超狐娘イズナライザー#2「誕生!復讐の戦士・イズナライザー」


 山森カズヤは狐の力を宿した復讐の戦士である。

 父をクトゥルー伯爵に殺された彼は、フォックス星の王女・玉藻前からフォックス因子を注入されたのである。そしてロリ狐娘のイズナライザーに変身し、クトゥルー伯爵率いるアンドロメダ十字軍に復讐の戦いを繰り広げているのであった!

 前回、君たちにはイズナライザーの活躍の一旦を見届けてもらった。そして今回、山森カズヤが如何にしてイズナライザーとなったのか、君たちに一部始終を伝えねばならない!

【超狐イズナライザー】

1

 キィィーン……
 その宇宙船は太陽系の冥王星付近を横切って行った。

 ピコピコピコ……ピョロロロロ……
 宇宙船内部では様々なコンピュータやマシンがカラフルな光や電子音を発して稼働している。
 前方のモニターにはラピスラズリめいた青い星が映し出される。

「太陽系第三惑星・地球(ジ・アース)の到達までもう間もなくです」
 乗務員は後方の玉座に座っているボスに報告する。その者は漆黒のローブを身に纏い、杖を携えている。フードからはタコのような触手が垣間見える。
「アース(大地)か……如何にも未開人らしい名付け方だ。宇宙を知らぬ愚か者は皆おのれの世界が唯一だと思い込むものだ」

 ローブの者は立ち上がり、杖で床を打つ!
「あの星の者に思い知らせるのだ!全宇宙の支配者が誰であるかを!」
「我がクトゥルー伯爵!」
 乗員たちが一斉に敬礼する!
 おお、なんということだ!人知れぬところで地球に魔の手が伸びようとしているではないか!
 我々はただ地球が火の海となる様を、手をこまねいて見届けるしかないのか!?

2

 ブィィン……ブィィィン……ブブィィィィン!
 一台のバイクが土埃を上げながらオフロードサーキットを突っ切る。
 暴れる車体を押さえつけ、連続カーブを華麗なドリフトで突破!ホームストレート手前のジャンプ台で軽やかに舞った!バイクは後輪から見事に着地、そのままフィニッシュラインを切った!

 天才的なバイク技術を見せるこの男こそ、この物語の主役である山森カズヤに他ならない!
 山森カズヤは高校に通う17歳。成績そこそこ・運動神経抜群。しかしながら自由を愛する彼は校則違反の自動二輪を買い、その才能を買われてジュニアレースのホープとして期待されているのだ。

 ゴールの脇でストップウォッチを切るのは彼の父・山森卓郎だ。山森卓郎は世界的に権威ある天文学者でありながら、バイク好きが高じてカズヤのバイクレースを手厚く支援している。

 カズヤやバイクから降り、父の元に向かう。ヘルメットを脱ぐと、ウルフヘア―の顔が露わとなり、フサフサのもみ上げが飛び出した。
「今日のタイムはどうだい」
「フーム、いい調子だ。足回りの調整が上手くいったみたいだ」
「素直に俺の腕だって言ってくれよ」
「それもある。だが、それをマシンが上手く汲み取らねば意味がない。ドライバーとメカニック、両方あってのレースだからな」

 そう言っていると、うら若き少女が横から顔を出してきた。
「カズヤ君おつかれ!」
「ユミコちゃん!女の子がバイクなんて見てもつまんないだろ?」
「ううん?速いし音も迫力あるし、大好きだわ!」
 そこに父が割り込んでくる。
「はっはっは、二人とも仲がいいな。どうだ?今度レースでも見に来るかね?」
「いいわね!行きたーい!」
「オヤジ~……」

「ところでだな、カズヤ」
 父が話題を変える。
「今度、那須のホテルで学会があるんだがな。今回は新発見の彗星について発表するつもりなんだ」
「彗星かぁ。ハレー彗星くらいしか知らないや。それがどうしたんだ?」
「まあまあ、聞いてくれ。この彗星なんだが、面白い動きをしている」

 父・卓郎は手に持った封筒からある資料を取り出す。太陽系とその周囲を模した図に、件の彗星を記した点が描かれていた。
「普通、彗星というのは一定の速度を保って周期運動をするんだ。ところがこいつは違う。なんと地球に近づくごとにどんどん距離を落としてるんだ」

「まさかUFOってわけじゃあないよな?」
 カズヤは冗談めかして言う。
「実を言うと、私もそう思っているのだ。科学的根拠のない勘だがな。だが、そんなことを言ったら学会の笑われ者になってしまう。今のはここだけの秘密にしといてくれ」
「面白い推理ね。宇宙人と仲良くできたらいいわね」
 フフっとユミコが可愛らしく笑う。

