うどんちゃんの耳がしわしわになるお話。


 この銃の引き金を引くために、私には都合のいい言い訳が必要なんだ。

 一、

 鈴仙・優曇華院・イナバは、うすっぺらい枕の上で、何度も何度も寝返りをうった。どうしても、どっちかの耳が枕の下になったりして、気になって仕方がなかった。
 しんと静まり返った病室の中で、やっとこさ、具合のいいところに落ち着けたと思っても、しばらくじっとして、瞼の裏側の虚空を見つめていると、漠々とした違和感がまた、むくむくむくむく膨らんでくる。
 もちろん、鈴仙はけがの回復を待っていて、指の一本も満足に動かせない。
 それも原因のひとつなのかもしれなかった。

 彼女の上司である永琳は、おつかい、つまり、家中で起こった殺人事件(殺人事件だなんて――平和に暮らす、可愛くて素敵なうさぎにはとても扱いきれない!)の下手人をあげられず、それどころか逆に、手酷くやられて戻ってきた姫のペットに対して、あまりいい顔をしなかった。
 最低限度の処置だけぱぱっとやってしまうと、あとはベッドの上に鈴仙を放り出して、それでおしまいだ。

「首のすわるまで」一晩大人しくしているように、とだけ言い残された。そのあまりにぞんざいで、テキトーで、あんまりな扱いに、鈴仙の口からは、月のうさぎであった頃に使っていた罵倒や悪態が、これでもかと出かかったが、なにしろ本人に聞かれたらコトであるので、内心でだけ、こっそりとつぶやくに止めた。

 同居人のてゐが嫌がらせに、顔へ真っ白い布を被せていったので、彼女の無敵の能力も、いまいち力の振るいどころがなかった。
 長い耳をひたり、ひたり、届く場所まで伸ばしても、投げ込まれた寝台のその狭さが把握できただけだ。
 これでは暇で暇で仕方がない。よくわからないままおつかいに行かされ、よくわからないまま半死半生の淵をさまよい、そしてようよう目覚めて30分前後。鈴仙は早くも退屈で死にかけていた。
 暇をつぶすために、頭の中で知り合いと知り合いを挨拶させて、こいつらは相性が良さそうだとか、こっちは会った途端に殺し合いを始めそうだとか考えていたが、それもすぐに飽きてやめてしまった。

 ……そんな頃合いである。
 なんの前触れもなしに、いきなり扉が「がらり」と開いたのだ。
 鈴仙はびっくりしてそちらに首を向けた。

「……」
「……し、師匠?」

 鈴仙が震える声で一度ぽつりと誰何した。
 まるで嫌われ者の言葉のように、誰も答えてくれずにそれっきり、沈黙が大きく手を広げて圧し掛かってきた。

 鈴仙は、自前の長いふたつの耳を、知らず知らず「くの字」に折れ曲げていた。
 毛並みはふさふさだが、ちょっとだけ、しわがよっていた。
 なぜなら、最強の鈴仙の能力にも、例外というものがあって、その盲点とでも呼ぶべきものがまさに目の前にいたからだった。
 盲点、つまり、スペカでいう正面安置みたいなものである。
 鈴仙の能力は無敵でサイキョーである。そこらの人間はおろか、おおよその連中なぞ相手にもならず、ウインクひとつで消し飛ばすことができるのだ。これは、酒の席でよく言っているので、まず間違いがない。
 しかし、その無敵の能力には、なにも感じられないのだ。ただ、声が聞こえるだけだ。

(たぶん。永琳さまか、姫さまよ。あの二人にも、あんまり効かないし……)
 そんなふうに考えた。まるでそう自分に言い聞かせて、安心させてるみたいだった。
 もしも、そうでなかったなら。
 おそらく、鈴仙はここで腹筋ぼこぼこ(ある種の専門用語)にされてしまうだろう。それはしかし、相手が永琳とかの場合でも、最悪の結末を考えると、あり得る事ではあった。

 そうやって鈴仙が、想像と警戒と、ありもしない苦痛の想起によってぶるぶるぶるぶると震えていると……。
 ややあってから、どこか躊躇うような気配ののちに、声をかけられた。
 それはまるで、友達の友達に、友達抜きで声をかける時みたいで、手痛いしっぺがえしを恐れているような具合であった。無敵で尊大な鈴仙も、根は臆病なうさぎであるので、宴会の時なんかはよくそうなるから、覚えがあったのだ。
 凍てつく冬の朝に滴る水のような、快晴の空のまなざしのようなその声を、鈴仙は聞いた事があった。

