ドイツの学校制度(のなんかいやな話)
「なぜギムナジウムは移民背景をもつ子が少なくて、ドイツ人の、それも家庭環境がととのった家の子が多いのか?」「なぜドイツの医学部は学費がかからないのにお金持ちの子が多いのか?」—— これら2つの疑問を恋人に投げてみました。恋人は、ハンブルク生まれハンブルク育ちのドイツ人で、ハンブルクの公立中等教育校(日本でいう小5から高3までの一貫校)シュタットタイルシューレ(後述)で Schulleitung(校長・教頭職)をしています。彼の答えを、彼が語っている風に書いてみました。
本文の前に:①ドイツの学校制度は州によって違いがあります。明記しない限り、ハンブルクの話です。②記事を読んでのご質問にはお答えできません。③この記事には基本的にネガティブなことしかでてきません。ドイツの学校制度に関する肯定的な内容が読みたい方にはオススメできません。 ④ドイツの教育制度の基本的なこと(ギムナジウムとは?中等教育への進学振り分けとは?など)から知りたいという方はこの記事やこの論稿をご覧ください。⑤記事内には「シュタットタイルシューレ」という学校が出てきます。ハンブルクでは10年ほど前にハウプトシューレとレアールシューレが廃止され、代わりにシュタットタイルシューレ(ゲザムトシューレの一種)が設置されました。なので、中等教育への進学時には基本的にギムナジウムかシュタットタイルシューレを選びます。シュタットタイルシューレで成績の優秀な子どもはギムナジウムに転校することなく、シュタットタイルシューレ内に11年生から設置されている「ギムナジウムクラス」に進み、そのままアビトゥアを取得することができます。またギムナジウムは12年生の終わりにアビトゥアですが、シュタットタイルシューレは13年生の終わりにアビトゥアとなります。
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小学校4年生の終わりに、学校の担任の先生から「あなたはギムナジウムに行くべきです」「あなたはギムナジウムではなくシュタットタイルシューレに行くべきです」などという推薦状(Empfehlung)をもらうんだ。この推薦状には拘束力はなくて別に従わなくてもいい。だから、シュタットタイルシューレを薦められたけれどギムナジウムに行くというのもできる。だけど、たとえばバイエルンだと、成績でどの学校に行けるかが自動的に決まる。ハンブルクはそんな仕組みなので、学校の定員を超える応募が集まることもあって、その場合は距離の近い家の子から優先的に採られていく。
ギムナジウムに無理して進んでも、落第するとギムナジウムからの退学=シュタットタイルシューレへの転校を余儀なくされるから、推薦状は無視できるとはいえ、その内容にしたがって決断する親は多い。また、ギムナジウムへの入学手続きの際の校長との面談で「ギムナジウムは推薦されていないのだから、無理に来るのはやめて、お子さんに合った場所を選ぶ方がよいと思いますよ」と忠告されることもあり、それに説得される親もいる。
ここで問題が2つある。1つは、ドイツの学校教育は伝統的に、親とともに学ぶ、親が宿題の面倒を見る、というのを前提として設計されていることだ。これは中等教育に入ってからも続く。だから、ドイツ語能力や学力が不十分な両親の子どもは、ギムナジウムへ進学してそのままアビトゥアを取得する道を乗り越えづらい。もちろん4年生の段階でのドイツ語能力は両親の語学力の影響を多分に受けている。そしてもう1つは、この推薦状や校長の意見が、かならずしも純粋な学力を反映したものになっていない場合がある、ということなんだ。
僕自身の20年前の話をするね。母はドイツ人だったけどシングルマザーで、大学を出た人(Akademiker)じゃなかった。僕の4年生の担任とギムナジウムの校長は、その家庭環境を見て「レアールシューレがよいと思います」と薦めてきたんだ。僕よりも成績の悪い子でギムナジウムを薦められた子はたくさんいた。だけど、母はその意見をすべて無視して、僕をギムナジウムに入れてくれたんだ。
この「出身階級を見る」ようなしぐさをする教員はいまでも一定数いる。そして、両親の国名が判断材料に使われることもあるんだ。両親が日本人だと数学が出来そうだからギムナジウムを薦めてもよいだろう、トルコ人・トルコ系だときっと問題があるだろうからギムナジウムは薦められない、みたいな馬鹿げた判断でね。そう、だからステレオタイプ的に、日本人は外国人・外国系の中では不利に扱われる危険性が低いとは思う。
成績で決める州だって、本当は公平じゃない。ドイツの成績の値はいつも、ペーパーテストの点数だけでは決まらない、つまり客観的とはいえないからね。この手の教員の主観に基づく判断は、小学校や生徒の均質性が高いギムナジウムでとりわけ表出しやすい。
こういう教員の行動には、両親からの学習支援が期待できるかという観点ではない、いやなものが混ざっている。つまり彼らは、「古き良き」ドイツ社会を守って自分たちの階級身分を保持したいと考えているんだ。Akademiker の子は Akademiker、職人の子は職人、というような「伝統」を推進することで、自分に似た人たちだけで社会の上流層が構成されつづけるようにしたいんだよね。
学費のほとんどかからないドイツの大学の医学部に裕福な子が多いのには、いくつか理由があると思う。1つめは、学費はかからなくても、教科書・器具・研修についてまわる雑費など、なんだかんだでお金がかかること。
2つめは、医学部進学のためにはすごくよい成績が必要だけれど、それを取るための教育投資が両親にできること。たとえば、英語が苦手な子を夏休みに英語圏に留学させる親はいるし、もっと簡単な方法だと家庭教師をつけるとか。
そして3つめは、万が一悪い成績をとっても、裕福な親は学校に圧をかけられるということなんだ。弁護士を立てて抗議する親や、寄付金を笠に着て校長との個人面談を行う親がいる。もちろん、それに影響されて成績を変えるということは許されていない。だから成績が変更されるときには、公には「客観的な」理由で「はじめの成績は正しくありませんでした」となるのだけれど……。さっき言ったように、ドイツではそもそも、成績の値は教員の主観が入るからね。僕はギムナジウムで働くのが嫌でシュタットタイルシューレに勤めているけど、理由の1つは、ギムナジウムにはこういう厄介な親がいるからなんだ。
最後に、なんだかギムナジウムに行けなかったら一巻の終わりかのように見えるかもしれないけれど、少なくともハンブルクに関していえば、いまは仕組みが「ギムナジウムか(アビトゥアも取れる)シュタットタイルシューレか」の2択になって、ギムナジウムに行かなくても大学進学をするチャンスが十分あるようになったのでご安心を。レアルシューレ・ハウプトシューレだったころは、アビトゥアを取るためにはギムナジウムに転校しなきゃいけなくて、すごくハードルが高かったからね。
シュタットタイルシューレの長所は、まず学校教員の学習サポート(特に外国人家庭の場合は言語面でのサポート)への気持ちが強い点だと思う。ギムナジウムの教員はだいたい「ついて行けない子は知りません」という感じだからね。あとアビトゥアまで、ギムナジウムより1年長いのもよいところだね。気をつけないといけないのは、来ている生徒の家庭環境や能力の幅が広いので、先生からのサポートは厚い代わりに生徒間でのトラブルは起きやすいことがある点かな。
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