ドルフロ『虚記憶の箱庭』『22のジレンマ』『零電荷』感想
ドルフロ2がリリースされ、本国ではドルフロ1のほうのストーリーも大詰めになっているなど、いまいちばん熱いゲームであるドルフロ。今年の8月から立て続けに開催されたイベント『虚記憶の箱庭』『22のジレンマ』『零電荷』はいずれもストーリーの根幹部分の話をしていて内容が詰まっていた。個別に記事を書いても良かったのだけども、設定的に難しい話が多くて、ちょっと先が見えない状態では感想をいいづらかったので、まとめることにした。
設定に関してはややこしすぎて理解できている自信はない。したがって、この感想にも誤読・誤解・記憶違いが含まれているかもしれないので、そのときはコメント欄で教えて下さい。
ネタバレがあります。
『虚記憶の箱庭』(EP15.1)
ヒューム博士関連の話を総括するエピソード。『縦軸歪曲』から描かれてきたエルマとそれを取り巻く人形たちの物語が完結する。
物語はアンジェの義手を指揮官が回収し、崩壊するアヴェルヌスから脱出するところから始まる。アンジェの死を悼むのも束の間、指揮官は失踪し、現時点まで行方がわからないままとなる。一方、エルマは「夏の庭園」において自分の誕生にまつわる真実を知る。
▶設定関係の整理
ヒューム博士の遺跡に関する研究の内容──特にGRCh38やクレイドル・レイクに関する話が説明されるのがきわめて重要だが、このあたりはややこしいし、ここだけ読んでもわかりにくい。さしあたって憶えておくべきは次のようなことだ。
そしてエルマはこの道を永久に封鎖する決断をすることになる。結果として、エルマの行動によりクレイドル・レイクは消滅することになる(具体的に何が起きたのかは『零電荷』で描かれる)。
ところでクレイドル・レイクが消滅したとしても、それによって直ちにネイトたちが動けなくなるということはないらしい。クレイドル・レイクって人間でいえば集合的無意識みたいなものなので、それがなかったとしても表層人格とバーチャルモデルだけで稼働することができるということか。
▶エルマの到達点
設定の話はこれくらいにして、物語のほうにも触れておく。いちばんの山場はエルマがサナたちに永遠の死を与えるべく庭園を封鎖する場面だ。
かつて『縦軸歪曲』でも描かれていたことではあるが、エルマはヒューム博士が生み出した「芸術品」である。「芸術品」は「製品」と違ってあらかじめ目標や目的が決められていない。その意味で芸術品であるエルマはほかの人形よりも人間に近い。
だからこそエルマは自分が何をなすべきかを探し求めなければならなかった。忘れゆく道行きの果に、エルマが己の役割を自覚し、みずから選び取っていく姿は『22のジレンマ』でのM4の行動にも重なる。
また、エルマはRPKとも対比されるキャラでもある。この二体の人形はいずれも天才的な科学者がその叡智を注いで作り上げた傑作であり、人間らしい人形を作ろうとする試みの到達点だ。その結果として、エルマとRPKはどちらも強い希死念慮を持つ人形となった。しかし、ふたりはそれぞれ違う場所に行き着くことになる。これについては『零電荷』の感想でもう少し考えたい。
なお、英語版のイベントタイトルは「The Summer Garden of Forking Paths」。ボルヘスの「八岐の園」の英語タイトル(The Garden of Forking Paths)からの引用だ。ドルフロでは過去にもマーキュラスが『El otro, El mismo』から引用をしたりしているのでボルヘスのネタが多い。「八岐の園」は並行世界というか世界線の分岐を題材にした物語なので「22のジレンマ」への橋渡しとなるモチーフでもある。
『22のジレンマ』(EP15.2)
タイトルはジョーゼフ・ヘラーの小説『キャッチ=22』から。同書は、矛盾した軍規と兵隊を描いているらしい……が、未読なのでよく知らない。
長らく失踪が続いていたM4A1のその後と、M16の行動理由、そしてストーリーの根幹に関わる世界線移動の設定が開示される。ただでさえややこしいストーリーが時間SFの要素も加わることでさらにややこしくなるという……。とはいえ、『偏極光』とか『鏡像論』あたりの伏線を数年越しに回収してくれたのは嬉しかった。AR小隊の話がちゃんと前に進むこと自体ひさしぶりだ。
まあタロットを利用したバトルロワイヤルとかM16の「運命の輪」の権能とかが、どういう理屈で成立しているのかはいまいちピンと来ていないが、そのあたりを深く追及すべきなのかはよくわからない。あんまり気にしないほうが良さそう。
それにしても各勢力の対立構造がいつもこんがらがるので、公式にはちゃんとした人間関係図みたいなのを作ってほしいね。
『零電荷』(EP15.3)
反逆小隊がメインのエピソード。ここまで設定開示的なストーリーが続いたが、『零電荷』はドラマメインなので比較的読みやすい。とはいえ混迷を極める要素はあるので注意は必要。あと、AK-12のMOD話はイベントシナリオの後日談として非常に重要なので、その話もします。
『慢性虚脱』にて聖杯手術を受け、アンジェと一体化を果たしたRPK-16。人間の女性〝エンブラ〟としてフランクフルトにやってきた彼女と、アンジェの復讐を誓う反逆小隊が対決する。フランクフルトはゲーテの生家があることで知られており、『零電荷』は全編が『ファウスト』の引用とオマージュに満ちている。
▶RPK-16の真意とは
