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乃香(のこ)のこと

乃香(のこ)とは、わたしたち家族と16年ものあいだ暮らしてきた三毛猫のことです。

今回の彼女の闘病について、書き残しておきます。

【出会い】
2005年の初夏。
以前の住まいの近くで捨てられていたのを引き取り、その当時からてんかん様発作の頻発、何を食べても嘔吐する、膀胱炎など、いろいろなアクシデントが続きました。
正直あのころは「この子は短命だろう」と思い込み、まさか16年以上も一緒に過ごせるとは思いもしませんでした。

大人になってもおばあちゃんになっても、相変わらずとにかくよく吐く子で、3日に一回を平均としたら、1900回をゆうに超える回数吐きまくってきました。そのはっきりとした原因は、ついに分からずじまいでした。

【猫好酸球性硬化性線維増殖症】
そんな中での2020年7月、これまでとは違う嘔吐の様子を見たことと、痩せてきたことで病院で精密検査を受けました。
高齢猫特有の症状かと思ったんですが、触診で腹腔に複数の腫れが見つかり、エコー、血液検査、針生検の結果「猫好酸球性硬化性線維増殖症」として、8月からステロイド治療を始めました。
それは奏功し、腹腔の腫れがすっかり消えて「寛解」となり、今年のお正月頃には体重も戻り吐く回数も減りました。
見てきた限り、それまでの彼女の猫生のうちで最高のコンディションでした。

【再発?】
寛解から半年(発症から1年)が経過した頃に再び食欲が落ち、比較にならない尋常ではないペースで痩せてきました。
通院と投薬を再開したものの、以前のような回復が見られず、違う病気をひそかに疑い始めたのが9月。
ステロイド投与を続け、低め安定状態で10月に入り、まず去年と同じくエコーと針生検を受けて結果を待ちました。
その時点で腹水が貯まり始めていたのを見て、「あ、これは癌かも」と薄々悟りました。気が重くなりました。
「針生検の結果がリンパ腫であればすぐに打つ手がありますが、そうでない悪性腫瘍の場合は、更に原発部位を探り当てるのに時間がかかってしまい、それまでの間は時間稼ぎの投薬で容態を見守るだけになります」
と主治医の先生に言われたけれど、わたしは、最小限の苦しみで少しでも穏やかな時間を過ごせる方法を、素人なりに模索していました。

【残念な判定】
残念ながら針生検の結果は、リンパ腫ではない他の悪性腫瘍でした。
こうなると、開腹して細胞を採取して病理検査で癌の種類を探り、原発部位を特定してそれに合致した抗がん剤を選んで投与することになります。

「高齢猫にメスを入れたら寿命が縮んでしまう」という不安が強かったんですが、すでに悠長なことは言えない段階のため、悩んで悩んで「治療が間に合えば、もう少し一緒にいられる」と信じて開腹を依頼しました。
といっても、すでに腹水が確認できてしまった以上、内心では最悪の「腹膜播種」を覚悟していたので、「手がつけられない状態だったら細胞の採取のみで閉じてもらっていいです」とお願いし、その予想は当たってしまいました。

【あと何日一緒にいられるかな…】
開腹手術は10月26日に行われ、翌日退院。
「すでに癌が広がっているのでお腹は痛いはず。痛みを取るために麻薬を使いましょう」ということで、首の後ろに麻薬パッチを貼ってもらいました。
それで痛みが和らいだかどうかは本人にしかわかりませんが、帰宅して早々に力強く爪を研ぎトイレに行き、その日は静かに休んだようです。

しかし、28日の晩に大量の吐血。
緊急で診察を受けてひとまず落ち着いたものの、その日から貧血が一気に進行したと思われます。
貧血を治すには輸血しかないと先生に言われ、でも、先生は積極的にそれを薦めませんでした。
「輸血は注射と違って半日かかります。ギリギリの状態ですでに数日経過していて、もしかしたらお預かりしている間に命が終わってしまうかもしれません。自宅で看取れなかった後悔をしていただきたくないので、この子への輸血は強くお薦めしません」。
それでも、看取りが近いという現実を受け入れたくなかったわたしは、「輸血で命がつながるならお願いしたいけど…」。
ただただそういう気持ちでした。

【命のロウソクが一気に短く…】
やがて水もスープもいやがって飲まなくなったので、29日、30日と皮下輸液と注射のために通院。
彼女の様子は、「昨日まで出来ていたことが今日は出来なくなっている」という感じで、「でも、明日も生きていてね。あさっても生きていてね」と祈るばかり。
30日の午後にはだいぶ呼吸が浅く苦しそうになってきたので、その夜は彼女を自分のお布団に入れて温めて一時間おきに呼吸を確認しながら寝ました。

【レンタル酸素室で束の間のやすらぎ】
31日も輸液と注射に。
その際に酸素室のレンタル屋さんを紹介していただき、すぐ来てもらいました。
酸素室に入れて暖かくしてあげたら少しは楽になったようで、彼女はケース越しにぼんやりとわたしたち家族の様子を見つめていました。

しばらく経って、「明日は早めに輸液に連れて行って、もう一度先生に輸血の交渉をしよう」と考えながら彼女の様子を見ていたら、いきなり体を起こしてこちらを向いて一声鳴きました。

【憑き物を出しきり命の火が消える】
びっくりしたのと「もしかして…」という思いで「どうしたの?なんで鳴くの?」と声をかけた直後、大きく痙攣しながらお腹の中の物を吐き出し、全部吐ききったところで命の火が消えました。

あの最後のひと鳴きが「ありがとう」だったのか「さようなら」だったのか、その意味はわからないけれど、一生忘れられない、彼女との最後の会話になりました。

16歳と6ヶ月。彼女は、人間の年齢にすれば80歳を超えたおばあちゃんでした。
これまでいろいろなアクシデントがあったけれど、ここまで生きました。
本当によく頑張ったと思います。幸せだったかな。

16年前のあの日、ランドセルを背負った娘が彼女を拾ってうちの家族になってから、もうそんなに年月が経ってたんだなと、時の流れの速さに驚きます。その娘も今ではアラサーです。
そして、ペットとこんなに長い期間生活を共にしたのは、わたしも初めてのことでした。

こんなに小さい動物なのに、その存在と、彼女がわたしたちに遺してくれたものがあまりに大きくて、一週間経っても正直つらいです。
でも、いつまでもメソメソしていたらきっと彼女に怒られてしまう。
彼女が遺してくれたものを大切に、いつか毛皮を着替えて帰ってきてもらえるように、わたしたちは前を向いていきます。

【乃香(のこ)に伝えたいこと】
あなたのおかげでわたしたちはいっぱい幸せだった。いっぱい楽しかったよ。本当に感謝しています。
あなたは猫が嫌いだったから、集合墓地じゃなく大好きな自宅の庭で眠っていただきます。
お庭にかわいいプランターを置いてそれで墓標を作るので、どんなお花が咲くか楽しみにしていてね。

名秘書:のこ氏としての最後の勤務は、2021年10月20日でしたね。
最後まで気を抜かないお仕事、本当にお疲れさまでした。
肉球スタンプつきの振替伝票、ちゃんと綴ってありますよ。
いままでありがとうね。

またいつか、着替えたあなたに会えたらうれしいよ。
今はひとまずお別れ。
安らかにお休みくださいね。

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