食屑鬼
薄暗いダイナーは二人の貸し切り状態だった。
窓際のボックス席に座る男と女はスーツを着ている。女は高級レストランにでも来たように目玉焼きを丁寧に食べていた。男はテーブルを指で叩く。ピアノのように叩くと、やっと女がこちらを見た。
「ベーコン食いてえ」
「豚肉は切らしてるそうだ」
「人間のベーコンだよ」
「私は加工屋じゃない」
「ミンチ作っておいてそれか?」
床を見やれば、血と肉のプールが広がっている。
どちらかと言えばスープだった。これではベーコンは作れない。
「屑肉だ。食っても口は満たせないよ」
男が女に視線を戻せば、ギザギザの歯をナプキンで一つ一つ拭いているところだった。見た目によらず丁寧な女だ。目にかかったボサ髪も、ちらちらと見えるピアスも、よく見れば清潔に保たれている。
男は床に転がる血と肉のスープを指ですくい、舐めた。
「どうかな。掃除されてない床に盛り付けた料理の味は」
「カスだ」
そのまま指を嚙み千切り、咀嚼する。
指は一瞬で再生した。
「だが俺がカスだってことを思い出させてくれる」
「君はいつもそんな感じだね。もっと楽しもう」
「こんな世界でどう楽しめば良いってんだ」
窓を見れば、遠くにネオンの煌めきが見える。
摩天楼だ。
あの上に高位の人間が、下に底辺の人間がいる。底辺の人間は不味い。床に盛り付けられたスープがそれだ。
「今日は人間がクリスマスと呼んでいる日だ」
女が歯を磨き終わると、テーブルの上に厳つい拳銃を置いた。
「ぱーっと楽しもうじゃないか。夕飯はチキンにしよう」
「あの卵産むマシーンがディナーか?」
女がテーブルに肘をつき、頬を手に置いた。
「アレは卵を産むだけじゃない。ちゃんと食べられるんだ」
「それは知ってる。俺らが食べられないものがあんのか?」
「一つある。あの上にいる連中だよ」
彼女は拳銃を取り、摩天楼を差した。
「ヤツらがチキンだ」
【続く】