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食屑鬼 #パルプアドベントカレンダー2023

 生きたいと願う人間には脂が乗る。
 餓死寸前のホームレスの肉は、その体に似合わずとても上等だった。
 年甲斐もなく骨すらしゃぶってしまう程に。
 幼少期、ターキーレッグの骨をずっと舐めていたのを思い出す。

「また食べたの」

 少年の声がした。
 振り返ると、暖かそうなコートに身を包んだ贄田にえだがいた。

「自由行動だと言っただろう。私は自由にした」
「自由過ぎるよ」

 おお寒い、と言いながら贄田が私に近づいた。

「やばい絵面だね。美人が台無し」
「言うようになったな」
喰内くらうちさんのせいだね」
「私は何もしていないが」
「人、食べてるじゃん」

 贄田は転がった骨を手に取った。
 彼の小さな手を見ると、無性に食欲が湧いてくる。

「僕も食べられるかな?」
「やめておけ。腹を壊す」
「喰内さんは?」
「腹が幸せになる」
「食人鬼って変わってるね」
「変わっていなければ人など食わん」

 贄田も変わった少年だ。
 初めて会った時もこんな風に話すだけだけだった。
 悲鳴を上げることも、逃げ出すこともなく。
 あわよくば食われたいなどと言った。
 とんでもないヤツだ。
 だからこそ食う価値がある。

 とはいえ、彼に生きたいという願望は感じない。
 贄田はクリスマスのディナーに頂く予定のご馳走だ。
 その変わった性根を叩き潰さなければ良い味は出ないだろう。
 この少年をどうやって変えてやろうか。
 彼を生きたまま食べるのが、とても楽しみだ。

 ◆

 私の食事が済み、贄田の夕飯に同行した後。
 彼に連れられて、私は贄田家にお邪魔した。

「あら、喰内さんも一緒ね。夕飯食べてく?」
「もう食べたよ母さん」

 いつもの光景だ。
 私は彼の家によく出入りしている。
 彼の親は不用心なのか、それとも息子の友人に感心がないのか、断られたことは一度もない。
 親の考えていることは分からないが、一つ分かっていることがある。

「ねえ、母さんを食べてくれない?」

 贄田は、あの優しそうな母を食べてほしがっているということだ。

「夜食はしない主義だ」
「え~、いつもそうやって誤魔化すね」
「大体何故だ? 優しそうな母親じゃないか」
「理由はちょっと……言えないかな」
「いつもそうやって誤魔化す」
「うるさい」

 大抵はこうやって話して終わる。
 すぐに贄田が眠くなって、布団に入ってしまうからだ。
 だが今日はそうならなかった。
 贄田は母に呼び出された。
 私は先に眠ろうと思ったが、どうも贄田の声が耳に届くので、聞き耳を立てることにした。

「ねえお母さんの話聞いてくれる?」

 贄田の母はそんなことを言っていた。
 単に愚痴を漏らしているだけだった。
 だが贄田が何か言おうとすると、母は怒鳴った。
 ただ話を聞いてほしいの、と贄田に迫っていた。

 やがて一時間くらいして、贄田が戻ってきた。

「今日から夜食解禁できない?」

 贄田が言った。

「……愚痴を聞かされるから、という理由だけで食ってほしいと?」
「聞いてたんだ。さっきの」

 贄田は笑った。
 目元に涙が滲んでいた。

「そうだよ。それだけの理由」
「それだけの理由、か」

 生きたいと願う人間には脂が乗る。
 感情が乗ると、旨味が出る。
 母親側にそういう感情が滲み出るかは分からないが、少し興味が出てきた。
 何より、贄田が静かにも心の底から願っているのであれば。
 クリスマスディナーに相応しい肉に、より近づくだろう。

「分かった。今日から夜食解禁だ」

 贄田の母は薬の味がした。

 ◆

 台所には贄田の母の肉が散らばっていた。

「これ、君の父親が帰ってくるまでに食べないといけないのか」
「そうだよ。僕の母さんを食ったんだから、それくらいはしてもらわないと」
「クソガキめ」

 夜食にしては量が多すぎる。
 しかし美味くないと言えば、嘘になる。
 肉に宿るどす黒い感情が、噛みしめるごとに滲み出てくる。
 この母親も相当な経験をしたことがあるのだろう。
 贄田は「母さんの人生は壮絶の一言だからね」と言っていたが、詳細は謎だ。

 がちゃり、と鍵の開く音がした。

「やば、父さんもう帰ってきたのか」
「どうする」
「夜食二つ目いっちゃおう」
「やだ」
「やだじゃないよ。責任取って」
「責任を取るのは君だ」
「母さんお出迎えまだか~?」

 父親が近づいてくる。
 贄田は私よりも先に包丁を手に取った。

「き、君……」
「ただいまって言ってるだろうがあ!」

 父親がバタンとリビングに入ってきた。
 そこを、贄田は後ろから滅多刺しにした。

「あぅ、ぐあぁっ!?」

 と言って、もう父親は動かなくなった。

「あ~あ、ついにやっちゃった」

 贄田の表情はいつもと同じだった。
 罪に苛まれることも、自分が殺意をぶつけたことを恐れるのでもなく。
 ただ皿でも割った時のような顔をしていた。

「ついにやっちゃった、じゃないだろう。どうするんだこれ」
「食べてもらえれば良いよ。塩漬けにでもする?」
「いや、食べる。太ったら君のせいだぞ」
「えへへ」

 面白い少年だとは思っていた。
 私に出会った時もあまり動揺しない、フラットな少年。
 それがこんなにも静かな殺意を、家族に秘めていたとは。
 面白い。
 涎が滴った。
 生きたいと願っている人間ではないが、とても美味そうに見えた。
 私が殺した彼の母親よりも。
 彼が殺した彼の父親よりも。
 私は贄田に齧り付いた。

「あぎゃっ!?」

 贄田がのたうち回る。
 それをしっかりと拘束する。

「く、喰内さんッ!?」
「すまんな」
「や、痛いよ! 殺す時は瞬殺にしてよ!」
「すまんな、じっくり味わいたい」

 生きたいと願う人間には脂が乗る。
 目の前の少年はそうではない。
 どす黒い感情が、血液と共に口の中で広がった。
 とても美味い。
 だが、クリスマスのディナーには相応しくない。
 罪悪感と一緒に脳で幸せが弾け飛んだ。
 夜食はこんな感じだったのか。

 贄田は涙の味がした。


おわり


ーーーーー
あとがき
 ハッピークリスマス! 明日は俵田圭一さんの『エージェンツ(仮題)』です! お楽しみに!



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たみねた
踊って喜びます。ドネートは私の生活や他のクリエイター様のサポートなどに使わさせて頂きます。