「二人とも今度の発表会にいらっしゃい。ユミコくんは科学部だからきっと気にいるはずだよ」
「俺は行ってもしょうがないだろ~」
「まあまあ、発表会の後は温泉と食事も楽しめるぞ」
「うっひょ~!そりゃ行くっきゃない!」

 すると突如、カズヤの頭に激痛が走る!
((聞こえるか……))
「うっ……!」
 誰かが呼びかけるような幻聴。疲れが溜まってきているのだろうか。この時のカズヤはそう思っていた。
「大丈夫?」とユミコ。
「大丈夫、平気だ。そうだ、温泉ね。覚えとくよ!」
 この日の天気は穏やかな晴れ模様であった。
 しかし彼らは知らなかった。この後、運命を分かつ日が到来することを!

3

 数日後の夜、山森一行は栃木県那須高原のホテルに滞在していた。満月が映える夜であった。
 那須高原は日本有数のリゾート地としても有名だが、硫黄ガス溢れる「殺生山」からもたらされる温泉の恵みが秘湯マニアを惹き付けている。

■■

 そしてここは、とある山の中腹。山森一行が泊まるホテルを望める場所。奥の茂みから、怪しい3人の人影が顔を覗かせる!
 二人は奇妙な仮面を付けた全身タイツの戦闘員、そしてリーダー格であるもう一人は女――クトゥグア侯爵だ!
 燃えるような真っ赤な髪に、ボディラインが美しく映えるボンテージ。そして胸は豊満!
「フッフッフ……あそこに山森博士たちがいる。この山は全て封鎖済み。我らを追う者たちは人知れずここで死ぬこととなる!」

 そして茂みからさらに一人、人間離れしたけったいな姿の怪人が現れる!その姿は緑色の肌で、両腕に鎌状のヒレの付いた半魚人だ!
「行け!深海人間ダゴニック!奴らを一人残らず始末するのだ!」
「ギャッギャッギャ!ダゴニックー!」
 クトゥグア侯爵に指示されるまま、ダゴニックはノシノシと宿の方へと歩みを進める。部下の戦闘員もそれに続く!

■■

 一方、そんなこともつゆ知らず、カズヤはホテルの露天風呂を満喫しているのだった!
「トゥ~ルル~、温泉だいすきいいとこヨン、っと」
 皆が入り終わった後を狙って風呂場に来たカズヤ。ここは彼の独断場だ。彼の歌声以外には、源泉がチョロチョロと流れる音だけがしていた。
「フィー、学会の説明はチンプンカンプンだわ会食は気を遣うわ……この温泉だけが唯一の癒しだぜ」
 浴槽に浮かぶ満月はおぼろげに揺らめく。

「それにしても九尾の狐かぁ。ここらのポスターやパンフレットでよく見かけたが……ベッピンさんなら妖怪でも結婚したいもんだ」

 那須高原の殺生山には、日本中を震撼させた大妖怪、白面金毛九尾の狐・玉藻前が封印されているという伝説がある。玉藻前は、絶世の美女に化けて朝廷を混乱の渦に陥れたという、恐るべき妖怪悪女のことだ。
 その後は伝説の陰陽師・安倍晴明に倒され、ここ殺生山に封印されたというわけだ。殺生山から出る毒ガスは、彼女の怨念と伝えられている。
 もっとも今では迷信と化しているが、一部の妖怪ファンからは聖地として讃えられているのだ。

((聞こえるか……友よ……!))
 再びあの頭痛だ!
((時は近い……急ぐのだ……!))
(またあの声だ。ここに来てからハッキリと聞こえる!)
 その時、館内に警報ベルが鳴り響く!

 彼は状況を掴めないまま、慌てて風呂場を上がる!
 仮に火事だとしても、まだこちらに火の手が来ていないようだ。なんとか服を着て廊下に出ることができた。
 廊下の突き当たりT字路から悲鳴が聞こえる。

「助けて!お願い!」
 命乞いする女性研究員を光線が貫く!
「キャーッ!」撃たれた女性が倒れた!
 そこをゾロゾロと通り抜ける全身タイツの男たち!手には銀色の光線銃!
 何なんだ、あいつらは。やり過ごしたことを確認したカズヤは、倒れた女性に近づく。
「大丈夫ですか!?」
 彼が女性の身体をゆすると、その身体から煙が出てきた!
 
