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「ネパールの丘陵地に住む人びとの伝統そば料理」プロローグ

「そばうどん2021」(4月中の発売予定)にむけて。

「そば」の故郷はアジアだった。

(料理=そば、原料=ソバと表記)

 ソバの原産は、中国の雲南省、四川省、チベットが隣接する三江地域とされる。それが中国、朝鮮へと流れた東ルート、インド、中近東、西洋の西ルートに分かれ世界へ広がったと言われる。そば食文化としては、ロシア、フランス、チベット、ブータン、ネパール、インドの一部、そして日本で特に発展した。「そば」は中央アジアを基点に、西洋と東洋にまで広がったものの、地域的にも文化的にも限定的な発展を遂げてきた特殊な食べ物なのであった。

 さて、ここではアジアに照準を置いて、各国の食べ方を見比べてみる。まず日本人なら「そば」と聞いて連想するのは、麺、いわゆる「そば切り」であろう。わずか3.4ミリの小さなソバの実を乾燥させて、粉砕し、水とあわせ、練り、延し、切り、ゆがく、という料理法である。この料理法については日本独自のものであることは間違いない。ただ、違う料理法の麺料理がアジア各国に見られる。朝鮮では押し出し式のいわゆるプレス麺が。チベットでは両掌でよった手より麺をスープに浮かべて食べる。同様のものがインド・ラダック地域やブータンにもあると言うが、チベットは30センチ以上もの長さに、インドやネパールでは10センチ程度の短い手より麺が主流。インドやネパールでは、スープ料理、チャトニと共に食べる。

 そして何より、完全に和食と思っていた「そばがき」がネパールにあって驚いた。「ディド」である。DhendoまたはDhidoとかいて、ディンド、ディロと発音する場合もある。正確にはディドは水と合わせてこねたものの総称であり、ヒエやコーンなどミレットのディド、そばを使ったものを「ファパル・ディド」「パパル・ディロ」などと呼ぶ。PhaparとかFaparとかいてファパル、パパルと発音する。同様のものがチベットやインド・ラダックのイスラム教徒の村にもあるようで、前者は「パパ」、後者は「サン」とよばれているそうだ。

 ネパールにおける「そばがき」の詳しいことは、僕カワムラが「そばうどん2021~ネパールの丘陵地に住む人びとの伝統そば料理」に書いた。

 ちなみに、チベットやインド・ラダックにおけるそば食文化については「そばうどん2017~ラダックでソバと小麦の伝統食文化発見」稲澤敏行氏著)に詳しく書かれている。

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ソバと標高と民族。

 ソバは標高が高いところで生息していることが多い。アジアのそばは大別して2種類あり、標高2500~3000mを境に、上はダッタンソバ(苦そば)、下が普通ソバ(甘そば)となる。通常、世界的に食用にしているのは普通ソバで、我々日本人が食べるのもそうだ。標高8000m級の山々を擁するネパールは、国土の約70%が山地。ダッタンソバは最も高標高で育つ作物の一つで、標高3800m付近でも栽培されているという。この標高では普通ソバはおろか、稲や小麦も育たない。ちなみにダッタンそばには普通ソバの100倍以上のルチン(そばに豊富に含まれるポリフェノールの一種)が含まれるという。高標高で紫外線から身を守り、血管を安定、強化する作用があると言われるので、とても理にかなっている。

 標高3000m以下の地域では、普通ソバとダッタンソバの両方を栽培する農家が多いらしい。普通ソバは収量変動が大きいため、リスクを軽減するためにダッタンソバも栽培しているのだろう。

 ソバ栽培が盛んな地域は、チベット高原と隣接している西部ムスタン郡と言われる。可耕作地の70%以上は夏に収穫する普通ソバを栽培。東部のエベレストのあるソルカンブ郡の2500m以上の地でも盛んらしい。

 これらソバ栽培が盛んな地域では、タカリ族、チベタン、シェルパ族が大部分を占める。彼らはソバを好んで栽培しており、低地へ移住してからも食べていると言われる。

「そばうどん2021~ネパールの丘陵地に住む人びとの伝統そば料理」では、タカリ族が経営するレストランへ伺った。

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ソバと宗教。

 ネパールにはおよそ120の民族が共存すると言われ、その約半分を占めるのがパルバテ・ヒンドゥー。これは山地のヒンドゥー教徒という意味だ。その中でも最上階級なのがバウン(バフン)族である。これはカースト制度の僧侶にあたり、丘陵バラモン、丘陵ブラフマンとも言われ、基本的にベジタリアンである。ただし、現代は職業の限定はなくなっており、ノンベジ化していく人も増えている。「そば」はこの丘陵バラモンたちにとって伝統的な食べ物なのである。

 日本でもソバ産地として知られるのは、島根、福井、長野、福島、北海道などの山間地、あるいは寒冷地だ。その昔、修験者たちによって広がったと伝えられている。戸隠の密教や比叡山の千日回峰行などでは五穀を断ち、ひたすら山岳を歩き続ける修行があり、その際に可食を許されたのがソバだった。ソバはその辺にぱらっと蒔くだけで勝手に生えてくるだけの生命力を持っている。東の斜面でも、瘦せた土地でも、寒冷地でも。

「そばうどん2021」では、そば研究で名高い信州大名誉教授の井上直人氏にも密着取材させていただいたのだが、先生も「山とソバと宗教は密接につながっており、そばは民俗学宗教学の面でもとても興味深い」とおっしゃっていた。

 今回の取材は、バウン族であり、子供の頃から「そば」とかかわってきたシタウラ・プジャさんにご案内頂いた。

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