【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『LAST STARDUST/Aimer』 【連作短編】
「はいはい、皆さん!! おはようございます、こんにちは、こんばんは!! 今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いしまぁーす!!」
さて、ちょっと寄り道しちゃったけど、今日も今日とて番組の時間がやってきた。
いつもの時間。いつものジングル。いつもの挨拶。
そして、いつものリスナーが、きっと私の声を待っている。
……と嬉しい。
「涼しくなったと思ったら、また暑い日々が帰ってきてしまいましたね……皆さんは体調とか崩してないですか? 私はまた、クーラー生活が再開されて、来月の請求に怯える日々です。しかも、また台風も迫っているとか? 19号と20号ってなんだかドラゴンボールみたいですよね? あれ? 知らない? ジェネレーションギャップ!?」
リスナーのみなさんもそうなのだろうか?
私は、台風19号と20号の襲来を聞いて、真っ先に思い浮かべたのだが、まさかスタッフの皆さんが首をかしげるとは……とんだ裏切りに、私はショックを隠しきれなかった。
というのは、半分以上嘘なのだが。
「まぁ、いいんですけどね。私は週刊少年ジャンプが好きなんですよ。今でも、きっとこれからも! あ、ちなみに今日は『はいチーズの日』らしいですよ? せっかくなので、今日はどこかで誰かと記念撮影とかしてください。この夏の、平成最後の夏の記念に、一枚を! なんちゃって?」
さて、オープニングトークも長くなりすぎるのは良くないので、早々に最初の『ご注文』移ろうと思う。
「ではでは、今日の最初の『ご注文』は、川崎市在住『太陽さんかんべんして』さんから。『ポニーちゃん、おはよう、こんにちは、こんばんは!』」
「『太陽さんかんべんして』さんも、おはようございます、こんにちは、こんばんは!!」
「『私の『秋を感じるもの』は、やっぱり『夜の虫の声』ですね』」
「……ん? ああ、この前私が聞いたやつだ!? 『太陽さんかんべんして』さん! ありがとうございます!! 確かに、『夜になく虫の声』が大きくなると、秋だなぁって感じますよね!」
「『それで、私の『ご注文』の話ですが――』」
今日も、いくつかの『ご注文』を紹介していると、終わりの時間が近づいてきた。
私が、用意していた最後の『ご注文』を読み上げようとすると、不意にディレクターが紙に印刷された別の『メール』を持ってきて、『これを読め』とジェスチャー。
まぁ、番組ではよくあることなので、私はその指示に従って、その『ご注文』を紹介することにする。
「それでは、時間的に本日の最後の『ご注文』です。ラジオネーム『某レストランの店員』さんから」
読み上げる前に、サッとその『メール』に目を通す。
なんとなくだけれど、ディレクターの意図がわかった気がした。
「『ポニーちゃん、おはようございます、こんにちは、こんばんは』」
「はいはい、『某レストランの店員』さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは」
「『毎回の放送を、楽しく聞かせていただいています』」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
「『個人的には、『しいな』さんの『ご注文』の行く末が気になって仕方ありません。ポニーちゃんもそうではないでしょうか?』」
「そうそう、『しいな』さん! あのあとデートでどうなったのかから『ご注文』がなくて……もしかしてうまくいかなかったんじゃないかって、それはもう心配で心配で……って、それはもちろんそうなんですけどね! 今は『某レストランの店員』さんのお話でした!」
『ご注文』を紹介するのこそ初めての方のようですが、どうやらヘビーリスナーの方のよう。
聞いてくれている嬉しさと、こちらの心情を的確に読み取られて、思わず話題を脱線させられてしまった。やるな、『某レストランの店員』さん。
「『さて、私もあんな甘酸っぱい話題を提供できればとは思うのですが、もう年も年ですし、流石にあの手の話題はまた『しいな』さんにお願いするとして、私の話を少し聞いて欲しいのです』」
