インドの魚が食べたくて #5
(前編までのあらすじ)
26日の昼下がり、近所の子供たち4人と共に、アリやん家の約4000㎡もの広大な庭を散策。そして収穫したばかりのココナッツジュースを飲み熱波の疲れを癒す。その後、ニームの木やドラムスティックの木を見て回り、気温が43℃を越したので家に避難。湿度は80%ほど。さすがのアリやんもバテ気味の様子。さて、ちょっと休んだらまたどっか連れていってや!
ニームで傷と痒みを癒す
庭からとってきたニームの葉をアリやんが煎じてくれた。
「ここに足をつけておくとすぐに治ります。あと手にも水をつけてみて」
実は昨日から足の親指と小指の脇が擦り切れてなかなかに痛い。昨日アリやんがインド用にとサンダルをプレゼントしてくれたのはいいが、それがどうも合わないようで。
また手足には蚊の刺され跡が数えきれないほどできていた。日本の蚊とは違い、一つ一つが水膨れのように腫れている。最初はアリやんに見せても「これはなんだ?」と首を傾げており、その後チャイ屋で店主や客たちに見せたらみなさん「モスキート」。「蚊帳の縁を完璧に布団の下に巻き込め」、さらに「蚊帳と対角線に寝ろ」とアドバイスを受けていた。
これを聞いた後、アリやんがバイクで村の病院の前まで行ってこう話してくれていた。
「あの通りこの村の病院はボロボロの建物です。日本みたいに誰も順番を待たないし、お金が高過ぎる。だからみんな何かあると薬局へ行くのですが、万が一マラリアになったらここへ来るしかありません。嫌でしょ。マラリアは場合によっては何週間も経ってから発症します。そして、マラリアにはタイプがあるので、日本で熱がでたら薬がなくて死んでしまいます。僕たちはたぶん免疫があるから問題ない。でもカワムラすぁんは危ない。だからモスキートネットを上手に張って、日本から持ってきた虫よけスプレーをもっと使ってください」
ニームを煎じた湯は思ったよりも臭みはなく、また傷に染みるわけでもなく、むしろ痛みや痒みを和らげてるのか、と思うほど柔らかな感覚だった。さてはてどこまで効いてくれるのか。今まで各地のインド人やネパール人などから、ニームは神が授けてくれた植物、あらゆる内臓系、外傷に効果があると何度も聞かされてきた。
実際、インド北西部ジョードプルでも、その辺の空き地や道端に無造作に生息。パキスタンに近い砂漠都市ジャイサルメールの砂漠地帯にも無数に自生していて、ラージャスターン州の人々はこれを万能薬として日々活用していた。そういえばあの時も日中は気温45℃。今回は43℃。違いはジョードプルあたりは超乾燥地帯で、こちらのベンガル地区は超湿潤地帯。土地環境を選ばず自生できる、ということだけでもとてつもない生命力をもつ植物であることは間違いない。
最近は日本でもアーユルヴェーダが流行りつつあって知られるようになってきた。また家庭菜園の世界でもニームオイルが害虫除けにいいと噂されている。
ニームの湯で癒した後、暑過ぎるので半分切り落とし足袋のようにした靴下をはき、アリやんには悪いが自分のスニーカーを使うことに。Thanx Ali and Everyone!
