢がなかったので、僕は仕方なく立ち上がり出かける支度をした。
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日曜日の夕方は、普段より少しだけ賑やかだった。
最寄りのショッピングモールも、家族連れや高校生たちが数多く行き交っている。
別に大勢が嫌いとか、人混みが苦手というわけではない。でも、こういう場所に来るとちょっとだけ心が落ち着かなくなってしまう。周りの人たちがなにか生き急いでいるような、そんなふうに感じてしまうのだ。
早々と買い物を終え、自転車置き場に向かおうと出口を出た、その時だった。
「あれ…?」
ふと、後ろから声が聞こえた。聞き間違いかと思ったが、後ろを振り向くと、
「か、金村…?」
「えー!びっくりした!やっほ〜」
同じクラスの同級生、金村美玖がそこに立っていた。
僕と同じ高校生とは思えないくらい大人びていて、頭もよく、誰とでも気兼ねなく接するから、クラスの中でも人気者だ。
なにより美人だから、もっぱらクラスの男子はみんな彼女に魅了されていた。
何を隠そう、この僕もだが。
「すっごい偶然!もしかしてここ、家から近いの?」
「あ、ああ…うん。自転車で来れるくらいには」
「え〜知らなかった!今日は買い物しに来たの?」
「そう。母親にお使いを頼まれちゃってね…」
「あはは。お使いご苦労さま」
そう言いながら笑う金村の笑顔が眩しい。
いつも見る制服姿と違って、私服を着た彼女は、普段よりも何倍も大人っぽく見えた。
ドキドキして言葉に詰まりそうだったが、少しでも長く会話を続けたい僕は、頭の中を必死に整理し続けていた。
「か、金村は?なにか買い物しに来たんでしょ?」
「そうそう。お洋服見に来たんだけどね〜あんまりこれっていうのがなくて。でも見て!これ買ったの~」
そう言うと彼女が取り出したのは、あるアニメのキャラクターのぬいぐるみだった。
(…!金村、あのアニメ知ってるんだ…)
思わぬ趣味に、僕は驚いたと同時に、共通点が見つかり少し嬉しかった。
「知ってる?これ。最近このアニメ見てるんだ~」
「…知ってるよ。おれも好きだし」
「えー!そうなんだ!面白いよねこれ!」
キラキラした目で見つめられ、僕は思わず目をそらしてしまった。
「ってか、金村ってアニメ見るんだ。意外だったよ」
「結構見るよ!〇〇とか、あとは△△とか…」
「え!それおれも見てる!面白いよな!」
「ええっ!ほんと!あれさぁ~…」
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いつの間にか日も暮れ、街灯りもパラパラ点き始めてきた。
僕たちはというと、すっかりアニメの話で盛り上がっていた。
「…でね、あのシーンがほんっともう最高でさぁ」
「めっちゃわかるわ。おれもそこ何回も見ちゃった」
と、ふと金村が辺りを見回した。
「えっ!?なんか外もう暗くない?」
「ほんとだ…」
周りの人通りもさっきより減っていたが、そんなことに僕たちはちっとも気づいていなかった。
「そろそろ家に帰らなきゃ!お母さんが心配するし…」
「あ、ああ…」
金村が急にそんなことを言い出したから、僕はそこでお使いに来ていたことを思い出した。そしてちらりと腕時計を見た。
さっきから1時間も経っていた。
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時間というものは、なんて気まぐれなんだろう。
楽しい時間ほどあっという間に過ぎるように感じてしまう。
僕の苦手な現国の授業中は、あんなにも時計が進むのも遅く感じてしまうというのに、金村との1時間はあまりに早く過ぎた。
時空が歪んでいるのか。
いや、きっと時計の針がいい加減なだけだろう。
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「そういえばお使い来てたんだよね?お母さん、待ってるんじゃない?」
「そうだね…そろそろ帰らないと…」
2人の間に、しばし沈黙が訪れた。
すると、金村がふと、何か喋りだした。
「……~~~♪」
それは独り言ではなく、アニメソングの一節だった。
僕のお気に入りの歌だ。
気づけば僕も、金村につられて歌を口ずさんでいた。
まるでそこは、僕たち2人だけのステージのようだった。
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気づけばショウウインドウの電気さえ消え始め、外の駐車場にあった車の数もまばらになる。
歌い終わった僕たちは、しばらく余韻を楽しんでいた。
「あはは。ずっとアニメの話しててつい歌いたくなっちゃった」
そう言って恥ずかしそうにはにかむ金村を見て、僕はドキドキが止まらなかった。
「おれもその曲好きなんだ。アニメも好きだけど」
「そうだったんだ…私、実はちゃんと見たことなくて。でも、曲は聞いて覚えてたんだ。いい曲だなって」
「DVD持ってるから、貸そうか?」
「えっ!いいの!?」
ぱあっと開ける笑顔は、薄暮の暗さの中でもはっきり見えた。
「もちろん。今度持ってくよ」
「じゃあ、私も!おすすめのあるから、持っていくね?」
「お、ほんと?楽しみにしてる」
ただDVDを貸し合う約束をしただけなのに、僕は楽しみで仕方がなかった。
また、金村と話す口実ができたのだから。
もしかして、僕のことが気になっていたりするのだろうか。
「じゃあ、私帰るね!DVD忘れないでね~」
…いや、そんなはずはない。
彼女から見れば僕は、どうせただの友達の1人だ。
でも、もうそんなの…
「…な、なあ!」
「?」
「…あ、明日も会えない?」
「え?明日は学校だよ?お休みするの?」
金村はきょとん、とした表情をする。
「あ…いや…そうじゃないけど…
明日も…アニメの話…しない…か?」
金村はくるっと振り向くと、
「もちろん!またたっくさん話そうね!」
そう言って、もうすっかり暗くなった夜の道へ消えていった。
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明日がこんなに待ち遠しく感じるとは。
僕は帰り道で、とりとめなく考えていた。
この真っ暗な空が白く染まり、明日を迎えるにはまだかかりそうだ。一日のその中で、一番遅い「時間」の進み方のような気がする。
時間は誰が調節しているのか、僕にはまるで想像もできない。こんなにも気まぐれで、世界中にたくさんある針をまとめあげるのは大変そうだ。
それにどの針も勝手自由に動き回る。
僕が金村を想う気持ちが、あとどれくらいで来るかわからない「明日」を急がせる。
僕の本当の気持ちが金村に届くには、もう少し時間がかかりそうだ。