宮部みゆき「杉村三郎シリーズ」
1 杉村三郎シリーズとは?
一作目「誰か」の刊行が2003年11月で、現時点での最新作である五作目「昨日がなければ明日もない」の刊行が2018年11月。足かけ15年にわたり書き継がれている、私立探偵が主人公の連作が「杉村三郎シリーズ」と呼ばれています。
刊行されているのは、以下の五作品。
1「誰か Somebody」
2「名もなき毒」
3「ペテロの葬列」
4「希望荘」
5「昨日がなければ明日もない」
単行本は実業之日本社や幻冬舎、集英社、文藝春秋と各社から出版されていましたが、文庫は文藝春秋で統一されています。
2 なぜ今とりあげるのか?
大ベストセラー作家である宮部みゆきが書き、小泉孝太郎主演でドラマ化され、最新作の刊行が5年前である「杉村三郎シリーズ」をなぜ今とりあげるのか?
それは、最近になって私が通読したから。
手にしたきっかけは、金曜日に安倍晋三元首相が銃撃されたときの選挙だから、2022年7月10日。
選挙の立ち会いで行った地元の公民館に、フリーブックというか「ご自由にどうぞ」的な本棚があって、そこにあったのが「希望荘」でした。
私立探偵もので、装画が杉田比呂美さんで、何より作者が宮部みゆきならシリーズものの途中でも外れはありません。
2023年4月から2年間の限定で電車通勤をする職場に派遣されています。片道90分くらいの車内で読む本を日々確保しなければいけないなかで、ふと「希望荘」に順番が回ってきたのが2024年5月。入手してから2年が経っていました。
「希望荘」を読み、その後、約1ヶ月で一気にシリーズ5作(6冊)を通読しました。
5月16日 「希望荘」読み終わる
5月18日 図書館で「昨日がなければ明日もない」、「誰か」を借りてくる
5月22日 「昨日がなければ明日もない」読み終わる
5月27日 「誰か」読み終わる
5月28日 ブックオフで「名もなき毒」、「ペテロの葬列(上・下)」買う
6月 3日 「名もなき毒」読み終わる
6月 7日 「ペテロの葬列(上)」読み終わる
6月12日 「ペテロの葬列(下)」読み終わる
感想は別のエントリにまとめました
3 杉村三郎シリーズを読む順番
時系列的には1~5の順で読むのが良いのでしょうが、偶然の結果とはいえ、私の読んだ順番をおすすめします。
4「希望荘」
5「昨日がなければ明日もない」
1「誰か Somebody」
2「名もなき毒」
3「ペテロの葬列」
また、物語としても3作目までと、4、5作では分断があります。
3作目までは今多コンツェルン会長の娘と結婚した杉村三郎が今多コンツェルンの社員として事件に巻き込まれます。4作目では妻と離婚し、今多コンツェルンも退社した杉村三郎が私立探偵として独立し依頼に向きあっていきます。
4、5作で私立探偵としての杉村三郎に馴染んだ後に、杉村三郎の過去を振り返るのが、私のおすすめの読み方です。
第4作「希望荘」と第5作「昨日がなければ明日もない」は、4篇、3篇が収録された短編集。
3作目「ペテロの葬列」は文庫だと上下巻で計850ページというフルボリュームです。
ページ数的にも入りやすい順番です。
「希望荘」収録の「砂男」は前半3作と後半2作をつなぐエピソードで、離婚と退社をして実家に戻った杉村三郎が私立探偵をはじめるきっかけが書かれています。作中では以下のやりとりがあります。
言及されている1つめの事件は「名もなき毒」で、2つめの事件は「ペテロの葬列」のことです。
4作目、5作目を読んでから1作目を読むと、この2つの事件以外にも、読んでいると疑問に浮かぶ「妻の浮気とあるが、なんで離婚したのか?」、「今多コンツェルンの会長である今多嘉親とはどういう人物か?」など長いスパンの疑問が推進力となり本シリーズを通読せずにはいられなくなります。
4 魅力的な登場人物
杉村三郎は抜群に冴えているわけではないけれど、その人柄からか、周囲に支えられて何とか生きながらえているタイプ。
杉村三郎の周囲には魅力的な人物が多くいます。
杉村菜穂子、今多嘉親(菜穂子の父)、水田大造(「睡蓮」・「侘助」のマスター)、北見一郎(元刑事)、栃殻昴(調査会社オフィス栃殻の社長)、木田光彦(オフィス栃殻の非常勤調査員)、竹中松子(杉村探偵事務所の大家の妻)、立科五郎(警視庁刑事部捜査一課継続捜査班)、、、、
前半3作と後半2作では人間関係も変わるけれど、全体を通して喫茶店のマスターは支えとなっているし、つくづく人間関係に恵まれていると感じます。
5 私立探偵はむずかしい
1~3作は、家庭のある男性が私立探偵に近いことをすることの困難さが書かれます。
仕事があって、仕事が終われば家に帰るのが1セットとして、事件の解明や誰かからの重い相談が入り込む余地はありません。
余地はないけれど、連絡が来たら応じてしまうのが杉村三郎です。
杉村三郎が今多コンツェルンの入り婿になって華美な暮らしをすることへの違和感にも同情するけれど、一方で事件に首を突っ込んだ際に待たされる妻の心配や不安に考えが及ばなかったことはマイナスです。
1作目から3作目を通して、不穏な空気が流れているのは、杉村三郎と妻・菜穂子の夫婦関係のため。不仲ではないが、不安定なのです。
婚姻関係や同居が解消した4作目以降は、不穏さが消えた純粋な私立探偵の小説です。
私立探偵が昼夜を問わず、距離も問わない仕事とすれば、やはり「家庭のある私立探偵」というのは成立しえないのか。
6 本はいつ読んでもいい
新聞の書評に取り上げられるのは過去数ヶ月以内に刊行された新刊ですが、新刊ばかりが本ではないし、本はいつ読んでも良いことを改めて実感しました。
「積ん読」という言葉があるように、物としての本があれば、いつか手に取るし、そのときに嵌まらなくても、セカンドチャンスはあります。
そういうことを思いました。
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