『カジャナ』店主ヘメン・デイヴ一家に見る西インド・グジャラート料理
1.ヘメン・デイヴ一家
『カジャナ(Khazana)』は大阪市淀川区西中島にあるインド料理店です。店主のヘメン・デイヴ(Hemen Dave)さんはアフリカで生まれ、6歳で家族のルーツであるインド西部グジャラート州の最大都市アフマダーバード(アームダ―バード、アーメダバッドなどとも発音する)へ。
後に大学でホテルマネジメントを学び、22歳(1984年)で来日。外国人ばかりが集まるバーで働き、1994年に夢だったレストランを開業しました。
当時の大阪はインド料理店もインド人も極めて少数。スパイスの購入は神戸のビニワレかクスムしかなかったと言います。またヒンドゥー教ベジタリアン(以降ベジ)の家系でしたが、日本でそれを実行することは不可能に近く、すっかり雑食化してしまいました。
それからしばらくが経った2003年、当時アフマダーバードに在住していたラタ(Lata)さんと結婚。ラタさんが来日してからようやくベジ生活を再開することができたのです。
翌年、スカン(Shukan)君が誕生。ヒンディー語にもインドにもまったく興味を示さず、見た目は純インド人ですが、中身は日本の普通の、というか大阪弁バリバリのなにわ男子として大きくなりました。
そして2024年1月22日、同じ大阪メトロ御堂筋線で西中島から2駅北の東三国に『カジャナ東三国店』を開業。今回の店は「ラタの店」だとヘメンさんは言います。ラタさんが来日して以来、西中島の本店では、それまでやってきたタンドール料理も含めた北インド料理に加え、ラタさんによるグジャラート式ベジ料理も提供し続けてきました。一説には日本初の西インド・グジャラート料理の店とも言われています。
東三国店がラタさんの店というならば、今度はいよいよグジャラート料理専門店かと思いきや、メニュー構成は西中島と同様、タンドールの北インド料理との両輪。しばらく様子を見ながら、ということのようです。
現在、大阪の大学に通いつつ、「アメリカ留学を目指すスカンのためにもがんばらなきゃいけない」とラタさん。
大阪メディアは(特にテレビ)、カレーやスパイスとなるともうどれも同じようなモノばかりで『カジャナ』のようなトラディショナルなインド料理店は一切排除と言ってもいいような状態。それだけが原因とまでは言わないまでも、その影響はとてつもなく大きく、特に大阪のトラディショナル系インド料理店は絶滅寸前ともいえる状況に。
そこに今回、北インド&グジャラート料理『カジャナ』が新たに出店したというのはとても大きなニュースだと思います。
実は2009年にも一度福島区で2店目を出店したことがあったのですが、その時は「西インド?なんじゃそれ?!」と一般層の受けは今一つで惜しくも閉店しています。
しかし、今はこれだけ情報過密となり、関西庶民もかなりスパイスに対し馴染み深くなり、元々のインド料理ファンはもちろん、そろそろトラディショナルなスパイス料理の魅力も受け入れられる時代が来るのではないかと、そう予感がするのは僕だけでしょうか。
次回は、西インド・グジャラート料理の魅力をお伝えしたいと思います。
2.ラタさんの郷土料理・日常版
インドにはベジタリアン(以降ベジ)の人がたくさん住んでいます。一言にベジと言っても、根菜や乳製品をとらないピュアベジ、卵や乳製品が可能なラクト・オボ・ベジ、魚も食べるフィッシュ・ベジなど多様に存在します。
その中で、ラタさん、ヘメンさんの家系はヒンドゥー系ベジです。インドにはヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教、シーク教、仏教、ジャイナ教など多様な宗教形態があり、その中で年々微減傾向にあると言われても今なお約8割を占めるのがヒンドゥー教徒で、その中でもカーストが高くなるほどベジを守る傾向が強いと聞きます。ただしそれは、根菜・乳製品を含むいわゆるラクト・ベジというスタイル(彼らは自らをピュアベジと呼ぶ。他のベジも多くは自らをピュアベジと自称する)が主流。
根菜の代表格がタマネギやイモ類でしょう。それと純粋バターとも言われるギー、ヨーグルト、ミルク類など乳製品を巧みに料理に使っています。
2012年のある日の夕方。ヘメン・デイヴ一家の食卓にお邪魔しました。
「今日のご飯はサブジとバルワ・マルチャ、トゥエルダルの煮込み、いつものチャパティの4種類な!」とヘメンさん。
台所でせっせと支度をするラタさんが、万願寺唐辛子の中に、スパイスと塩、ベスン粉(チャナ豆の粉)を詰め込みながらこう言います。