「おはようございます」
「お、おはようございます。……えっ?」

 聞き覚えはあった。しかし。でも。
 鈴仙の脳裏では、先ほどの”最悪の結末”がひどく意地の悪そうな姿をして、師匠と仲良く肩を組み、鈴仙の事をげらげらとあざ笑うのが見えた。二人して、指で下品なしぐさをしたり、「負けて死ね」という意味の書かれたプラカード(おそらく、師匠の机に山積みの医療カルテの裏)を振り回していた。

「月の兎(せんし)よ。けがをされたと聞きました。今日は、そのお見舞いに来ました」
「……純狐さん、です……よね?」
 いまいち語気があいまいなのは、うろおぼえだったからだ。下手こけば煮て食われる(意味深)かもしれないぞ、と疑心にかられていたのだ。

 恐る恐る、鈴仙がそう尋ね返すと、純狐と呼ばれたその人は、にっこりとした微笑みで、うんうんと頷いた。
 ――覚えていてくれたのね! なーんだ、わたしたち、やっぱりおともだちなのですね――! 鈴仙にとって眩暈がするような、悪夢の副音声が聞こえる気がした。気のせいであってくれと、必死に祈った。
 彼女が笑顔になるだけで、怖気の走るような力が部屋中に溢れだし、渦巻き始めるのだ。
 それは先だってのかの異変の折、彼女と対峙した際、真の意味での古い力、神霊である彼女がぶつけてきたものとまったく同一だった。
 そしてその時に、投げつけられた言葉たちも、ありありと思い出せる。

「だが、不倶戴天の敵、嫦娥(じょうが)よ
 見ているか?
 お前が出てくるまで
 こいつをいたぶり続けよう!」

「お前に良心の呵責というものがわずかにでも残っているのなら、大人しく観念しろ!
 さもなくば嫦娥よ、聞け!
 こいつの生皮をはがし、おもてに塩と香辛料を擦り込み、風通しの良い日かげで適度にねかせ、熟成をみ計らい、からだのいたるところが裂けて血の吹き出すまで転がしてやろう!」

「口だけではないかと疑っているのか?
 私は本気だ!
 みよ! このうさぎの、臆病そうなくせして、妙に増上慢な表情を! 見ているだけでついつい苛めたくなるさまを!
 私の怒りは混じりけがないぞ!」

「そしてみせよ!
 こいつが生きて帰られなくなるか、さもなくば、腹筋ぼこぼこ(ある種の専門用語だ――!!)にされた上で帰れなくなるか
 二つの道を前にして、お前が選ぶものを。お前の答えを待とう!
 このうさぎの極限の状態を前にして、お前の純粋なところが露わになる
 どちらにしろ、穢れたるこいつの行く末など決まりきっているがな!」

 鈴仙の耳はしわしわになった。
 純狐はそれにまったく気づいた様子もなかった。
 覚えてくれていて嬉しいです。そういって、両の腕を広げて伸ばし、彼女を掻き抱こうと待ち構えた。
 顔にかけられた白い布のせいで、その光景がまるで見えていない鈴仙は、ぎこちなく笑おうとして、あえなく失敗した。
 指の先になんだかぴりぴりとしたものが走り、爪の間が無性にかゆくて仕方がなくなった。服の下にむしが入り込んだような悪寒がした。腹の中に分厚い氷を詰め込まれて、げえげえ苦しむ幻覚をみた。
 その耳は見る間にしわしわになった。

「お見舞いって……どうしてまた、そんな」
「……うん? いけませんか?」
「あの……い、いえ、お気持ちは~素直に嬉しいのですが……」

 ずっとずっと、大きく腕を広げて待ち構えているのに、鈴仙が飛び込んでこないため、純狐は不思議そうな顔をして、腕をおろした。

「はて――その顔。どうしたのです? けがをしたのは、違うところだと聞きましたが。幻想郷(ここ)では病人にそのような事をするのですか?」
「ああ、これは……てゐが。いえ、同居人なんですが……悪戯(アンファンテリブルデスティニー)で。……えーと、とにかく」

