【短編】灼熱地獄と楽園と嵐と。【今日は何の日 : 0709 泣く日】
「あっつい……」
溶けそうになりながら、家路を歩く。
地震に豪雨にいろいろ忙しそうな日本。
関東はとっくに梅雨を抜けて、夏はどれだけ暑くなるんだろうなんて話していたけれど、まさに暑さは天井知らずだ。
空調のない学校の教室の室温計は33℃を示していたけれど、もしかして、このまま日に日に気温は上がっていくのではあるまいか?
だとすれば、夏本番の気温は40℃を余裕で超えてきそうだ。
そんな風に考えて、泣きたくなった。
「……あっつい……」
もはや、その言葉しかしゃべれない。
許されるなら、今すぐにでも服を脱ぎ去ってしまいたい。
だが、この天下の往来でそんなことをしようものなら、警察のお世話になってしまうのでできない。
でも、恥ずかしいのは私だけで、私の裸を見た人は、ちょっと幸せな気持ちになれるのではないだろうか?
だったら、もしかして、脱いでしまっても……。
なんて、アホな私でも『馬鹿な考え』だと分かるような、ダメな発送が思い浮かんでしまう辺り、暑さで思考回路はもうショート寸前だった。
これで、家に帰ればクーラーのきいた部屋が待っているのならば、この家路を歩く足も、もう少し元気よく進んでくれるのだろう。
しかし、残念なことに、家に最初に帰り着くのは私なので、そんな素敵なお出迎えは期待できない。
帰って、しばらくは、『暑い』と言い続ける運命だ。
「あーつーいぃーーー」
本日、何度目になったかもう数え切れないその言葉を口にしつつ、私は、日陰から日陰を渡り歩く、ゾンビのようになりながら、必死に家路を急ぐのだった。
「え? 嘘? 出かけるときに、エアコン付けっぱにしちゃったっけ?」
家の玄関を開けると、そこはまさに天国だった。
冷房によって、住みよい気温が保たれて、生き返るような思いを覚える半面、『エアコンつけっぱなし疑惑』のせいで、素直に喜べない私。
もし、つけっぱなしだったら、100%間違いなく、後でお兄ちゃんに怒られる。
「ん? あれ? LINEに通知がある」
しかし、暑さで見る気にもならなかったLINEのトークを見て、その謎の答えに行き着いた。
『今日は、アホみたいに熱くなるだろうから、お前が変える30分前にクーラーが作動するようにタイマー設定して置いたから、ある程度冷えたら、使わない部屋のクーラー切っておいて』
お兄ちゃんからのLINEだった。
「……神かよ……」
とりあえず、自分の部屋に行って部屋着に着替えたあと、家中を巡ってクーラーの効き具合を確認すると、点いていたのはリビング、私の部屋だけだった。
つまり、部屋でくつろぐならリビングの、リビングでくつろぐなら部屋のエアコンを切ればいいわけか。
「リビングで過ごそ……」
テレビや冷蔵庫が近いリビングを本日の拠点に決定し、自分の部屋のエアコンを切って、私はお風呂に入ることにした。
汗だくのままでは、乙女としてあれだと思うのもそうだけれど、このままでは汗で濡れた体を冷やしすぎて風邪をひいてしまう。
ちょっと熱めに設定したシャワーを浴びて、温めのお湯を張った湯船で半身浴。
程よくかいた汗を、もう一度熱めのシャワーで流して、お風呂を出ると、リビングの楽園さ加減は涙が出るほど快適だった。
「よし、嵐のライブDVDを見よう」
そして、昨日お兄ちゃんが買ってきてくれたアイスを食べよう。
DVDプレイヤーに嵐のライブDVDをセットして、ソファーに座ってアイスを食べる。
熱気に溢れるライブの映像を、ひんやりした快適な部屋で、アイスを片手に見るなんて、素敵な贅沢だ。
「この人たちが、もう三十代だなんて、思えないよなぁ……」
アイドルを見ているといつも思う。
この人たちは、一体どうやって時間を止めているのだろうか。
教えて欲しいものである。
ライブは進んでいく。
気が付けばアイスも食べ終わり、だんだんウトウトとしてきてしまう。
年を取ると涙腺が弱くなるというけれど、嵐のライブDVDを見ているだけで泣けてきてしまう私は、将来生きていけるのだろうか?
何か、些細なことで泣き死んでしまうのではないかと心配になる……。
「……あれ?」
「お、起きたか。ただいま。そろそろ夕飯できるから、ヨダレ拭いて、顔洗っておいで」
気がついたら、お兄ちゃんがいた。
外も真っ暗で、テレビの画面には、DVDのメニュー画面が表示されている。
「んーと……あ、おかえりお兄ちゃん。クーラーありがと。助かったよ」
「わかったから、まずヨダレを拭きなさい」
快適すぎて、熟睡してしまった私なのだった。
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