宮部みゆき「杉村三郎シリーズ」感想篇
杉村三郎シリーズに手を出した経過は別で書きましたので、今回は読んだ順番で感想をまとめます。
1.「希望荘」
前半の3作「誰か」、「名もなき毒」、「ペテロの葬列」は長篇作品ですが、後半の2作は短編小説集です。「希望荘」に収録されているのは、「聖域」、「希望荘」、「砂男」、「二重身」の4篇。
「聖域」は、私立探偵をはじめた杉村三郎が近所の人から、急にアパートから退去した人を見かけたので探してほしい、という依頼を受ける話。
「希望荘」は、亡き父が生前に残した「昔、人を殺した」という告白についての調査をする話。
「砂男」は、前半の3作のあと実家に戻ってから私立探偵をはじめるまでの話。後半の支援者である栃殻昴が登場します。
「二重身」は、震災後の被災地に行った人の消息を探してほしいという女子高生の依頼を受ける話。
4篇いずれも一直線に解決はせず、最後は予想もしないところまで連れて行かれます。
2.「昨日がなければ明日もない」
「希望荘」収録のものよりも少し長い3篇が収録された中篇小説集。3篇とも女性を中心に物語が動いていきます。
「絶対零度」は、若い主婦が自殺未遂をして音信不通となったので、消息を知りたいという母からの依頼を受ける話。
「華燭」は、大家の主婦からの依頼で出席したが、行われなかった結婚式での話。
「昨日がなければ明日もない」は、大家の孫の同級生の奔放なシングルマザーが持ち込んできた依頼に引きずられてしまう話。
1篇目は陰惨で、3篇目はやりきれない。
1篇目と3篇目では、今後、杉村三郎と協力するかもと期待を持たせる立科警部補が登場します。
3.「誰か Somebody」
時系列的には、杉村三郎シリーズの1作目。
今多コンツェルン広報室の杉村三郎が、事故死した同社の運転手・梶田信夫の娘たちから梶田の死因を調べてほしい、と相談を受ける話。
「昨日がなければ明日もない」を読んだ後に読むと、「奔放な妹と妹に振り回される姉」という図式が繰り返されており、長男としてはやるせなく思いました。
4.「名もなき毒」
雇用したバイト原田いずみは質の悪いトラブルメーカーで今多コンツェルン広報室が振り回される話と、無差別と思しき連続毒殺事件の両輪で進んでいく長編小説。
「誰か」が文春文庫で470ページなのに対し、「名もなき毒」は600ページと物語が分厚くなっています。
5.「ペテロの葬列」
前2作よりさらに分厚くなり、文庫上下巻で870ページ。私の読んだ順番でいくと、一番最初に出てきて最後まで明かされなかったのが、杉村三郎の離婚理由である妻の不貞。
5作を読むと、いつまでも待っていてくれる妻はいないのだから私立探偵と家庭は両立しえないことが分かるし、今多コンツェルンの娘婿という鳥かごに入っていることの違和感を持ち始める杉村三郎の気持ちもわかるから、妻の不貞は最後のだめ押しであって、決壊寸前のダムのような不穏さが前期3部作にはありました。
そうそう、「ペテロの葬列」は杉村三郎がバスジャックに居合わせたところから話は始まります。バスジャック事件を制圧するのは警察の仕事なので、杉村三郎が動くのだから、物語はギュンギュン転がっていきます。
読み出したら止まらない
5作を通して、杉村三郎を支えるのは喫茶店の店主、水田大造。前半は「睡蓮」、後半は「侘助」と杉村三郎の独立にあわせて店を変えてしまいます。
前半3作、後半2作それぞれで杉村三郎のメンター、支えとなる人物は異なります。
前半3作は杉村菜穂子と今多嘉親、北見一郎であり、後半2作は竹中松子と栃殻昴、木田光彦です。
この杉村三郎シリーズは人間関係の範囲も多すぎず少なすぎず、読者にとっても等身大なところが、多くの読者を持つ理由なのでしょう。
「シリーズものは最新作から読んでもいい」というのは北上次郎の言葉だったと思いますが、杉村三郎シリーズもどこから読んでも良いかと思います。読み出したら1ヶ月かけて5作(6冊)を読み通すことになるので、読書計画を考慮して手を出すことをおすすめします。
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