「マンガンジそっくりの太いトウガラシがインドにもあるネ。日本の甘い。インドのちょと辛い。グジャラート語でマルチャ。この中にベッスン粉つめてフラァイするヨ」
ラタさんは来日してからの10年間、ずっとベジ料理を作り続けています。
「インドのベジはたっぷりの豆と野菜、食べるネ。ミルクやギーもよく使う。だからケンコウっ、ゲンキ!!」(ラタさん)
「今の日本は何が入っているかわからないものを平気でばくばく食べている。昔は焼き魚や野菜や豆、お母さんの手料理が普通だった。せっかくの日本文化がもったいない」と日本生活約30年のヘメンさんが続く。
次にサブジの支度に移ります。
「サーブジとは野菜をいろんなスパイスと一緒に炒めたり蒸したりした、まぁ野菜カレーみたいなもの。ジャガイモやカリフラワーとか、オクラとトマトとか、ニガウリ、キャベツもよく食べる。ドライ、ウェットドライ、タイプも色々あるよ」(ヘメンさん)
「今日はアルー(ジャガイモ)とマター(グリーンピース)のサブジ!」(ラタさん)
西インドといえば北インド文化圏かと思いきや、スパイスの種類や使い方は南インドと似ているところがあるとも言います。北で通常クミンシードを使うところをマスタードシードやヒングなどをしばしば使うと。
マスタード(カラシナの種で、黒、茶、黄と3種類あり。小松菜や白菜の種と大きさも色も酷似)は香ばしさを増し、ヒング(ジャイアントフェンネルの根茎の液を乾燥させたもの)はそのままだと臭いのですが、加熱すると匂いは和らぎ、素材のうまみを引き出す。ほどよく使えばお通じを促進させるとも言われるスパイスです。
三つめはトゥエルダル(トゥールダル、ツールダル、トゥーランダル、アルハールダルとも呼ばれる。日本名はキマメ)の煮込み。インドの広くで愛されている豆で、おかゆのようにどろどろになるまで煮たり、野菜やタマリンドと一緒に煮てスープにしたりします。
今日はチャパティと食べやすいように、ややとろみを強めにしているように見受けます。
チャパティとはインド北部全域で食べられているフラットブレッドのこと。ただ一般的には直径が20センチ以上あるものを、グジャラートでは15センチ程度と小型にすると言います。
「グジャラートでは朝か昼よく食べるネ。形が悪いと、お父さん、怒る。薄くふわりと作らないといけない。おいしいと、次!もう一枚!などと言って合計15枚くらい食べることもあるネ!」とラタさん。
チャクラ(丸い延し台)で奇麗に延した生地をタワ(フライパン)で、手際よく次々と焼いていくのでした。
台所では、野菜と様々なスパイスの香りが渾然一体と漂い、グジャラート語がばんばんと飛び交い、そこにスカン君の大阪弁が割り込むのでした。
「仮面ライダーディケイド!こっちはウルトラマンティガ!めっちゃ強いねんでぇ!」。
「スッカン!早く片付けなさいっ。食事が出来たから。こらっ、スッカ!!!」(ラタさん)
2人から集中警告を受けるも、まったく無視して我々に目を輝かせる最強のスッカ君。
ヘメンさんは言う。
「うちでは、おもちゃで遊ぶか絵を描くか、だけ。ゲームは一切与えない。想像力、創造力を育てるためです」
「インド、母から母へ、家の味、ベジタリアンの味、伝える。だから、お爺さん、旦那さん、コドモ、みんなの健康を守る。頭もよくなる。手作り、当たり前。これ女の仕事ネ。プライドです」(ラタさん)
今日のサブジにはスカン君が大好きなグリーンピースがたんまりと入っていました。
ラタさんの郷土料理、ほかにも休日のちょっとした祭事用のものと、お店でのアラカルトメニュー用のものもあったので、せっかくなのですべてご紹介します。というわけであと2回ラタさんの料理が続きます。
3.ラタさんの郷土料理・ハレ日曜版
2020年、ある日曜の昼下がりにお邪魔しました。
「今日は大事な日曜日。私たちブラフミンにとって神様への特別なお祈りの日だし、家族そろって食事をする日なのです!」とラタさんが満面の微笑で出迎えてくれました。
そしてヘメンさんも。
「スカンは学校があるし、友達との付き合いもあるので普段はノンベジやねん。ま、できるだけベジ、あるいはフィッシュ・ベジを心掛けるようにさせてるけど。でも日曜だけは我が家で全員そろってベジになる!」
お祈り、お供えを済ませ、スカン君、ラタさん、ヘメンさんの3人が食卓を囲みました。普段の日とは違い、品数も内容もご馳走です。ラタさん、ヘメンさん、お2人が一つ一つ説明してくれました。
蓋をしてあるバスマティライスの隣から時計回りに進みます。