RPK-16がパラデウスに寝返って人間化した行為は「悪魔に魂を売る」行動として描かれてきたが、『零電荷』を経てみるとすこし様相が違って見える。RPKがサーと内通していたという事実や、聖杯手術にアンジェが同意していたということ、さらにRPKの前身がサマンサ・ショー博士の助手AIである「ナーガ」であったという情報から、RPKは単なる「裏切り者」ではないらしいという疑惑が浮かんでくる。
ショーは飛行機乗りであり、かつ飛行機設計者でもあった。彼女は「より高く飛ぶ」ことを目標とする研究者であり、反逆小隊はそんな彼女の最高到達点である。遺跡技術を使わずに他の戦術人形よりも優秀な能力を有するAN-94、最強の人形であるAK-15、高度な策謀が可能なAK-12……。新たな人形を作るごとにショーは自分の限界に挑んできた。そんな彼女が死の間際に完成させたのがRPKである。単純なスペックではAN-94にも劣るRPKはなぜ作られたのか。
死の直前にショーはRPKについて「遺跡に抗う最後の希望」と言っている。ショーがRPKを密かに「パンドラ」と呼んでいたことや、「ナーガ」がロシア語の「ナディエージダ(希望)」に由来していることからも、ショーの意図が伺える。遺跡技術は人間を滅ぼす禁忌であると考えていたショーは、RPKにその遺志を託したと思われる。したがって、RPKの行動原理のひとつには「遺跡技術への道を閉ざす」ということが間違いなく組み込まれているはずだ。
一方で、RPKには強い自殺願望が存在する。そもそもRPKが人間になろうとした理由は、「本物の人間のみ感じられる喜びと悲しみ、生と死、そして未来」を感じるためである(『鏡像論』)。ここでもっとも重要なのは死──つまり人生の一回性である。RPK=エンブラは人間化したすぐ後にフランクフルト入りしてAK-12に殺害されることになるが、元同僚に射殺されるという劇的な最期を迎えることはRPKにとって本望であったように思われる。
問題は、この自殺願望がショーの予期していたものなのかということだ。RPKの死についてAK-12は「設計者も、パイロットも、戦闘機そのものも……全員よ。全員がその死を招いた。」と述べている(AK-12 MOD話)。RPKが死という結末に至ったのは、ショーの設計思想やアンジェの意図に加え、RPK自身の特殊性(ショーの予期していなかった個性)によるものも大きいという趣旨だろう。
AK-15とAK-12が戦闘において抜群のスペックを誇っている一方で、AN-94とRPK-16はむしろ人間性のほうに重点を置かれて設計されている。人間は予測困難でときに不合理な行動を取るが、RPKやAN-94もそういった性質がある。RPKはたぐい稀な人間性を有しているがゆえに、ショーの予測を越えた行動を取っていると考えるべきではなかろうか。
アンジェについても考えなくてはいけない。アンジェは合意のうえで聖杯手術を受け、人格的に死亡したということになっているが、その経緯についてはあいまいにしか描かれていない。アンジェがどういう思惑で手術を受けたのか、RPKとの間にどういう意思疎通があったのかはわからないままだ。
聖杯手術を受けることで、RPK=アンジェ=エンブラは遺跡の鍵を使えるようになる。RPKによると、アンジェとRPKは「遺跡の鍵」を全世界に公開する(正確には「すべての人たちに見せる」)という計画で合意したという。遺跡技術の遮断を目標とするRPKと、パラデウス打倒を目標とするアンジェはここで利害が一致している(ただ、遺跡の鍵を公開するとどうして遺跡技術を遮断できるのかとか、公開って具体的にどうするのかとかがよくわからず、個人的には議論についていけていない)。
したがって、RPKの行動は
①ショー博士の遺志である遺跡技術の遮断
②アンジェとの利害の一致(パラデウス打倒)
③RPK自身の自殺願望
という3つの因子によって決定されていると思われる(これがAK-12のいう「設計者-パイロット-飛行機」に対応している)。
そう考えてみると、RPKは完全に私利私欲で動いているわけではなく、まったくの悪役ではないとわかるが……それにしてもRPKの裏切りで死んでいる人間や犠牲になったものはたくさんある気がするし、聖杯手術以外に道はなかったのかとも思う。AK-12が最後までRPKを許さず、最終的にナーガのバックアップまで削除したのも頷ける。
▶反逆小隊の末路
今回で反逆小隊の物語はいちおう決着がついたということになるのだろうか。アンジェとRPKが退場し、三体の人形だけが残された。(RPKの死は直接的には描かれていないが、前後の描写からして確定的ではないかと思う)。それ以後の話は、AK-12のMOD話で描かれている。繰り返しになるが、このエピソードはきわめて重要なので戦術人形を質に入れてでも読んでほしい。
エンブラを射殺したAK-12は埃まみれのバーで、ひとりアンジェを思う。彼女のメンタルの中でのアンジェとの別れの会話は、ドルフロの全シナリオのなかでも屈指の名シーンだ。
こういう会話を読みたくてドルフロをやってるんだよな。
そして、別れを終えたあと、AN-94とAK-15のもとに戻るAK-12の姿がまた良い。苛烈な運命をたどったかれらが、たとえひとときであっても、平穏な時間を過ごし感情を分かち合うことができていることが嬉しい。
ドルフロのテーマのひとつは間違いなく「復讐」だ。今回で反逆小隊の復讐劇は決着したが、後味は苦い。完全な悪役とは言い切れないRPKを殺し、指揮官不在のまま再スタートを切った反逆小隊が今後どのように生きていくのか。ドルフロ本編が完結するにあたっては、復讐の先に見える景色について、なんらかの答えを出してほしいと思う。