【好きな曲をモチーフに小説を書いてみた】 『さぁ/surface』 【連作短編】
「暑い!! じゃなかった。皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは!! 今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』のお時間がやってまいりました。パーソナリティのポニーちゃんこと、馬堀万里子です。よろしくお願いします!!」
あまりの暑さに、思わず挨拶より先に、それが溢れ出してしまった。
もちろんブースの中はエアコンが効いていて涼しいけれど、外は灼熱の地獄絵図。
一瞬涼しくなったのはなんだったのだろうか?
私は声を大にして、神様にそれを問いたい。
「いやぁ、それにしても暑いですよね。暑すぎませんか? 当たり前のように30℃オーバー。家の温度計が嘘か真か35℃を上回ってましたもん。夏が帰ってきちゃったのに、学生達は夏休みが終わるんですから、もう意味がわからないですよね……」
さて、そんなわけで、したたる汗を拭いながら、必死に放送を聞いてくれているリスナーの方もいるかも知れない。今日の放送も、なんとか始めることができた。
復活してしまった連日の暑さに加え、昨日は暴風、そして今日は無風と、天候がもう意味不明な毎日。
スタッフの方も、『参りますよね』と言っているけれど、それもそうだ。
こう、天候がコロコロ変わっては、体調も崩してしまう。
噂によると、今年の夏風邪は特にしぶといらしいので、みなさんも気をつけていただきたいものだ。
「では、今日の最初の『ご注文』は――」
そんなこんなで、今日も『ご注文』を紹介しているうちに、終わりの時間。
今日は比較的楽しげな『ご注文』が多かったが、最後の紹介するこの『ご注文』はちょっぴりそれらとは違っていた。
「さて、今日最後の『ご注文』はこちらです。ラジオネーム『未練タラタラ』さんから。『ポニーちゃん、おはようございます、こんにちは、こんばんは』」
「『未練タラタラ』さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは」
「『毎回楽しみに聞いています』」
「ありがとうございます!!」
「『私は先日、大失恋をしました。実は――』」
始まりがあれば、終わりがあるのが世の常だ。
だからある意味で、この結末は、当然の帰結ということもできるかも知れない。
そんな風に強がってみても仕方がない。
こうして、強がっていないと、平静を保っていられないといえばそうなのだが、それでもなんというか、こういう強がりは、少し痛々しいと思うのだ。
だから、ここは強がるのではなく、開き直ろう。
……一緒だろと思った人、今はそっとしておいてやって欲しい。
フラレた。それはもう盛大に。
理由は色々あったのだろうが、そのほとんどは、こちらに非があるものだった。
些細なもので言えば、細かな連絡不足や、言葉の不足。
大きなもので言えば、いくつかついてしまっていた嘘たちが主な原因だろう。
積み重ねた日々と同じくらいに、私が積み重ねてしまった失態が、相手のキャパシティを超えて、心のダムを決壊させてしまったのだ。
かれこれ、5年。
一緒にも暮らしていた。暮らしていた期間は、多分3年弱。
もう、一緒にいるのが当たり前に感じられていたくらいには、慣れきっていた。
なぁなぁになっていた。
それもまた、いけなかったのだろうと思う。
でも、全てはあとの祭り。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「もともと、家事全般は私がやってたし……あいつがいなくて、何か困ることもないよね」
そう言いながらも、私には今、なんのやる気も起きなかった。
狭いこの部屋を見渡して、やっぱり、人一人いなくなったことで、少しだけ広くなってしまったことに気づかされて、更に憂鬱になる。
お腹がすいたので、冷蔵庫を開けてみたが、見事にビール以外何も入っていなかった。
「真昼間から呑むのもなぁ……」
やけ酒という選択肢がないわけでもないのだが、それはあれだ。情けなさすぎるので却下だ。
しかし、買い物に行く気力もない。
私はその場に寝転んで、天井を見上げた。
天井には、あいつが付けてしまった、何かのシミが見つかった。
それが、あいつを思い出させて、余計にさみしさが募った。吹き出した。
あれが良くなかった、これが良くなかった、あれがダメだった、これもダメだった。
溢れ出してしまえば、もう止まらない。
後悔の念が後から後から溢れ出してきて、同時に涙が止まらなくなっていた。
「ごめん……さみしいよ……」
私のこの、考えすぎな思考回路は、面倒臭いし体に良くない。そんな風にバッサリと言ったあいつの言葉を思い出す。
ほら、また、私は面倒くさい思考回路を暴走させてるぞ?
