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僕が僕であるための選択


その選択に、大それた理由はなかった。

2020年、今年はいろんなことに制限がかけられて、人生を見つめ直す時間が増えた。

6.9畳の1Kの部屋の天井を見つめていると、自分が何者なのかがわからなくなった。このままの生活を続けていくことに急に不安を覚えた。当たり前のことだが、夜に部屋の灯りを落とすと真っ暗で、闇の中にいるような感覚だった。

朝起きるとカーテンの隙間から朝日が覗いて、何もない毎日が少なからず脚色して照らしているようだった。


なんとなくその光が、スポットライトみたいに部屋に差し込んだ気がした。


恥ずかしいことに、僕はそれを「革命」と呼んだ。今思うと本当に寒いのだが、そのときは温かい光に突き動かされて、メモ帳に文章を連ねた。

そこからの日々は楽しかった。
1日1つ物語を書いてInstagramに投稿した。
舞台はアパートの部屋、主人公は自分。
何も起きないけど、文字に起こすことで世界がちょっとだけきらめいて見えた。
小説を書くなんて初めてのことだったけど、「いいね」やコメントを貰えるようになって、"書き続けること"に意味があるんじゃないかと、自分が暗闇で探していた何者かが見つかるんじゃないかと、漠然と光が大きくなった。


今振り返ると、その選択は間違っていなかったように思える。

noteのコンテストに応募して受賞してから、文章を書くことが更に楽しくなった。ありがたいことに声を掛けていただき、電子書籍で小説を出版させてもらうことになった。
あのときの何気ない選択がここまで大きな変化をもたらした。


ひとつの夢が叶った気がして、死ぬまでにやりたいことは全部やろうと思った。


音楽も大好きだから歌詞を書いて曲を作って、MVも撮ってみた。自分のお世話になっている居酒屋とバーに恩返しがしたくて、店舗を舞台に一夜を物語にして歌った。いろんな人との出会いに触れて、酔いが回った。その曲に「遥かひと夜」とタイトルを名付けた。長いようで短い夜の夢のことをその一曲に込めた。


革命の朝から、遥かひと夜まで。
僕はまだその酔いの中にいるようで、夢から醒めない。


人生もそれと一緒で長いようであっという間だ。ひとつひとつの選択は瞬間の作業だけれど、その先に続く道のりは果てしない。
だから人は岐路に立ったとき臆病になる。右折左折の選択だったり、右左のスワイプだったり、簡単な2択であれば即決できる。

ただ、それが人生を左右するような選択になった途端に慎重になって、石橋を叩いて渡って、安全な道のりを歩もうとする。僕のこれまでの道のりを振り返るとそんな景色で、良く言えば堅実で、悪く言うと面白味がない。

だから今年になって、本当にやりたいことって何だろうって考えたとき、ワクワクする選択肢に進むことに決めた。負けることを恐れないで、面白いと思った方に全額ベットすることに決めた。今はただあのときの選択が大事な契機だったと思っていて、少しずつ、少しずつではあるが人生が動き始めているような気がする。


まだまだやりたいことばかりで、小説もまた書きたいし、曲もまた作りたい。絵も描きたいし、写真も撮りたいし、映画も作りたい。それぞれの選択が正しいかはわからない。その先に進んだ道を誇りを持って歩めるかはわからない。

足が震えながらも、視界が霞んでいても、ナビに映ってなくても、この人生を決められるのは僕しかいないのだから、僕が僕であるために、何者であるかを証明するために、選択をし続けなければならない。

僕が僕であるために
勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか
それがこの胸に解るまで
僕は街にのまれて
少し心許しながら
この冷たい街の風に歌い続けてる


2020年12月31日大晦日。
たまたま流れた尾崎豊を聴きながら、1年を振り返っている。2020年のマイプレイリストをシャッフルで聴いていると、こんな些細なことくらいは自分で決めなくてもいいかと、次に流れる曲にワクワクしながら耳を傾ける。


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