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【短編】 明日の君の笑顔のために 【今日は何の日 : 0830 ハッピーサンシャインデー】

「あのさ」
「…………」
「いや、ごめんなんでもない」

 本当はプレゼントを渡したかったのだけれど、忙しそうにパソコンに向かって文章を打ち込む姿に何だか気後れしちゃって声をかけるだけになってしまった。
 そんな態度に明は首を傾げて再びパソコンに向かってしまう。
 いつものお礼にって買って来たプレゼントは、渡せないまま鞄の中で冬眠中だ。
 もうかれこれそれが二週間続いている。

「何ですか? 用があるなら一応聞くだけ聞きますよ?」

 そんなこちらの態度に気付いてくれた明はため息をつきながらこちらに振り向いて、面倒臭そうにそう言った。
 それが申し訳なくて、いっそう鞄からものを取り出しにくくなってしまって、結果、

「あ、ううん。だ、大丈夫。なんでもない、なんでもないよ?」
「はぁ。なんでもないのなら話し掛けないで下さい。あなたも知っての通り、締め切りが近くて忙しいんです」
「うん、ごめんね」
「いえ」

 そうしてまた、明は作業に戻ってしまう。
 せっかく明の方からチャンスをくれたのにこの様だ。
 ダメな自分が情けなくなってくる。
 なんで、どうしていつもこうなのか……
 本当に情けなくて涙が出て来そうだった。
 でも泣けばまた明の作業を邪魔してしまうので、必死に堪えた。

「……………」
「……………」

 部屋に響くのはパソコンのキーボードを明が叩く音だけ。
 自分の情けなさには呆れてものも言えないが、そうやってまるでピアノでも奏でるかの様にタイピングする明の横顔が好きだった。
 凛としていて、カッコイイし綺麗だから。
 だからそんな姿に見惚れているだけで…… 。

「んー……そろそろ夕飯ですね。どうせあたなは帰ってもご飯なんてないのでしょう?」

 簡単に2、3時間過ぎてしまうのだ。

「大丈夫だよ、何か買って帰るし」
「コンビニで弁当を買うくらいなら、分量を失敗して作ってしまったハンバーグがあなたの分もありますから食べて行けばいいです」
「でも、悪いよ……」

 気を使ってくれる明に申し訳なくて、そう言うと明は不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。

「何ですか? 私の作ったハンバーグでは不服ですか?」
「そんな事はないよっ!!」
「だったら食べて行きなさい。材料や私の労力が無駄になるじゃないですか?」
「でも……」

 いつだって明の好意におんぶにだっこじゃダメだって思うのに、結局いつもの調子から抜け出せなくて、自分の意気地の無さに泣きたくなる。

「何ですか? 言いたい事があるなら言って下さい。聞くだけ聞くと言っています」
「うぅ……」

 いつか明に頼って貰えるような、頼もしさを身につけたいって思うのに、いつまでたっても意気地無しのままの自分。
 それを変えたくて、子供の頃からの貯金を全て下ろしてあのプレゼントを買ったのに……

「どうしました? 話が無いなら取り敢えずハンバーグを焼いて……」
「待って!」

 ダメだ、こんなんじゃいつまでたっても守られてばっかりだから。

「ん?」
「明先生あいたっ!?」

 また呼び方を失敗した事に対して、明は約束通りのゲンコツと、

「二人の時は『明』と呼ぶ様に言っているでしょう?」

 約束通りの批難の言葉。

「でも、普段から『先生』って呼び方の方が慣れてるから……」
「二人の時まで、仕事の事を思い出させないで下さい!」

 そう言って口を尖らせる明は凄く可愛くかった。
 そうだ、心の中ではいつだって『明』って呼んでるのに……

「ごめん、あ、『明』」
「よろしい。それで?」
「う?」
「待てと言ったのは貴方でしょう?」
「ああ、うん」

 これじゃいつまでたっても、明を守ることなんで出来ないから。

「明にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」

 そんな弱い自分と決別する為に、鞄から箱を取り出した。

「これなんだけど、その、今までずっと明に守られてばかりで、情けなくて、どうしようもない僕だけど」

 これを決意の印として、これに誓って僕は変わるんだって想いを込めて、

「頑張るから。高校卒業したら明を支えられる様に、働くから」

 精一杯の想いを込めて、

「僕と結婚して下さい!」

 僕は明にプロポーズをした。

「え?」

 明は目を白黒させて、困った様に苦笑い。
 僕はドキドキしながら返事を待った。
 でも、

「卒業したら働くなんて許す訳ないでしょう!? 貴方には大学に進学して貰います! そんな進路認めません!!」
「えっ?」

 帰って来たのは、『先生』としての明の言葉。
 それは間違いなく返事だった。

「そか……ダメだったか……」

 分かっていた事だけど、やっぱりそれは悲しくて、

「あ、馬鹿。泣くな!」

 渡そうとした箱をしまうつもりで手を引いたら、その手からそれを引ったくられた。

「やっぱり指輪……もう、これ高かったでしょう?」

 そんな事を言いながら、箱から取り出した指輪を左手の薬指につけた。

「む、遥のくせにサイズがピッタリとは生意気ですね……」
「あえ? 明?」

 状況が飲み込めない僕を明は優しく抱きしめて、

「結婚しましょう。でも焦らなくて良いんです。貴方の気持ちは嬉しいけれど、私は貴方の担任として、恋人として、そして妻として、貴方にはちゃんと自分の道を歩いて欲しいから……結婚なんていつでも出来ますよ? だからゆっくり頑張りましょう」

 そう言って、明は僕の唇にそっと唇を重ねてくれた。


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