君がくれた夏
抜けるような青空と、同じくらい透き通った青い海。
白い砂浜が、その青さをより際立たせる。
夏。
夏と言えば海。
……誰でも思いつくようなことだが、誰でもテンションが上がる組み合わせだと思う。
大学生になってから二度目の夏。僕はサークルの仲間たちと念願の「夏の海」に来ていた。
去年の夏は体調不良でダウンしてしまっていた分、今年の夏にかける思いはひとしおではなかった。
「ちょっと~ボケっとしてんで荷物持つの手伝ってや~」
感傷に浸っている(?)僕にそう声をかけてきたのは、同期の松田好花。
夏らしい、麦わら帽子がよく似合っている。
「は~い…」
「も~ほんまは言われる前に気づくんやで~」
そう言いながらもニコニコと笑う彼女の顔が、鮮やかに海を照らす太陽のように眩しい。
言われたとおりに荷物を持つと、僕は勢いよく海へめがけて走り出した。
「あ!ちょっと待ってや~~~~~!」
慌てて後ろを追いかけてくる彼女を振り返りもせず、砂浜を一直線に目指す。
僕の夏が、目の前に広がっている。
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荷物を置くやいなや、我先にとみんなはこぞって海へ飛び出していった。
少し出遅れた私は仕方なく、荷物を整理し始めた。
「どうせこの後BBQすんねんからなぁ~…ちょっと準備しとこかぁ」
テーブルを組み立てるところまではよかったが、食材を焼くコンロ、タープも組み立てて、食材の整理…となると、私1人では一苦労だ。
すると、
「何してんの?」
……私にとっては、思いもよらない救世主が現れた。
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ふと振り向くと、好花が1人でせっせと準備をしているのが目に入った。他のみんなは遊びに夢中で気づいていないようだ。
僕はとりあえず、なにやら苦戦している好花の元へ向かう。
「何してんの?」
彼女は、少し驚いた表情で僕を見上げた。
「お~~、ちょうどええとこに!これ組み立てられへんのやけどさ~」
「ちょっと見せてよ」
代わりに組み立てていると、横で好花は大きく伸びをした。
「ん~~~!海はええな~~~!」
「好花も遊んでくればいいじゃん。後はやっておくよ」
「いや~、あんた1人に後を託すのは不安やなぁ」
そう言いながら、結局彼女も僕の近くで準備をし始めた。
「不安ってどういうことだよ…」
「え?」
振り向いた彼女の顔が思いのほか近く、ドキッとした。
「まあでも~結局は誰かが準備せんとあかんやん?」
彼女の方はというと、そんなことは何も気にしていないようだ。
僕から見た好花は、男女関係なく、関西弁で陽気に接し、ツッコミを入れ、たまに毒舌を発揮する「良き友人」の1人だ。
彼女にまつわる男の噂は、なぜか1度も聞いた事がない。サークルには仲のいい男友達が何人もいるというのに。
かく言う僕も、その中の1人に過ぎないのだが。
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予想外の状況に、私は心臓が飛び出そうなほど緊張していた。
今この瞬間も、緊張が出てしまわないよう、必死に普段通りふるまっている…つもりではある。
さっきは図らずとも顔が合ってしまった。慌ててそらしたけど、バレてないかなぁ。
胸の鼓動は収まらない。
…やっぱり、自分の気持ちには嘘を付けないみたい。
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「ふぅ…」
ずっと作業をしていると、流石に疲れてしまった。僕は一息つこうと、砂浜に座った。
すると、好花も僕の横にちょこん、と座り込んだ。
気のせいかもしれないが、その横顔がなんとなく緊張しているように見える。
「……ず、ずっとやってたら疲れるよなぁ」
彼女はそう言ったが、その言葉もぎこちなく聞こえる。
いつもにぎやかに笑っている彼女からは想像もつかないほど、大人しい雰囲気というか、気配を感じ、なぜか僕まで緊張してしまった。
「さすがに2人だけじゃ限界あるよね。後は他のみんなに任せちゃおうか」
「あはは…それでもええなぁ」
普段なら鋭いツッコミの1つでもされそうなものなのだが、彼女はそう言って笑うだけだった。
やっぱり…何か変だ。普段の好花を知っている分、違和感を感じてしまう。
でも、2人でこうして海を眺めている時間も、なんだか悪くない。
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彼が座り込んだのを見て、思わず私もその横に座ってしまった。
座ったはいいのだが、何を話せばいいのかわからない。そのまま2人並んで、なんとなくぎこちない雰囲気のまま、潮風に吹かれていた。
…おかしいなぁ。
いつもの私なら、どんな他愛のない会話だって、誰が相手だろうと、ずっとずっとしていられるはずなのに。
すると、隣の彼が不意に口を開いた。
「…なんか、今日の好花は大人しいな」
「えっ……!」
思わず私はわかりやすく驚いてしまった。
…というより、普段どれだけうるさいと思われているのだろうか。
「そ、そんなことないで?いつも通りやん!ほら!」
「…そうかなぁ。さっき作業してた時もそうだけど、いつもより口数が少ないっていうか…」
私はなんとか誤魔化そうと、慌てて話を逸らす。
「…って、ていうか、楽しみだったんじゃないん?海。みんなのとこ行ってきたらええやん」
違う。本当はそんなことが言いたいんじゃなくて…
「いやまあ…そろそろ行くけどさ。好花は?行かないの?」
「う、う、うちは…」
…なんで?なんで言葉に詰まっちゃうの…?
…こんなの初めてだ。
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「う、う、うちは…その…」
少しうつむき気味ではあるが、こちらを見る好花の顔が紅潮しているように見えた。
この暑さのせいだろうか。何かを言いたそうにしているが、しどろもどろで、落ち着きがない。
「…?どうしたんだよ?やっぱなんか…変だぞ?」
「えっと…困ったなぁ…」
その時、潮風が少し強めに吹いて、好花の被っていた麦わら帽子が勢いよく空へ舞った。慌てて僕は、砂浜の上を走ってそれを捕まえた。
そして、手渡そうと近づいた時。
彼女は帽子ではなく、僕の腕をそっと掴んだ。
風と波の音だけが耳に入ってくる。それ以外の時間が、全て停止したように感じた。
「……………もう少しだけ、このまま2人でおらへん?」
上目遣いでそう言われた瞬間、僕は今まで感じていた違和感の正体を察してしまった。
…と同時に、恥ずかしさがこみ上げ、それ以上好花の顔を見ることができなくなってしまった。
「あ…えっと…」
「…………きゅ、急にごめんなぁ?でも……はっきりせんとなぁって思って……」
「…………ずっと、君のことが好きやってん」
「好花………」
「……嘘やないで?」
彼女の笑顔は見慣れているはずなのに、いつもと違ってとても愛おしく感じた。
どうやら、僕の夏はここから本格的に始まるらしい。
…いや、「僕らの夏」だ。
映画じゃない、僕らだけの夏が始まる。
そんな合図がした。