 鈴仙は言葉につっかえた。詳しい説明が億劫になった。とくにそれが、純狐であるので余計に。
 それに、目隠しをされたまま人と話すのも、なんだか変な感じがしていたのだ。
 だから、鈴仙は言ってしまった。
 野に生きる兎は、ずる賢さでは狐(フーリー)に及ばず、牙も、爪の鋭さもなく、駆ける脚でも到底敵わない。だから彼女たちにできるのは、わずかでも早く先に相手を察して、「追いかけるのは面倒だな」と相手が思うのを祈りながら、逃げる事だというのに……鈴仙はそれを忘れてしまっていた。
 それを、彼女はすぐさま思い知る事になった。

「あの、この、目の布を取ってもらえませんか? ……あ、よかったら……なんですけど」
 そういう事を言ってしまったのだ。

「いいのですね?」

 ぴったりと。
 鈴仙と純狐の、頬と頬がくっついた。

「そうね。やっぱり鈴仙ちゃんも、そう思うわね」
「??? ……???」

「ほんとはね、先にお薬屋さんにね、手をふれてはダメだって言われていたの。大事だものね? 今日のところはね。ほんの少し、あいさつをするだけ。もし万が一、何かあったら困りますからね」
「……! ……!」

「でもやっぱり。お話しするには、目と目を合わせて、手で撫ぜたりしなければいけないわ。こんなふうに、ほっぺたの柔らかさを感じたり、指を握り合ったりね。仲良くお話しするためにはね」
「……!! ……!!」

「大丈夫よ。大丈夫。落ち着いて。貴方はあの日見た時からずっと、強いわ。ずっと、ずっとね。すこしの夾雑物も、ほんの愛嬌のようなものなのです。鈴仙ちゃん。貴方は大丈夫です。すこし、疲れているのですね。私はそれを知っている。いまはただ、ほんのすこし、疲れているだけ」
「……!!! ……!!!」

「ああ、暖かい。やわらかい。あの子を思い出す。すてきですね。毛が生えてふさふさしていて、こんなにもかわいらしいのに、これも確かに貴方の一部分なのですね。まるで違うのに、なんだか懐かしい。ぬくもりが。暖かいです。ねえ。あの子があの子じゃなかったら、私、鈴仙ちゃんのような娘がほしかったわ。そうでなくとも、あの子と鈴仙ちゃんが一緒になってくれたなら、きっととてもすばらしいわ。きっと、とっても。ああ……。私の前に立ち塞がるほどにつよくて、優しい子……。おお……。おお……。ああ……ああ!」

「嫦娥よ!!」

 間一髪だった。
 鈴仙は、片方の耳を、ほっぺたとほっぺたの間に挟みこみ、ぎりぎりのところで、純狐との濃厚接触を防ぎ切った。
 でなければきっと、もっと凄い事になっていただろう。
 鈴仙の耳はしわしわになった。


 ※

 純狐にふれられ、鈴仙は自力で上半身を寝台に起こす事に成功した。
 おそらく、脊椎動物だから頭と背中をぐしゃぐしゃにされた後遺症で動けません、などと言っていられなくなったからだろう。

「そうだ。お土産があります」
 純化した想いが膨れ上がり、気の弱い動物(たとえば、うさぎ)なら心臓が止まって、勢い余ってもう一度動き出すぐらいの、純粋な力をばらまき、鈴仙の耳をしわしわにした純狐は、それですっきりしたようで、まるで貞淑な貴婦人のようにけろりとしていた。激昂してトチ狂いそうになると、そうやって頭を冷静にすることにしているのかもしれない。

 鈴仙はなんだか笑みのようなものを浮かべようとしたが、顔が引き攣って、失敗した。「き……気持ち悪いぜ。ダダっ子のように泣きわめいてやがる」なーんて思ったのかもしれないが、もちろん、口には出さなかった。

「はあ。……うん? すンません、なんですって?」
「少しばたばたして、すっかり、忘れていましたね。……ああ、ほら、これです」

 そういって、純狐は持ち込んだ風呂敷包みから、畳まれた衣類のようなものを取り出した。
 じつに奇抜なカラーリングだった。二日酔いした酒飲みに象と牛とついでにライオンを口で説明して絵を描かせたような、未知の宇宙線をたっぷりと吸収して栽培したミントか何かのような、その変なTシャツには、なんだか見覚えがあった。
 そのTシャツには、「GO TO HELL(地獄に落ちろ)」というのが殴り書きされていた。

