野太い笑い声への憧れ
20代中盤のころだったろうか、もし自分が中年になったら、磊落な包容力のある中年男性になることを夢見ていた。
当時、私が勤めていた営業会社に、顔が浅黒くて、目が鋭く強面だが、ハンサムな50代の中年男性の上役がいた。
怒ると怖そうな人ではあったが、私を含めた若い連中には大変優しく、それこそ怒鳴り声をあげたり、パワハラめいた事をやることは一切なかった。
その人が野太い声で、「バカヤロウ!」と顔に笑みを湛えながら、若い連中をいじることがあったが、その言い方は大変に愛情が籠っていたように思う。
笑った時に出来る笑い皺も魅力的であった。
そして、ガハハハ、ガッハッハ!と豪放磊落に笑うのであるが、その笑い声は腹の底から出ているらしく、遠くの方までよく響くようであった。
私はその男性を観察しながら、自分も年をとったら、ああいう豪快な笑い声をマスターし、包容力の大きさを若い人にアッピールしたいという思いを抱いたけれども、不惑の年を超えて、いまだにあの野太い笑い声は出来ず仕舞いである。
包容力が大きく、人間としての器が大きいから(つまり、精神的な面が肉体にも作用して笑い方にも変化を及ぼした)、ああいう豪快な笑い方が出来るのだという仮説を立てていたのだが、どうもそうではないらしいと今では踏んでいる。
それよりもむしろ、腹式呼吸を練習するなどして、形から入る必要性を感じている。
そうして、自分の笑い声を録音するなどし、野太い声を再現するように努力、練磨していけば、いずれは理想的な笑い声を獲得することができるに違いない。