一言でバッサリ『くだらない』と切り捨ててよ……。
いつもの笑顔で、私のことを茶化してよ……。
そう思うけれど、それに答えてくれる人はいない。
だって、私はここで一人だから。
孤独を分け合う相手は、出て行ってしまったのだから……。
ああ、もう。
どうしようもない。本当に。
気がついたら眠っていたようだ。
泣き疲れて眠るとか、私は赤ちゃんかよ。
そんな風に思ったが、そんな風だからダメだったことを、孤独な部屋に思い知らされる。
あと少しだけ、私が大人に慣れていれば……そんなタラレバが思い浮かんでは消えていく。
起き上がろうとして、身体の痛みに気がついた。
フローリングで寝たもんだから、身体の節々がいたんだ。
元々、ここ最近は忙しすぎて、疲れきっていたので、この件がトドメだ。
いや、トドメの一撃が、『あいつがいなくなった』とこというのが、情けない限りではあるが。
失って初めて、あいつが私にとってこんなにも重要な存在であったことを知る。
失って見ないとわからないものも多いというが、これはかなりしんどい現実だった。
自分の身体の半身を失ったような虚脱感。
時間も時間だし、もうさっさと寝ようと思ってベッドを振り返ると、一人には広すぎる大きなベッドが、私に余計に寂しさを思い出させた。
いっそ睡眠薬でも飲もうかと思ったが、案の定切れていた。それが良かったのか、悪かったのかは分からない。
多分あったらあったで、大量に服用してしまった可能性もあったので、ここは良かったと思う事にする。
結局、その日の夜は、一睡もできなかった。
それから、数日。
何もかもがうまくいかなかった。
仕事も、趣味も、人付き合いも失敗まみれ。
ちょっとした探し物も、部屋の中を大捜索してすら見つけられない始末。
控えめに言って、私はもうだめだめだった。
離れて気づくなんて遅いのも、わかってる。
でも、どうしても、無理なのだ。
あいつのことが好きすぎて。
やっぱりサヨナラなんてできない。そんな風に思っているとき、電話がかかってきた。
「……ん? え?! あいつだ!?」
驚きながら電話に出る。
電話の向こうからは、面倒くさそうな声が聞こえてきた。
「生きてる?」
どうやら、LINEのメッセージに気づいていなかったらしく、何日も未読だったので、私の生存を心配したらしい。
何かそのようなことを言っていた気がしたのだが、声を聞いて、安心してしまって、私は心の糸が切れてしまい、それからしばらくワンワン泣いてしまって、もはやあいつと何を話していたのかすら覚えていなかった。
それから、しばらく、またあいつとは連絡がつかない。
あの時、自分が何をしてしまったのか、何を言ってしまったのかも分からない。
もしかしたら、あのとき、うまくやっていれば、やり直しも出来たかも知れないのに……。
もはや、全く連絡は貰えなくなってしまっていた。
本当に、自分の愚かさが恨めしい。
「『ポニーちゃん。これってもう、ダメってことでしょうか? 私と彼女の関係は、もうおしまいなんでしょうか? 教えてください。』」
「え? 私って書いてあったから、てっきり女の子だと思ったら、男の子だったの? って、あれ? 本名は女の子の名前だ……ん? 彼女??? ああ、すみません。……えっと、ダメだったら、そのときの電話もなかったんじゃないかな? だから、今度は『未練タラタラ』さんの方から、電話をしてみたら? 何か進展するかも知れませんよ?」
予想外の一文に驚いてしまったが、恋愛経験があまりない私なりのコメントを頑張って伝える。
それでうまくいくのか? と言われれば、『うまくいくように祈ってます!』としか言えないのが申し訳ないけれど……。
「そんな『未練タラタラ』さんに、このナンバーをお送りします」
私の好きな歌。
彼女の『ご注文』を読んで、真っ先に思いついたナンバーだ。
「それでは、今日も貴方のラジオのレストラン『Tu ñ de Restaurant dans radio』に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。お送りするラストナンバーは、アニメまもって守護月天!の主題歌にもなっていた、surfaceの名曲で『さぁ』です。どうぞ」
彼女の想いが、届いて、再び二人が笑い合えますように。
そんな願いを込めて。
「それでは皆さん、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、バイバイ、バイバイ、バイバイ!!」
[EDテーマ曲:『さぁ/surface』 是非聞いてください]