シュワワワワ……
「うわぁ!?」カズヤは思わず声を上げて驚いた。
 女性の身体は泡のようにみるみる溶けてゆき、最後はその服だけが抜け殻めいて残る!
 なんという奇怪な死に方であろうか!身の毛のよだつ最期である!
 あちこちから上がる悲鳴。ショックに明け暮れている暇はない。一刻も早く逃げねば!

 カズヤは物陰に隠れて巧みに謎の人物たちをかわし、なんとか非常階段に辿り着いた。
 階段を出ると、カズヤは父親とユミコとばったり会った。
「カズヤ君!」
「無事で何よりだ」
「いったい何があったんだ?」カズヤは聞く。
「分からん!ただ突然、奴らが現れて手当たり次第に殺し始めた。裏口から逃げよう!」
 父に手引きされ、二人はなんとか裏口から出た。裏口からは山に続く道があった。

 彼らは山を登り、茂みを掻き分け、ホテルから遠くへ逃げてゆく。
 しかし、その先には緑肌の深海人間・ダゴニックが待ち構えてた!
「ギャッギャッギャ!ダゴニックー!」
「そんな……」カズヤが呟く。
「貴様らは終わりだ!死ねーッ!」
 魚めいた頭のダゴニックの口が大きく開かれる!咄嗟に、父・卓郎は二人を明後日の方向に突き飛ばす!
 ダゴニックの口から紫色の針!父が身代わりとなって当たる!

「親父……!」
「行け……私にかまうな……逃げろ……」
 カズヤは前を向き、ユミコの手を引いて逃げる!とにかく今は、生きることだけを考えるんだ!

「ウオーッ!」
 二人を見失ったダゴニックは両手を振り回して暴れる!ダゴニックに侯爵から無線が入る!
『あの二人はいい実験材料だよ。生きて捕らえるんだよ!』
「ダゴニックー!」
 ダゴニックは自身の名で返事をし、喜々と彼らとは別ルートへと進んでいった。

■■

 二人は逃げる。藪を掻き分け、どこかも分からぬ山奥へと。森を抜けた先は、硫黄の臭い漂う岩山だった。
 硬い岩肌の道を走る二人。しかし行き着いた先は崖!来た道からは戦闘員たちがやって来る!周りの岩陰からも戦闘員たち!そして戦闘員たちの奥からダゴニックが現れる!

「ギャーッギャッギャ!貴様らに逃げ場はないぞ~!」
 カズヤはユミコの前に出て、彼女を庇う。しかしその足は震えている!
「ギギギ……この期に及んで強情な奴だ!」
 ダゴニックが右手を前に掲げ、ヒョイっと上に振る。すると、カズヤの影になっていたユミコが超常的なパワーで宙へとすくい上げられ、ダゴニックの腕に収まった!
「ギャッギャッギャ!さあ降伏するのだ!さもなくば貴様もろとも娘の命は無いぞ~!」
「よ、よすんだ!」
「お願い、カズヤくん!逃げて!」

(奴らに降参したところで待っているのは死より恐ろしい運命だろう!だが他に選択肢はあるものか!?)
((山森カズヤ……来たれ、山森カズヤ……!))
 またもや幻聴!しかも今までより一段とハッキリと聞こえる!

 その時、声に応えるように彼の足場が崩れる!
「うわぁーッ!」
「カズヤく~ん!」
 カズヤは殺生山の谷を転がる!背中を打ち付け、後頭部を打ち付け、丸太のごとく転がっていく!その奥で充満する硫黄ガス!

 もはや九死に一生のチャンスすら無い状況。しかしカズヤは不思議と冷静だった。
(奴らの手に下されることなく、こうして事故でひっそり死ねる……。あの中で最良の選択肢だったのかもしれない……。だがユミコは!?ユミコを置いて俺は死ねるのか!?) 

―――
――

4

 ハッと目を覚ますと、カズヤはいつの間にか洞窟の中に行き着いていた。偶然の悪戯か、彼の身体は転がる最中、谷底にある小さな洞穴に入り込んだようだ。

 洞窟は奥へと続いている。節々が痛む身体を起こし、気力で引きずる。硫黄ガス特有の臭いも存在しない。
 ここが黄泉の国なのか、あるいは極限状態が生み出した幻覚なのかは分からぬ。ただ、この奥にその答えがある気がした。
 しばらく進むと、奥で青白い光がまたたいているのが見えた。何らかの自然現象でガスが灯っているのか?
 顔を覗かせると、そこには青い篝火に照らされた人影があった!

