「歯車の塔の探空士」後日談

・21年某所、「翡翠色の乙女を追え!」武勇伝
(※TRPGセッションの感想や光景を、ゲーム外部へ公開すること。ゲーム的な特典がある)

 ※
 自動人形(コッペリア)のルビーは、広告の文面に頭を悩ませていた。
 ちょこんと椅子に腰かけて、脚部をぷらぷらさせながら、硬質な指先でペンを握って、紙面を前にうーんうーんと悩んでいる。
 メモの書き出しは次のようなものだった。
 “人を探しています”

 ――「翡翠色の乙女」事件からしばらく日が経ち、ようやく、ヴィクトリア・シティにも平穏が戻りつつあった。国宝とも呼べる美術品が、何者かによって盗み出され、あわや「塔」を揺るがす一大事となるところだったのだ。ルビーたち「探空士」の活躍によって、美術品は無事に取り戻され、無事に王立博物館へと戻された。
 いまや世間の話題の中心、ちょっとした英雄となってしまったルビーたちは、しばらくの間、おちおち外出もできないほどだった。どこへ行っても人の目がついてくるし、もしかしたら、シティ中の商人から声をかけられたかもしれない。元々、臆病で生真面目な性質のルビーは、ちやほやされるのに慣れていなくて、すっかり辟易としてしまっていた。近頃は、一歩も船から塔へ降りず、ほとぼりが冷めるのを一日も早く待ちかねていた。
 一連の事件の報奨金は、そこらの探空士は小躍りするような額だったが、結局、今回の船旅の修理費や、溜まりに溜まっていたツケの支払いに右から左で、あれほどあった報奨金はほとんど無くなってしまった。
 船のメンバーの中にも、先行きを心配する者もいれば、
「まあ、なんとかなるさ!」
「ルビーは心配性よねえ」
 なんて、気楽に構えるメンバーもいる。ルビーはその前者だった。

 船に残った額からは、少ないながら、船員たちへの臨時ボーナスも出た。
 使い道は人それぞれだ。

「なになに~? ルビー、あんた何書いてるんの?」バタンと大きく扉が開く音がした。
 扉を乱暴に押し開け、金屑だらけの顔を布で拭いながら、小柄な女性が声をかけてくる。
 小脇に抱えた工具を開いていた椅子にどさっと置いて、セドナはひょいとこちらを覗き込んで来た。
 ルビーは稼働からまだ5年で、ボディも比較的小型だったが、彼女も背丈ではルビーといい勝負だった。テーブルでなくて椅子に置いたのは、肩から上に持ち上げるのが億劫だからだろう。リットラとは、そういう種族なのだ。
 親娘二代で探空士だという筋金入りで、くりくりとよく動く瞳は、常に快活な光で満ちていた。髪は深みのある赤で、船の操舵手はそれを「水平線に沈む夕日のような」色だと以前表現したことがある。
 セドナはまた、機械技師として、工具を大量に買い込んで、獲物を前にした猫みたいに嬉々として船中を片端からいじりまわしている。近頃は溶接の技術も習得したらしい。
「なにこれ。新聞?」
「あ、えーっと、これは……」
「ん~、まあ、何でもいいけど。
 それとも、そうだ。例のやつ、気が変わった? いつでもくっ付けたげるわよ。……コッペリア用の隠し腕」
 慌ててルビーが固辞すると、彼女は冗談だとばかりにけらけら笑った。
 しかし、彼女の船室には、既に何本もの腕が用意されているのを、ルビーは知っていた。

「さっきから上機嫌だね。なにかいいことでもあったかい?」
「……あー、ジェイス。ごめんごめん、うるさくしちゃって」
 そう返事をして、セドナは手を振った。その先には、部屋の隅で作業に没頭していた青年が、手を止めてこちらを振り返り、どこか面白がるような表情を浮かべている。
 ジェイスはこの「高慢な女王猫号」の船長だ。セドナとは対照的に、縦に長くすらりとした体躯で、黙っていれば十分美形と呼べる方に入るだろう。身長は下手をしたら、ルビーを縦に三つ分重ねても追いつかないかもしれない。
 彼は作業台に白紙を何枚も並べて、鉛筆と定規とコンパスだけで、緻密で精巧な図を引いていた。この飛行船の見取り図だ。技術屋同士ということで、セドナとはよく意気投合していた。
「そうそう。船長、倉庫の扉、直しておいたわよ。ついでに防弾、防火仕様にも! これで、エンジンが吹っ飛んでも、扉から先はたぶん無事!」
「うーん、エンジンが吹っ飛んだらそこでお仕舞だけどね」
「まあまあ固いこと言わないの。
 んで、次はどうすんの? やっぱもう一基、砲が欲しいわよねぇ」
「いや、装甲がもう少し欲しくてね。ほら、ここの居住スペースをざっくりカットすれば、計算上……」
「へえ? ……おお、いいじゃん~!」
 二人でわいわいと盛り上がりながら、図面を指さし合い、数字や線を付け足し続けている。
 コストという言葉は、少なくとも二人には些細な問題だった。