「……えーっと」
 ふと鈴仙は、地獄の女神ヘカーティアが言った言葉――、
 純狐から、「目の前の兎は、われわれの策を台無しにした敵である」と話を聞かされた時の、

「しょうがない
 消すしか無いか」

 という言葉を思い出した。
 その冷たい目を……いたいけな兎の一匹のいのちなど、なんとも思っていないような目を思い出した。
 鈴仙は耳がしわしわになった。

 ちなみに、その時鈴仙は彼女に対して、
「そうか、月で見た妖精のご主人様って
 貴方の事ね
 変な格好してるからすぐに判ったわ」
 と言い返したのを忘れてしまっているが、それを指摘するものもいなかった。

「ヘカテーからですよ」Tシャツを手に広げながら、純狐は気安く呼び捨てた。
「……私、ヘカーティアさんを怒らせましたか……?(震え声)」
「あら。どうして?」
「急にあの人に……本当に突然なんですけど、嫌われている気がして」
「そんな事ないわ」
 手に持って広げていたTシャツを裏返して、純狐が不思議そうにいった。
「ほら、ぜひ地獄に遊びに来てください、と書いてあります」
「そ、そうかな……そうかも……」

 二、

「貴方の髪は艶々していてとっても綺麗で、わたしは好きでした。どうしたのですか?」

 ――どきりとする一言だった。
 純狐は、お見舞いに来た患者の家族用のパイプ椅子に腰掛けて、果物をしゃりしゃりと剥いていた。「お見舞いに来た」という言葉は、少なくとも彼女にとっては、嘘でも偽りでもないようだった。
 鈴仙は「早く帰ってください! お願いします! 何でもしますから!」という念を狂気の視線に込めたのだが、
「ああ、この椅子に座ればいいんですか。気を遣わせてしまって、ごめんなさいね」という受け止め方をされてしまい、随分と気落ちしていた。
 しょうがないので、どうにかわかってもらえないかなあと考えあぐねながら、すっかりしわしわになってしまった耳を頭の前にもってきて、付け根のところから耳の先へ、何度も何度も擦って、毛づくろいをしているところだった。

「……えっ?」
 振り向くと、彼女の澄み切った瞳に、正面からぶつかった。

 ぱちぱち、ぱち。三度、瞬きをした。
 きらきらと光るような純狐の目を見ていて、鈴仙はそれが瞬きをまったくしない事に気づいた。

「髪って……あっ」
 後ろに手をやって、短く叫んだ。
 元々は足首にまで届かんとするほどの長さだった。それが今では、肩にほんの少しかかるぐらいまでになってしまっていた。これではさすがに、一度拳を交えただけの純狐であっても、嫌でも気づくだろう。
「これは……姫さまの仕業みたいだわ」
 前からある事ではあった。一晩の間に彼女の髪はさまざまな長さに姿を変えて、主人によっていじくられる、体のいいおもちゃにされる時があった。
 言ってどうにかなる気はしないし、どうにかなる相手でもない。

「貴方はそれでいいのです?」
「私は姫さまのペットですから」

 その言葉に、純狐は小さく頷いた。
 そうですか。
 止めていた指先を再びしゃりしゃり動かした。すももとりんごである。どちらも小さく食べやすく切り分けられていた。

「食べられるかしら」
「……ありがとうございます」

 それっきり沈黙が二人の間を通り抜けていった。しばらく、鈴仙のたてるしゃくしゃくという音だけがしていた。
 それは鈴仙にとっても、別に悪い感じはしなかった。

「好きなものはありますか」
「な、なんですか、急に」
「ヘカテーが、こんな時にはそういったものを聞くものだと言っていました」
「あー……ヘカーティアさんですか。いえ、特には……」
「そうですか」

 そういって、純狐は頷いた。にこにこと笑顔だ。何をしてなくとも楽しい、彼女に手を焼かされているだけで嬉しい、そういう感じだ。
 そのまなざし。透き通っている。
 鈴仙はうつむき気味で、視線こそ外していたが、確かにそれを見た。
 もちろん、この世で鈴仙以上に視線に敏感な兎もいない。
 頬に突き刺さってくる、自分の胸内を丸裸にしてどこまでも赤裸々に見透かさんとするそれは、彼女が今まで我が身の事として体験した覚えはなかったけれど、どこか懐かしささえあった。
 もちろんそれは、あらゆる生命の上に歴然としてそびえる一つの事実なのだ。
 鈴仙の知らないそのまなざしは、母親という生き物の持つそれである。