 彼は痛みを忘れて急いで人影の前に駆け寄る。その人影は金髪の女性。頬は死にかけの老婆のように瘦せこけていた。
「来たか、山森カズヤよ……」
「あんたか、俺を呼んだのは?」
「いかにも、この妾よ……」

 女性の声はしわがれていたが、同時に生命の根強さを感じさせた。彼女の頭頂部からはやつれた狐耳が生えていた。背後にはよく見ると、瘦せ細った九尾が弱弱しく伸びているのが分かる。

「あんたは確か、玉藻の前……さん、だったよな?」
「いかにも、この星ではそう呼ばれていた……」
「この星……?」
 カズヤは痛みを忘れ、血にまみれた顔を怒りで歪ませて、彼女に組み付く。先ほど初めてエイリアンを目にしたばかりの彼には、目に映る宇宙人が全て敵に見えるのだ。
 まして目の前の彼女が、世間で悪の大妖怪と伝わる妖狐となれば当然だろう。

「お前か!親父を殺し、ユミコを攫ったのは!そうやって昔から人を陥れて来たんだろ!」
 だが一気に興奮した影響で、カズヤは失神し、彼女の身体から力なくずり落ちる。
 その時、彼はコヤンスキーが何か呟いたように見えた。「いかん、このままでは死んでしまう」と言っているように。

―――
――

 カズヤは再び目を覚ます。あの時、コヤンスキーに組み付いた状態のまま失神していた。
 彼は右手を握って開き、感触を確かめる。全身の痛みが無い。それどころか、擦り傷一つまで怪我が完治している。
「あと一歩でお主は死ぬところだった。そのフォックスブレスレットが無ければ」
 カズヤは己の左腕を確かめる。銀色の細い腕輪がいつの間にか付けられていた。
「そのブレスレットからフォックス因子を注入した。妾のテレパシーが聞こえる者のみに適合のあるエキスじゃ……」

 彼は礼より先に彼女を詰問する。
「奴らとあんたはどういう関係なんだ!?」
「よかろう。では時を追って話をしよう。妾の真名はフォックス・コヤンスキー13世。そしてあれは今から千年以上前のことだった――」
 カズヤの脳裏に映像が浮かぶ。


 そこは惑星フォックス、アンドロメダよりもはるか遠くの銀河にある惑星だった。
 狐耳が生えた人々が緑豊かな公園でくつろぎ、周りにあるピカピカした銀色のビル群を空飛ぶ車が飛び交っている。
 自然と文明が高度に融合し、平和な日々を謳歌していたのだ。

 しかし、その平和は一瞬にして崩れ去る!青く澄み渡る空は一瞬にして紅蓮に変わり、街が炎に包まれる!クトゥルー伯爵の宇宙艦隊による一斉攻撃だ!

 ビジョンはフォックス王宮殿に移る!
 地下の戦闘機格納庫をツカツカと歩く、王族の証たる九尾を持つフォックス女王。花魁めいた宮廷服を着る女王の胸は豊満だ。
 そして後ろから付いて来る、若い九尾のコヤンスキーと、生え抜きのパイロットたち!

 格納庫には楔形のカッコいい最新機体が並んでいる。
 出撃前に、女王が部下らに檄を飛ばす。
「我が勇敢な戦士たちよ!惑星フォックスは今、邪悪なる者共の手に落ちようとしている!今こそ死力を尽くし、民たちを救うのだ!」
「「「オーッ!」」」
 士気が最高潮に達した兵士たちが拳を突き上げる。彼らをよそに、女王はコヤンスキーに耳打ちする。
「コヤンスキーよ、お主には特別なマシンを用意した」
「本当ですか!?母上様!」

 女王は兵士たちのカタパルトから離れ、王族用のカタパルトに娘を連れて行く。
 そこにあったのはスフィンクス型の巨大な宇宙船。兵士たちの宇宙船とは似ても似つかぬ、あまりに異様な造形に、コヤンスキーは唖然としていた。
「これは秘密裏に作らせた王族専用の決戦兵器――これでお前も戦うとよい」
 女王がカタパルトのコンパネを操作すると、空気が抜ける音と共に決戦兵器のハッチが開く。

 コヤンスキーはそこへ乗り込む。最新鋭の設備を満載した内装に、彼女は目を輝かせた。
「これだけの装備があれば、あの者共を私一人で一掃できます!」
 息巻くコヤンスキーであったが、そのハッチが勝手に閉まり、ロックされる!
『システム、起動。脱出シーケンス、開始――』
「母上様!」
「ならぬ!お主はまだ若輩の身。この場を離れ、生き延びるのが務めよ!」
 コヤンスキーは母に裏切られた思いに駆られた。これでは民を置いて逃げた一族の恥さらしではないか!