「もちろん、ぜひ聞かせてください!」
「『ちょっとだけ、重たい話題になることをお許しください。まぁ、一種の人生相談のようなものです』」
「わかりました。私のような若輩でお力になれるかわかりませんが、頑張って相談に乗りたいと思います!!」
「『ポニーちゃんなら、きっと、一生懸命に相談に乗ってくれると思って、こうして筆ならぬスマホを手にしました……相談の内容は、ざっくり言えば、仕事に関してです――』」
私には、夢があった。
それは、今も変わらない。
大切な人のことを、一生涯かけて支え続けること。
それが、私の夢だ。
でも、それと同じくらいに、私は今の仕事にプライドを持って頑張ってきた。
結婚しても、この仕事を続けていく。
その覚悟で、やってきた。
それは、大切な主人も理解してくれていて、『仕事を辞めろ』なんて、今も昔も言わなかった。
でも、
「流石に、その仕事はもう辞めるべきなんじゃないかな?」
そんな主人が、初めて私にそう言った。
くわえていたタバコをもみ消して、真剣な顔で。
「でも、私が辞めたら、みんなが……」
「ああ、わかってる。でも、そのみんながいい加減な仕事をしているせいで、お前がしんどい思いをしていて、それを知っていながら、全部をお前に押し付けてる……俺には、お前の話を聞いていると、そうとしか思えない……」
何度目かの人事異動。
それで、職場の上司が入れ替わり、職場環境が大きく変わってしまったのだ。
新米の責任者。現場を無視した、無理な指示。そんな指示に不満を抱えて、その指示を聞かずに好き勝手やり始めた現場のバイトたち……。
それらのしわ寄せをくらい、尻拭いに追われているのが、今の私だった。
誰かに愚痴らないとやってられないほどには不満を貯めていた。
だから、主人にそれをこぼしていたのだ。
この流れは必然。
合理的な主人の言い分は、圧倒的に正しい。
私も、しょっちゅう『もう辞めたい』と口にしていたわけだし、当然の帰結だった。
でも、私が辞めれば、確実に現場は回らなくなる。
既に、ここ最近の売上は赤字ギリギリだ。
私が抜ければ、バランスは崩壊、現場が回らないどころか、恐らくは赤字を刻み、最終的には店舗の撤退だってありえる。というか、その可能性が非常に高い。
それは、職場のみんなだけではなく、あの店を好きで通ってくれているお客さんたちも悲しませてしまう。
だから、私は、大変でも、必死に歯を食いしばって、我慢して仕事を続けてきたのだ。
「最近は、残業も多くなって、家のこともだんだん疎かになってる。別に俺がやるから、その辺は構わないけど、お前はそれを気に病んでるんだろ? 最近のお前を見てると、『優先順位』を間違い得ているように思えてさ……こういったら、絶対嫌だって言われるのは目に見えてたけど、それでも、ちゃんと考えて欲しくて……ごめんな」
「ううん、私のこと考えてくれてるのわかるから……」
昔から、本当に優しい人だ。
見た目は怖いくせに、誰よりも気遣いが出来る、そんな彼の優しさに惹かれて、私は主人と付き合い、結婚するに至ったのだ。
だから、そんな彼が、断腸の思いで提案してきたこの話を『プライドだから』とか『ポリシーだから』とかで簡単に切って捨てることはしたくなかった。
深く息を吸って、考えた。
私はどうすることが正解なのか。
新米責任者には、何度も今の問題点を伝えた。
でも、彼自身に余裕がなくて、聞き入れてもらえなかった。
逆に現場のメンバーにも、いろいろは提案をした。
でも、結局のところ、上からの指示に従わなくてはならないので、それが無茶苦茶な現実は、一層彼らのやる気を奪っていった。
最悪の悪循環。
上と下の溝は深まるばかりで、改善の兆しは全く見えない。
自分は正しいと信じて疑わない責任者。そんな責任者と職場を見限った現場のスタッフ。
こうなると、現場での問題が、然るべき結末を生んで、自分たちの間違いを痛感する以外に、解決改善の手立てはない……それは分かる。
でも、その結果の割を食うのがお客様だというのが、どうしたって私は受け入れられなかった。
だったら、私が頑張ればどうにかできるなら、我慢してでも……そう考えてやってきた。
「お前の気持ちはよくわかる。でも、よく考えてくれれ。お前が、そんなになってまで守りたかったものがなんなのか……」
私の守りたかったもの。
それは、なんだったのだろうか?