「ベスン(チャナ豆の粉)のケーキ、カマン(Khaman)。ジャガイモのカレー、アルー・キ・サブジ(Aloo Ki Sabji)。ヨーグルトのスープカレー、カディ(Kadhi)。キャベツとグリーンピースのスパイス炒め、パッタ・ゴビ・マター(Patta Gobi Matar)。ナスとタマネギの炒め煮、ベイガン・バルタ(Baingan Bharta)。全粒粉の生地を揚げたプーリ(Puri)。ムングダル(緑豆)の生地の揚げ物、ダール・ワダ(Dal vada)。サトイモ科の葉とベスンを合わせて蒸しあげたパトゥラ(Patra)」
カマンはグジャラートを代表する名物料理でストリートでもレストラン、家庭でも作られているようです。スナックとして、またおかずとしても食べるのだと。
ふんわりとしたケーキのような食感ですが、甘みよりも塩味の方が強いです。ベスン粉、ターメリック、ヒング、塩を入れた生地を蒸しあげ、仕上げにテンパリングしたマスタードシードとカレーリーフをかけ、ココナッツファイン、コリアンダーリーフをちらしています。
アルー・キ・サブジのアルーはジャガイモという意味。インド、その周辺諸国の皆さんが最も好きな野菜のひとつでしょう。インドの八百屋へ行くとたまに丸い男爵系も見受けますが殆どはやや楕円形のメークイーン系。家庭でも一度ボイルしてから使うことが多いようです。やはりアク対策でしょうね。たっぷりのタマネギの甘みが利いています。クミンとマスタードシードの両方を入れて、グリーンチリのいい香りがまとわりついています。
カディとはヨーグルトのスープ。これもグジャラート名物です。マスタードシードの香ばしさと塩味が利いています。そのまま飲んでもいいですが、おかずやライスなどと和えながら食べるのが一般的です。
パッタ・ゴビとはキャベツのこと。マター(マタル)とはグリーンピースのことです。マスタードシードとターメリックと塩でシンプルな味付けでキャベツの甘みが浮き上がっています。スカン君がわんさかとお皿によそっていました。
そしてベイガン・バルタ。スパイス、タマネギのベースに、焼きナスのつぶしたものをあえた食べ物で、北インド全般のベジタリアンたちが大好きな料理です。辛みはまったくと言っていいほどありません。もし辛くしたい場合は、小皿に入ったコリアンダーチャトニを好みで和えます。たっぷりのコリアンダーリーフにチリとショウガを利かせたディップソースです。
プーリとは全粒粉を使った主食のひとつです。通常直径が20センチ以上もあって、うまく揚げるとぷくっと膨らむのですが、今回のようにおかずを少しずつ食べる時には小型にすることがあります。特にグジャラートは置かずの品数も多いし、チャパティにしても同じくとにかく小型を好むようです。
同様のサイズでもっと香ばしく味が濃厚なのがダール・ワダ。ダール(緑豆)といってもインドのそれは乾燥させて挽き割ったもので、煮たり揚げたりするととても濃厚なうま味がわき出ます。ダールをペーストにして、コリアンダーやヒング、グリーンチリなどをあえて団子状に揚げるのだそうです。スナックとして、おかずとして、濃いめの主食としてもいけそうです。
最後がパトゥラ。これもグジャラートを代表する名物料理で、見た目も味もとてもインパクトの強い食べ物です。サトイモ科の葉に、ベスン、ターメリックやクミン、チリ、セサミなどのスパイス一式、タマリンド、ジャグリなどを水と共に練り込んだものを塗り付け、春巻きのように包み、蒸しあげます。そして巻きずしのように切り分け、今度はフライパンで焼き目をつけ、仕上げにマスタードシードやカレーリーフ、セサミなどのテンパリングをかけてようやく出来上がり。柔らかだけどコシがあり、青臭いようでベスンとスパイスのおかげで香ばしさが勝り、仕上げのセサミがよりコクを増す、という実に不思議な食べ心地。スナック、おかず、どちらもOKの面白い食べ物です。
次は店のメニュー用の料理をいくつかご紹介します。
4.ラタさんの郷土料理・店メニュー版
今回は『Khazana(カジャナ)』ラタさんのベジ・スナック的アラカルトの記録を公開いたします。ファイルを見れば2011年12月の撮影でした。コロナ禍前後にグジャラート料理はターリーのみに絞り込んでいたようですが、今回の東三国店オープンをきっかけにアラカルトの再開もそろそろ、と僕は勝手にそう期待しています。こればかりはご本人の意思次第ですが、もし気になられる方がいらっしゃったら相談してみてください。きっと喜ぶと思います。
ほかにもテプラ(Thepla)パン類、ご飯と豆をスパイスと共にお粥のように煮込むキチュディ(Khichdi)類、様々な太さの麺を使ったセゥ料理(Sev)、カレー類(shaak/sabji)などラタさんの家庭料理がわんさかと。グジャラート料理は基本的に「甘い・辛い・酸っぱい」味付けが多いと言われ、特に豆類を駆使し、炒、焼、揚、蒸など料理法が多様であることが特長的です。