「お主さえ生きていれば、希望は開かれる……。そして然るべき時が来れば、このライガーフェニックスは真の力を見せよう……」

 ゴオオオオ!後部のロケットエンジンが始動する!
『システムオールグリーン。脱出軌道、演算完了』
「さらばだ……わが想い、しかと受け止めよ――」
「母上ぇーッ!」

 シュゴオオオオ!
 ライガーフェニックスは大気圏内で一気に光速飛行モードに移行する!フォックス星を取り囲む艦隊はライガーを捉えられない!何たる超技術の結晶か!
 ライガーは虚空の闇をひたすら飛ぶ。発進から30分後、惑星フォックスがあった方向から中性子パルスが検知された。星が死んだのだ。多くの命を乗せたまま。



 ビジョンはここで終わった!

「それから長い旅を続け、妾はこの地球へと辿り着いた。その後はこの星の人々に、少しずつ技術を教えていくつもりであった。だが、クトゥルー伯爵の先遣隊はこの星にもいた!それがかの安倍晴明なのだ!奴らに捕らえられた妾は、フォックス星人の力を奪う変異型エキノコックスを注入され、この殺生山の奥に閉じ込められた――。それからは磁場フィールドでこの山の瘴気を抑えつけ、フォックス因子を継ぐ者に向けてテレパシーを送り続けたのだ……」

「それが、この俺なのか……?」
「如何にも、お主こそが妾の運命の人物。妾の想いを継いでくれる、ただ一人の友なのだ……」
 あまりにリアルなビジョンを見せられたカズヤ。まるで自分の出来事のようだった。しかし、これを全て鵜呑みにしていいものか。
「信じる信じぬはお主に任せる。だが、既にお主の身体にはフォックス因子が宿っておる……。それこそが唯一クトゥルー伯爵と戦う希望なのだ……ゴホッ!ゴホッ!」

 コヤンスキーはひとしきり喋り終えると激しく咳きこんだ!口からは真っ赤な血が溢れる!
「頼む、山森カズヤ……。どうかフォックス星の、いや、星の数より多い宇宙の命のために、戦ってはくれぬか……」
 コヤンスキーが最後の力を振り絞ってカズヤの手を力強く握る!
「ああ、戦う。戦うとも!」
 カズヤも応えるように力強く頷く!
「そうか……良か……」
 何かを言い終わる前に、コヤンスキーは事切れた。その死に顔は穏やかであった。

 一旦同意してみせたが、一体どうすれば――一人取り残されたカズヤは思った。
 コヤンスキーが見せた映像が真実とも限らない。しかし、授かった力は本物のようだ。
 嘘か真かを吟味している余裕はない。やるべきことは変わらずただ一つ。一刻も早くユミコを救うことだ!

 彼に闘志がみなぎった瞬間、次に何をやるべきか、脳裏にすぐ浮かんだ!カズヤに注入されたフォックス因子が為すべきことを教えてくれる!
 カズヤはブレスレットのボタンを押す。すると一瞬、彼の身体は眩い光に包まれ、身体が縮んだ!
 巫女装束のようなスーツに炎の意匠の鎧めいたプレート。綺麗なブロンド髪から伸びる大きな狐耳。瞳は大きくルビーのように輝いている。

 それはまるで、先のコヤンスキーが幼くなったような姿だった。
 こんないたいけな少女のような姿で恐ろしい怪物どもを相手にできるのか?その疑問はすぐ晴れることだろう。

5

 カズヤが落下したポイントのすぐ近くで、三人の戦闘員が崖下の様子を伺っていた。
「フフフ……あの谷の底では怪我が無事でも生きてはいられまい。何しろ毒ガスに溢れた瘴気の山だからな!」
 するとその谷底から、バっと人影が弾丸のように馳せ参じた!
「何者だ!」
 月光がその影を薄っすらと照らす。ブロンド髪が美しく光を放つ。
「ガキだと?」
 

 少女の目が怒りに閃く。
「俺の名は復讐の化身、イズナライザー!父の仇、取らせてもらう!」
 イズナライザーは一歩踏み出し、構えを取る。いたいけな見た目からは想像できぬ凄まじい殺気!
 戦闘員たちは警戒して一歩退き、腰に備えたマチェーテに手を掛ける!
「トォーッ!」
 イズナライザーは正面の敵に回し蹴りを見舞おうとする。だが、その足先は相手に届かない!
(そうか、大人の身体と違って間合いが違うのか!)

