【短編】いつもと同じ暑い夏。【今日は何の日 : 0710 納豆の日】
お兄ちゃんは、なんでか知らないけど、納豆が好きだ。
それこそ、私の朝食には別の物を作っても、自分の分はご飯と納豆と味噌汁なんてこともよくあるくらいだ。
お母さんは別にそこまで好きじゃないし、お父さんのことはあまり覚えていないけど、お母さんの話だと、お父さんはむしろ、納豆が嫌いだったらしい。
ただ、私が生まれる前、お母さんがまだ芸能界で成功する前は、『生活が厳しくて、納豆ばかり食べさせていた』とはいっていたので、その辺が関係しているんじゃないかとは、お母さんの言だ。
しかし、本当のところはよく分からない。
とにかく、お兄ちゃんは無類の納豆好きだということだけは、間違いない。
「お兄ちゃん、今日も納豆なの?」
「ん? ああ、納豆は安い上に栄養もバッチリだからな。俺は好きだし……お前はあんまり好きじゃないみたいだから、その分俺が食べてるのかもな」
「ふーん……」
まぁ、だからといって、その真相をどうしても知りたいとは思わないので、そこを深く掘り下げたりはしないのだが……。
「それに、今日は、『納豆の日』だしな」
「ああ、7月10日で『な(7)っとう(10)』か……納豆食べたら平安京だっけ?」
「鳴くよ(794)うぐいす平安京な……納豆(710)食ったら平城京だよ」
「そうそう、それそれ!!」
「俺は、結構真剣に、お前の将来が心配だよ」
「大丈夫! ずっとお兄ちゃんの世話になる覚悟は決めてるから!!」
「全然大丈夫じゃないよね!? 頑張らないとダメだよね!?」
今朝も、お兄ちゃんが元気なのは、もしかして、納豆のおかげなのだろうか?
……んなわけないか。
さて、私の中では、もうすっかり下火になりつつある、『今日は何の日』に関して、お兄ちゃんが必死になって続けていることは、先程の『納豆の日』のいやり取りで分かった。
何かをもじって、お兄ちゃんを驚かそうかと思って、スマホで調べてみたが、あまり面白そうな『今日は何の日』がなかったので、さっそく、お兄ちゃんサプライズは諦める。
ウルトラマンとか言われても、よくわからないし、ブナピーってなに?って感じだし。
というか、あと少し頑張って学校に行けば、もう少しで夏休みだと思うと嬉しくなる。
お兄ちゃんの休みになるまでは、家族で出かけるとかできないが、それはそれ、どうせ夏休みの序盤は、私は補習で予定が埋まってしまうことは目に見えているので、お兄ちゃんが休みになるまでの間は、私は私で多忙だとも言えなくもないのだ。
できれば回避を試みたいところではあるが、いかんせん残り時間が少ない。
人間あきらめが肝心ともいうし、ここの、お兄ちゃんの休みになるまで、暇しなくてラッキー!!と思うことにしている私だった。
お母さんの休みの予定もわからないので、なんとも言えない部分が大きいが、この前少しだけ話した感じ、どうやら、お母さんは、お兄ちゃんの休みに合わせて休みを取ることに成功したらしく、舞浜のアミューズメントパーク直結のホテルに、家族で泊まれるように予約を入れたとか言っていた。
ということは、恐らく楽しい夏休みが待っているのは、間違いがなさそうなのである。
「なんだよ、ニヤニヤして……元気がいいねぇ、何かいいことでもあったのかい?」
「ニヤニヤしてるのは、お兄ちゃんも一緒じゃん?」
納豆をかき混ぜながら、私に向かってニヤニヤした顔を見せるお兄ちゃんの考えることは分からない。
多分、100回かき混ぜたら美味しくなるという、納豆の謎の迷信を信じて、かき混ぜているうちに楽しくなってきちゃったに違いない。
……今、これは適当に考えたアイデアだが、もし本当にそうだったら、ちょっと気持ちわるいな……。
「のんびりしているところ悪いが、お前はそろそろ出かけないと、遅れるぞ?」
「へ? おわぁっ!? ほんとだ!? 出かけなきゃ!!」
馬鹿な理由で、遠くの学校を選んだ弊害がこれだ。
お兄ちゃんもほとんど同じ場所に向かうのだが、出勤時間が今日は遅いのでのんびりできるという寸法だ。
ズルい。
「お弁当、包んでおいたから、カバンに入れとくぞ?」
「ありがとう! オレンジジュースのパックも入れといて!」
「おけおけ。今日は帰りは何時なんだ?」
「いつもどおりだよ? お兄ちゃんは?」
「俺もいつもどおりかな? 帰りに何か買って帰るから、リクエストはLINEに頼む」
「りょうかーい!! じゃ、行ってきます!!」
流れるように会話をこなして、私は食べ終わった食器を流しに入れ、歯を磨き、髪型を整えて玄関を飛び出したのだった。
「うわ……今日も蒸してる……」
暑い夏は、今日も変わらないらしい。
そういえば、テレビで、『平成最後の夏』とか騒いでいたけど、『○○最後の夏』なんて、いつものことなので、特別なにも感じなかった。
こちとら、毎年『○学校○年生最後の夏』を経験している。
平成が終わったら世界が終わるわけでもないし、どうせ次の元号が始まるのだ。
そんなことで、ノスタルジックになっても仕方がないと思うのだが……。
その辺りは、人それぞれなので、その感覚を否定する気は全くない。
ただ、私にとっては、今年の夏も去年の夏も、そして、来年の夏も変わらないのだ。
家族がいて、私がいて、くそ暑い……それが私の『夏』だから。
時計を確認して、駅までの道をダッシュすることを決意する、いつも通りの私が真夏の太陽の下にいるのであった。
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