甘いミルク麺
なんという味の組合せだ。甘いミルク麺とデーツと茹で卵。日本では絶対にありえない食卓ではないだろうか。
夜19時半頃、アリやんのおかあさんに会いにきたら、このようなものをもてなしてくれたのだった。普段おかあさんは今僕がお邪魔している家に同居しているらしいが、怪我をしているので近所に住む叔母さんの家で療養中だった。
デーツは日本に住むインド人たちもよく食べていて、特にイスラム教徒は大好物の印象がある。たまにいただくことがあるのだがどうもイマイチに思っていた。が、この酷暑と湿気のせいか、それとも上質だからなのか、めちゃめちゃうまくてなんぼでもイケる。
そしてゆで卵。三重県の山中で放し飼いで育てる鶏が生むオーガニック卵と同じような味がした。黄味は弾力があり濃厚な味わいだ。上にかかっているスパイスはチャートマサラ(Chat Masala)。マンゴーやヒマラヤ岩塩、胡椒などのブレンドで、果実やライタ、グリルなどにも振りかける。しょっぱ甘酸っぱやや辛い。ちなみにこの村ではよく鶏を見かけるが、これらは基本的に卵を目的に家で飼っているのだそうだ。
ガラスのボウルに入った白い麺が「パエシャン(Payesh:ベンガル語。 Payasam:テルグ語パイヤスム。ヒンディー語:ペイサン)」とアリやんは発音する。これはインド各地に存在しており、今まで何度も見たり食べてきた経験のある僕は「キール(Kheer)」と呼んでいる。ミルクは砂糖やジャグリで甘くして、仕上げにグリーンカルダモンを加える。
ジャグリ(Jaggery)またはジャガリは世界的な共通語のようだが、インドではたまにグル(Gur)グドゥ(Gud)とも呼ばれている。精製前のサトウキビ、つまりブラウンシュガーである。インド各地にあり、通常家ではブロック(塊)を保管していることが多い。ヒンディーのお宅へ行くと神様にお供えされているのをよく見かける。現代は食用に便利なパウダー状のものもある。
一般にキールといえば中身はライス。麺は「セヴァイ:ヒンディー語」とか「セイミヤ(テルグ語:saemia)」と呼ばれるもので小麦や米が主な原料となる。今出してもらったものはアリやん曰く「小麦麺」。いずれにしても生の米や麺をミルクに入れて煮こんでいくという作り方だ。基本的にはハレの食だが、ちょっとしためでたい時やお客さんが来た時などにも食べる。
またもやお腹一杯になった。と思ったらそれで火がついたのか、アリやんが「今日は週一度の市場フェス。もう家のごはんは食べなくていいから市場のおいしいもんを楽しみましょう」と言う。
「おいおい、ルミちゃんがんばってご飯の支度してくれてるぞ。と言ってもすでに腹パンやけど」と僕は言いつつ、デューリハット市場にいろんな屋台が集結するというので興味マックス。いざ市場へ。
ストリートタンドール職人
昼間の野菜や魚のにおいとは打って変わり、デューリハット市場は肉を焼いたり揚げたりする香ばしいにおいに包まれていた。大勢の人々でにぎわっている。
ポテトやタマネギの細切りをかき揚げのようにした通称バジ(Pakora Bahji 一般にはパコラPakora)、豆、魚などを揚げた天ぷらもある。ゴルフボール大の揚げパンに酸っぱ辛いスープとイモや豆が入ったパ二プリ(Panipuri)。マッシュポテトに豆やハーブを入れて焼いたり揚げたりするコロッケ、アルチヤップ(Aloo Chap/一般にアルティキAloo Tikki)など、インドを代表するストリートフード・ウエストベンガル流のオンパレード。
さっきのミルク麵で腹パンだが、何とかして食べたい。どれもこれもとは行かないのでなにか1,2個に絞り込もうということになった。すると少し離れたところにタンドールの屋台を発見。一際香ばしいにおいを振りまいていた。
すでに売り切れとのことだが、アリやんが交渉してくれて何とか一本。レモン、チャートマサラ、粗目に刻んだフレッシュコリアンダーがすでにまぶされている。肉に張りがあって艶やか。ちゃんと鶏の香りと味があってたまらない。これは間違いなくフレッシュならではの味だ。インドはどこでもタンドリーチキンは基本的に本当においしい。
「日本はどこでどう育てられてどう保管された鶏かまったくわかりませんね。インドも都会では大きな工場で肉を捌いて店や市場に運ばれていますが、少なくともこの辺りでは地元で育った鶏をその場で〆て解体したばかりの鶏を食べるのが普通。むしろそれ以外の方が難しいです。だからとてもおいしいです」
これがインドの凄さなのだとあらためてそう思う。命と食の距離がとても近いところ。そのことを殆どの人が常識として認識できているところ。結果、食を選ぶ目がある。考えがある。宗教はあくまで哲学や知識としての道具でしかない。だから、その証拠に彼らの殆どは今日食べたものを素材レベルで理解している。例えばロティなら小麦粉と塩と油を食べた、という風に。これはどれだけ胡散臭い人でも、やんちゃでお調子者であってもそうなのだ。
人間が食べるもののすべては命が宿ったものである。よく「命」という言葉を使うと動物で限定されがちであるが、そうではない。野菜や果実、穀類なども自らが動けないだけで実は生き物である。
ここウエストベンガル州の辺境では、その当り前がまだまだ鮮明に生き続けている。
「インドのタンドールチキンはなぜこんなに美味しいのか!?」という動画をへたっぴながら作ったので、よければご覧頂けると超絶うれしい。