「キエーッ!」
 飛び蹴りが空振り隙を見せるイズナライザーに、三人の戦闘員がマチェーテを振りかざす!イズナライザーの目にはマチェーテがスローモーションのように映る!
(反射神経は人間の時より段違いに上がっている!)

 イズナライザーは素早く身を翻し、バック転!小ぶりな身体ならではの軽やかな身のこなしだ!
 そこからイズナライザーは地面を蹴り、正面の敵に飛び蹴りする!リーチの短さをカバーする戦法だ!
 イズナライザーは超人的な筋力で弾丸めいて飛び出し、戦闘員の胸部にクリーンヒットする!小さな身体からは想像できない質量に、戦闘員は大きくよろめく!

 その反動を利用し、イズナライザーは二人目に飛び蹴りを食らわせる!そこからさらに三人目!
 電光石火の連撃!その光景をカメラで捉えたならば、金色の三角形の軌跡に見えたことだろう!

 連続キックを決めた後、イズナライザーは崖と反対側に美しく着地し、残心する。
「おのれ!調子に乗るなよ!」
 よろめきから立ち直った三人の戦闘員は、息の合ったタイミングでバック転を繰り出す。
 戦闘員がバック転する度、その人数が6人、9人と増えていく!

 如何なる面妖な術か!連続同時バック転で現れた分身たちが、素早くイズナライザーを取り囲む!
 幻惑的な動作で四方八方からイズナライザーを惑わす戦闘員たち。
 ヒュオオオオ……怪しい動きで気流が変わり、円中央のイズナライザーから察知能力を奪う。
 これではどこから攻撃が飛んでくるのか掴めない!

(何か、一斉に薙ぎ払う術は無いものか――)
 その時、再びフォックス因子がイズナライザーに閃きを与える!
 イズナライザーは右手を横に掲げ、叫ぶ!
「イズナハルバード!」
 フォックスブレスレットの力で大気中の原子が光の粒子となり、長く伸びる鋼鉄のハルバード(斧槍)に一瞬で結合する!

 そのままイズナライザーは360度高速回転し、取り囲む戦闘員たちを薙ぎ払う!
「イズナ・タイフーンスラッシュ!」
「「ギャワワーッ!」」
 取り囲んでいた戦闘員たちは全員、ペラペラの紙めいて身体が横一文字に引き裂かれる!そしてペンキめいた血しぶきが上がる!

 もはやこの近辺に敵の気配はない。しかしそれは、ダゴニックとユミコがここにいないことも意味していた。
 イズナライザーは目を閉じ、フォックス感覚を周囲に張り巡らせる。
「奴らは今、北西3キロ先で峠を下っている。まだ間に合う!」
 彼女は崖を飛び出し、木々の枝をバネめいて蹴ってゆき、白金の髪をなびかせながら山を下っていった。

6

 木々が生い茂る峠道を、ダゴニックたちの乗るセダンが山を下る。切り立った斜面が、左側は壁として、右側には崖として存在した。戦闘員が運転を担当し、隣にダゴニック本人がずっしりと座っていた。
 肝心のユミコは手足と口を縛られ、昏睡した状態で後部座席に乗せられていた。
「ギャッギャッギャ……活きのいい女だ。くれぐれも傷つけんように運転せよ!」
 すると道路の中央に、車を制止するように人影が現れた!
 影は140cmにも満たない小柄な体躯。銀色の満月が大きな狐耳を映し出す。

「出てこい、ダゴニック!」
 ダゴニックと戦闘員がセダンから飛び出し、扉を勢いよく閉める。
「ギッギッギ……貴様か、斥候を倒したという奴は!」
 隣の戦闘員が銀色のビーム銃を構えるが、ダゴニックが制止する。
「やめておけ、貴様では勝てんわ」
「味方を思いやるくらいの知能はあるようだな。だが、貴様もろとも滅させてもらう!」

 道路の上でイズナライザーとダゴニックは構えを取って睨み合う。
「ダゴニック~!」
 自らの名を叫びながら先に出たのはダゴニック!右腕の鎌型ヒレを構えながら突進する!
 すれ違いざま、ダゴニックはイズナライザーをヒレで水平に切りつける!