 その時、コツコツと扉をノックする音がした。
 操舵手のディルが、片手に紙袋を抱えて、扉の側に立っている。じろりと不機嫌そうな目つきで、室内の面々を睨みつけていた。
「何がいいのか、教えてくれよ? ……言っとくけど、無駄金はもう、びた一文許さないからな」
 バタンと乱暴に扉が閉められた。
 ディルは金勘定の得意な古代種(アンティーク)で、ちょっとした手品にしか見えない魔法が使えるという特技がある。
 つかつかと歩み寄ると、図面を一瞥するが早いか、「どこにこんな金があるんだ」とばっさり切り捨てた。
「ほ、ほら……こないだの報奨金が、まだ少しは残ってるはずじゃないか」
「もうほとんど残ってないだろ。まずはさっさと、次の仕事を見つけないと」
 そう言って、彼がテーブルに紙袋を置くと、袋の口が傾いて、中からオレンジが転がった。

 果実を拾い上げると、セドナは、珍しい物をみた表情で、しげしげとオレンジ色の表皮を見つめた。
「えーすごい、フルーツじゃん。どこで買ってきたの?
 今年は特に、塔の上層でさえ日が差さなかったっていうし、貴族連中がガメてるって聞いてんのに」
「おい、勝手に食うなよ」
「いいじゃんケチ。一口頂戴よ。あ、皮、剥いたげるからさ」
「君の一口の基準は、俺とかなり違うよな。男女差かな?」操舵手は皮肉っぽく言った。
「あんたの部屋のドアに、ペット用の入り口も溶接したげるからさ~」
「残念ながら、手間のかかるペットはもう満員でね。……ちょっと待てよ、まさかもう取り付けたわけじゃないよな?」
「……ルビーも食べる? どうせディルが買ってきたんだからね」
 そんなふうに言われて、ルビーは丁寧にお礼を言った。
 新しく、3人の分のお茶を淹れようと、椅子からぴょんと立ち上がった。

 ルビーが先ほどから書いていたのは、新聞に掲載してもらう広告の文面だった。
 彼(あるいは彼女)が、怖い思いをしてでも探空士になり空を飛んでいるのは、行方不明になった自身の製造者を探し出すためでもある。
 初めは、報奨金の使い道も特に思いつかなかったのだが、船長のジェイスが、「それなら、ひとつ広告でも出してみればいいんじゃないかい」と提案してきたのだ。

「ほほひぇふふ(どうしたんだい、これ)」
 ディルが首をかしげる。その口にぐいぐいとセドナが口にオレンジを詰め込んでいる。
 この間言っていた、博士の行方を捜すための広告です。そうおずおず言葉を返すと、アンティークは興味深そうに紙面をのぞき込んだ。
「どれどれ。ふーん。どっかのリットラより余程きれいな字だね」
「なにか言った~?」
「うぐっ……!」
 彼女がわざとらしく尋ねたが、ディルは向こう脛を蹴り飛ばされた痛みで、それどころではなかった。

「ふむ。中々、特徴的な人相みたいだね。鷲鼻で高齢……髭は白い、と。人相書きもあれば、効果も上がるんじゃないかな?」
「なにそれ、ジェイスあんた似顔絵も描けんの?」
「簡単なものならね。髭はどのくらい伸ばしていたのかい? それに眼は……」
 何度かジェイスの質問に答えていくうちに、みるみるスケッチが出来上がっていく。
 それを見て、ディルが皮肉っぽく言った。
「ずいぶん絵がお上手だ。やっぱり元貴族は違うのかな?」
「ははは。まあ、母が芸術には熱心なタチでね。絵画とか、ピアノとかね……三つ子の魂百まで、というやつさ」
「それが、何の因果か空を飛び……いまや故国の英雄か。ご両親も鼻が高いだろう」
「いや、いや――」
 言いながら、ジェイスは両腕を横に広げた。
 ジェイスは必ず、外出の時には必ずグローブを着けるが、今は両腕ともに生のまま、「剥き出し」だ。
 左腕の袖口からは、黒々とした、機械の腕が覗いていた。無機質なネジと歯車とが、きりきりと細かな音を立てている。武骨で冷たい、それは金属の「腕」だった。
 幼いころ、事故で左腕を失った彼は、同じ事故に巻き込まれ、その記憶を保存する頭脳とも呼べる機関が破壊された、幼少の彼の「乳母」からその左腕を移植されていたのだ。
「こうやってね、両腕をそろえて鍵盤を弾くと、いつの間にかズレていくんだ。……まあ、元々自前じゃない、借り物だからね。好みの違いが出るのはしょうがないさ」
「ふうん。そりゃいい。そのうち晩餐にでも一曲頼むよ」
「ふふ。そのときは、君にも一緒に歌を歌って欲しいな」
 ディルは答えずに、ただちょっと肩をすくめただけだった。

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