主人から問われて、改めて考えて、私自身が、既にそれを見失っていたことに気付かされた。
大切なものだったはずなのに、いつの間にか、忙しさや建前に埋もれて、見えなくなってしまっていた。
主人の夢を支えること。
それは、変わらない私の夢だ。
私は、忙しい主人を支えるため、彼の伴侶になることを選んだ。
そして、それと並行して、自分の好きだったこの仕事を続けさせてもらった。
そうだ、私は、この仕事が好きだった。『好きだった』のだ。
「私、この仕事の何が好きだったんだろう?」
そんなことさえ、忘れてしまっていた自分に驚いた。
そして、その答えはすぐに思い出せた。
大好きだったから、大切だったから。
「そっか……私は、そこから間違ってたんだね……あはは」
主人の言わんとするところを理解して、私は思わず笑ってしまった。
そうか、確かに、私は『優先順位』を間違えていたのだ。
私が、この仕事を愛した理由。
私が大好きだったもの。
それは、お客様の『笑顔』だ。
『笑顔』だったはずだ。
でも、もう、ここ最近ずっと、私はお客様の笑顔を見ていない。
忙しさに追われて、お客様の表情を、顔を見てすらいなかった。
思い出す表情は、困ったような苦笑い。
『八雲ちゃん、最近忙しそうだね? 大丈夫?』
常連のお客様から、そんな風に言われたこともあった。
あれは、あの表情は、笑顔では決して無かった。
サービスを提供する側のこちらが、お客様から気遣われてしまっていた。
それは、もう、お客様のためにはなっていない。
お客様が、私たちの為に、何かを我慢している状態。
それが、今のお店の現状だった。
改めなければならない。
でも、現場も、責任者も、それをしようとしない。できない。気づいていない。
だから、主人は『ああ』言ったのだ。
私に、考えさせるために。
私に、思い出させるために。
私に、気づかせるために。
現状維持ではダメなのだ。
それは、絶対に。
だって、私が一番守りたかった、お客様のためにならないから。
店も、スタッフも、責任者も、全員が自分のためにしか動いていないから。
どうするべきなのか。
どうするべきだったのか。
それは、もう、私にもよくわからなかった。
思い描いた理想の果ては、理想と最もかけ離れた現実だった。
大好きだったお店の思い出を振り返る。
一体どこで間違えたのか。
一体何を間違えたのか。
これまでを振り返り、これからを必死に考える。
でも、どうしたって答えは見つからない。
腐りきってしまった現状を打破するには、荒療治しかない。
そんな考えが思い浮かんでは、棄却されてきた。
でも、選び続けた選択肢が間違いだらけだったとするならば、その棄却してきたものこそが、本当は正解の選択肢なのではないだろうか?
大好きだったお店。
大好きだったお客さんたち。
それらのために私にできることが、困ったことに、本当に見つからなかった。
でも、長らくなくしていたものを、見つけられた。
信じたものを、守るために、それら全てに背を向ける――
そんな間違いにしか思えないものが、本当に答えなのだろうか?
きっと、大勢が苦しんで、大勢が悲しんで、大勢が傷付く。
誰かは、私を恨むかも知れない。
誰かは、私を憎むかも知れない。
でも、だとしても。
私は、私の心を、裏切ることこそが、間違いだと思うから。
「ありがとう、ちょっと真剣に、色々考えてみる」
「ああ、そうしてくれ。お前の正しいと思う道を選んで欲しい。それが、一見間違いのように見えて、誰かがお前を責めるとしても。俺はお前の正しさを保証する。お前の正しさを信じて、お前に寄り添う。お前がこれまでそうしてくれたように、お前の正しさを、俺は誰よりも知っているから」
重ねて思う。
私は、本当に、この人と出会えてよかったって――。
「『ポニーちゃん。私は、職場を離れようと考えています。私の正しさとズレて、正しさを見失ってしまったあの職場に、『正しさ』と取り戻すために……破滅の未来しかない船を離れて、沈没を早める……私のそんな選択は、正しいんでしょうか?』」
「……難しいなぁ……これは確かに、人生相談ですね。うーん……」
読みながら、考えた。
『某レストランの店員』さんのこと。
正しさのこと。
でも、彼女の決断を、私は『悪』だとは思えなかった。
それが、結果、多くの不幸を生むとしても。
彼女が『正しい』と信じるものを、私も『正しい』と思ってしまったから。
「間違っているのに、それを誤魔化して、『間違っていない』ことにして……それは、一見正しく見えますけど、『間違っている』んですから、やっぱりその結果はきちんと受け止めて反省するべきなんじゃないでしょうか? ごまかしはごまかしでしかなくて、それ以上先には勧めませんから。だから、私は、『某レストランの店員』さんのご決断。『正しい』と思います」
私なりの答えを、真っ直ぐに伝える。
それが、本当に正しいのか、それはやっぱり私にもわからない。
けれど、『正しい』答えであって欲しいと、願うから。
「私の言葉が、果たして『某レストランの店員』さんのためになったのか……わかりませんが、残念ながら、そろそろお時間となってしまいます。最後に一曲。『某レストランの店員』さんに、私からのメッセージとして、このナンバーをお送りします」
その曲は、一人の不器用な英雄を歌った、アニメの挿入歌。
私の大好きだったアニメ。
そして、その不器用な英雄は、私の大好きな人にどことなく似ていた。
そんな、歌。
「今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、アニメ「Fate/stay night: Unlimited Blade Works」挿入歌、Aimerで『LAST STARDUST』です。どうぞ」
大切なものと、正しさを歌ったこのナンバーが、どうか、『某レストランの店員』さんの答えに寄り添ってくれますように。
そんな願いを込めて。
「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」
[EDテーマ曲:『LAST STARDUST/Aimer』 是非聞いてください]