「トォーッ!」
 イズナライザーは鎌型ヒレを紙一重のタイミングでスライディングして避ける!そのままイズナライザーは手を地面に付き、払い蹴りをする!
 ダゴニックの足にクリーンヒットする!倒れかけたダゴニックは連続バック転で受け身、そのまま距離を取る!
「ヌゥー……小癪なガキめ!」

 ジリジリと距離を詰める両者。今度はイズナライザーが先に飛び出る!身軽な身体は一瞬にトップスピードに達し、飛び蹴りを繰り出す!

 電光石火の飛び蹴りだ!しかし――
「見切ったわ!」
 その足先がダゴニックの手に掴まれる!ダゴニックはハンマー投げめいてイズナライザーを振り回し、崖側に投げ飛ばす!だが、イズナライザーは崖に生えた木をスプリング代わりにして復帰する!

(短いリーチをカバーする飛び蹴りは見切られた。だが闇雲にハルバードを出せば二の舞になるだけだ……)
 三度距離を取る両者。今度は両者が同時に走り出す!
 ダゴニックは右手のヒレを、イズナライザーは何も構えずひたすら走る!一体何を考えているのか!?

 すれ違いざま、イズナライザーは大きく身をかがめる。
「イズナハルバード!」
 下から斬り上げる動作と同時にハルバードを瞬時に生成!不意打ちのハルバードが、ダゴニックの胸を切り裂く!

「グエーッ!」
 ダゴニックは胸の大きな切り傷を抑え、たじろぐ!傷からは禍々しい紫の血が滴る!
 そこへイズナライザーは容赦なく水平斬りを見舞う。しかしダゴニックはそれをハンドスプリングで跨ぐように回避!
 一瞬、背中合わせになる両者イズナライザーは。振り向きざまにハルバードを払い上げ、ダゴニックは両腕のヒレを振り下ろす!

 ハルバードの柄と鎌型ヒレがぶつかり、火花が散る!ギリギリと音を立てながら鎬を削る両者。ダゴニックが上から押し付け、イズナライザーが下から押し返す形だ。
 両者が至近距離で睨み合う!すると、ダゴニックはおもむろに口を大きく開け、おぞましい口内を見せつける!
「シュウウウウウ……」
 危ない!これは父を殺した毒針発射の予備動作だ!上から押さえつけられているイズナライザーは自由が利かない。どうする!?

「トォーッ!」
 イズナライザーはハルバードの柄を軸に、サマーソルトを繰り出す!ダゴニックの顎に痛恨の一撃!父殺しの技、見切ったり!
「グエーッ!」
 ダゴニックの毒針は明後日の方向に射出される!その向かう先は――二人の戦いを見守っていた戦闘員だ!
「ギャワーッ!」
 シュワワワワ……
 毒針が胸に突き刺さった戦闘員は、悲鳴を上げながら倒れ、服だけ残して泡となって消えた!

 イズナライザーは、大きくよろめくダゴニックの胸に、ハルバードを突き刺す!
「トォォーーッッ!」
「ギャワーッ!」
 ダゴニックの心臓は貫かれ、胸部の傷から紫の血が噴水の如く噴き出る!
 そのままイズナライザーはハルバードを、ダゴニックを貫いたまま壁に突き刺す!

「ギャ……ギャワ……」
「貴様らは一体何者だ!?なぜ(父……)山森博士たちを殺した!?コヤンスキーとはどういう関係なんだ!?」
『その問いには私が答えよう!』
 謎の声が一体に響く。

 ミミミミミ……ダゴニックの近くに青白いホログラムが展開される。
 その人影は漆黒のローブを被り、杖を持っていた。フードからは禍々しい緑の触手が何本か覗かせていた。
「クトゥルー……伯爵……」ダゴニックがその名をうめく。
「お前のような役立たずは消えてもらう」
 フードの者がダゴニックに右手をかざす。ダゴニックの身体が徐々に赤熱してゆく!
 異変を感じたイズナライザーはハルバードから手を離し、連続バック転で退避!
「お、お許しを~ッ!」
 ダゴニックの慈悲乞いは叶わず、爆発して肉片となった!

『我の名はアンドロメダ十字軍統領、クトゥルー伯爵だ。我らの存在を追う者を抹殺したのみ。この星の支配の邪魔となるからな』
「なら、惑星フォックスはどうして滅ぼした?」
『惑星フォックス、懐かしい名前よ。あ奴らは邪魔な存在となるゆえ、滅ぼしたまでよ。まさか、生き残りがおめおめと、この星に逃げ延びていたとは思わなんだがな』
 コヤンスキーの疑念が晴れた今、イズナライザーは憎悪の全てをクトゥルー伯爵に向ける!