「え、ええっと……」
 鈴仙は、だんだん気恥ずかしくなってきた。
 好きなものの一つも言えないなんて、どんなに心が貧しくて、つまらない生き方をしているヤツなんだろう。
 ……そんな気がしてきたのだ。

「でも、美味しいなって思うものは……たくさんあります。この前は姫さまが筑前煮を作ってくれて、ほらここって竹林ですから筍が採れるんですけど、それで……ハイ。結局、誰も食べなくて、余っちゃって、私ががんばる羽目になったんですケド……」
「ほう。美味しかったのです?」
「はい! それに……あと、この季節は、よく裏でお芋を焼いたりします。そういう時に限って、天気は良いのに風がぴゅうぴゅう強く吹く日だったりして、待っている間にすっかり耳や指先がかじかんで冷たくなったりしますけど、その分、てゐ達とおしゃべりしてるのは嫌いじゃないですし……」
「そうですね」
「月にいた頃は寒さに震えてるなんて、無駄でしかないと思っていたのに、きっと昔よりお芋は何倍も何倍も美味しいんです」
「そうね、鈴仙ちゃん」
「あいつら(清蘭や鈴瑚の事)と話した時にはっきりと、私は地上の兎だってわかったんです。そりゃあ、久しぶりに見た月が懐かしくなかったわけじゃないけど……。自分の生まれたところ、一つのルーツですから。でも、それでも、どうしようもないくらいに、思い出すと胸が痛くなるのは……地上での暮らしの方で」
「……それはすてきですね、鈴仙ちゃん」

 美しいものばかり、楽しい事ばかりの楽園では、もちろんない。
 日々押し付けられる雑用はキツいし、永遠亭でのヒエラルキーはいっこうに上がらないし、食用兎肉の撲滅活動は難航し、まわりの連中も変なヤツばっかりだ。
 ちょっとしたサボりでも、ばれたらえらい事になるし、突然襲撃されて腹筋ぼこぼこ(ある種の専門用語)にされたりするし、ちょっと過激でちょっと頭のおかしな人物はいきなり現れてくるし。
 自分では一生懸命頑張っているのに、それは無駄だ、お前は何もやってないんだと突き付けられる事もある。意地悪なヤツがいて、ただ善意のみで人に迷惑をかけるヤツもいて、嫌な事はたくさんある。
 とつぜん偉い人に「地獄に落ちますよ」と言われた事のある者が――そして言われた方の気持ちがどんなものか、はたして想像できるだろうか?

 ただ、もしも。
 本当に地獄に落ちる時が来たなら(もちろん鈴仙は、こんなに頑張っている自分に限って、そんな事ありえないと確信していたが……)。
 思い出すのは幻想郷なのかなと、ぼんやり考えるぐらいである。


 三、

 あの天に輝く太陽を射止める事など、すでに誰にもできはしない。
 全ての事象に縛られる事などなく、時間はめぐる。抗いようもなく朝日は天に昇るし、どうしたって夕日はやがて沈む。
 それを止める事は誰にもできない。
 決して。
 覆水は盆に返らない。
 無敵で最強の能力を持つ鈴仙でも、不可能な事はもちろんある。神ならぬただの兎の身で叶わぬ事は、世界にごまんとあるのだ。

 ある日突然鈴仙を襲撃した神霊は、長い事話し込んでいた兎の姿を見て、とある感慨を抱いたようだった。
 そのために、彼女は突如として凶行に及んだ。それは鈴仙からすれば、茶屋で仕事をサボって一休みしている時に、いきなり頭をカチ割られた時ぐらいの衝撃だった。
 その時彼女はどえらい表情をしていて、丁度それは、鈴仙でのルートでいう、
「月の民のその様な姿を
 見たくは無かったですね」
 というような時の顔をしていた。

「やっやめてください! ちょ、お前、やめろってバカ!」
「怖がらなくていいのです。大丈夫、落ち着いて。大丈夫よ、大丈夫……」

 シーツに忍び込んでくる手を払いのけ、鈴仙は必死で抵抗した。
 しかし……この世で、無名の存在の添い寝を拒める者などいるのだろうか?
 もちろん、彼女の純化した想いは、この世で最も古き力あるものの一つである。
 いかな鈴仙の無敵の能力でも、それを妨げる事など不可能だった。

「寝られないというのです? では、子守歌を歌ってあげましょうか?」
「いらないですって! は――離せオラ!」

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