「そうか、貴様が博士やコヤンスキーを殺したのか!ならば、俺は戦うぞ!貴様ら全員を地獄に堕とすまでは!」
「フハハハハ!かかって来るがよい子狐よ!」
 クトゥルー伯爵はローブをバサッと広げ、その中身を露わにする。
 ナイスバディな肉体に、非ユークリッド幾何学的なデザインの、奇妙ながらセクシーなボンテージが食い込んでいる。その美貌からは触手がメデューサの髪めいてめいて伸びている。
「さらばだイズナライザー、また逢う日まで!」

 ミョーン……ホログラムは虚空へ消え去った。イズナライザーだけが取り残され、夜の静けさが戻ってくる。
 ――いや、よく耳を澄ませばまだセダンのエンジンが掛かったままだ!
 イズナライザーはダゴニックが乗っていたセダンの後部座席に入り、ユミコの拘束を解く。
 普段はカズヤよりも一回り小さいユミコの身体だが、今の状態だと大きな姉に見えてくる。

 ユミコが昏睡から覚め、ゆっくりと目を覚ます。
「大丈夫か、ユミコ?」
「あ、あなたは――」
 ユミコの目前に映ったのは、見覚えのない可憐な少女。野花のような可愛らしさと満月のような妖艶さを持った彼女の瞳。
 そんな少女に顔を覗き込まれ、胸がドキドキしてくる。

「どうした、熱でもあるのか?」
「い、いえ別に……」
 イズナライザーは、ユミコの瞳に映る自分の姿を見てハッと気が付く。そうだ、今の自分は山森カズヤではなく異形の存在なのだ。
 今の自身より随分と大きいユミコを抱え、イズナライザーは夜の森を枝から枝へと跳んで行く。

 夜風が二人に吹き付ける。サラサラとした金色の髪が彼女の頬をくすぐる。
「なんだか夢見心地な気分だわ――」
 ユミコがうっとりと喋る。
「そうだ、これは夢だ。君はホテルで倒れて、病院にいるんだ。目が覚めれば、すべてが分かるはずだ。今はただ、安らかに眠っているんだ」
 イズナライザーは、可愛い声でユミコに優しく語り掛ける。
 ユミコは、幼い少女の腕の中で眠りに入った。
 彼女が眠ったことを確認すると、元いた麓のホテルにこっそりと戻る。

 先の殺人事件の後、警察と救急隊員がひっきりなしにメインエントランスを出入りしている。
 イズナライザーは彼らに見つからぬよう、なおかつ探せばすぐ見つかる場所にユミコをそっと横たわらせた。
 そして、イズナライザーはホテルを跡にして夜闇へと消えていった。

7

 都内某所の葬儀会場にて、先日の那須高原ホテルでの犠牲者を弔う葬儀がとり行われていた。
 ユミコを含む遺族たちは喪服に身を包み、僧侶の唱える念仏を粛々と聞いていた。先まで隣に山森カズヤがいたが、席を外したきり戻ってこない。

 あの事件の後、警察による捜査が行われた。しかし、決定的な証拠や容疑者が洗い出せず、刑事事件として立証できないことから、不可解ながら「事故」として処理された。
 一方で件のホテルは、食中毒や硫黄ガス漏洩の風評被害を免れられず、休業を余儀なくされた。
 クトゥルー伯爵の凶行を知る者は、地球上に存在しないのだ。あの者を除いて。

 ユミコの隣に座る叔母が、彼女に耳打ちする。
「カズヤ君、どこに行ったのかしら」
「トイレって言ってたけど、ずいぶん遅いわね」
「彼なりに現実を受け止められないのかしらね。しばらくそっとしておきましょ」

■■

 人気のないどこかの峠道をバイクが走る。黄金の夕焼けが木漏れ日となってライダーを焦がす。彼は山森カズヤだ。
 葬儀の最中、クトゥルー一派の新たな気配を察知したカズヤは、会場を抜け出して現場に向かっていたのだ。
(俺は父に別れを告げられず、命の恩人にも感謝を告げられずに生きてしまった――)
 言葉を交わせず旅立ってしまった父とコヤンスキー。その悔恨は彼の心に根深く差している。

(だが、悔やむ暇があるならば、俺は復讐をもって報いねばならぬ!)
 山森カズヤのバイクは走り去る。復讐に燃える彼を乗せて。こうしてイズナライザーの孤独な戦いの火蓋は切って落とされた。
 戦え、イズナライザー!復讐を果たすその日まで!

(つづく)


いいなと思ったら応援しよう!