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法廷傍聴控え 警察官発砲・韓国大盗事件6
弁護側は、崔の怪我の治療をした医師に電話を入れ、「崔の受傷の状態では、激痛を伴い、右手を突き出すのは困難」という趣旨の聞き取り報告書を作成した。これを証拠として請求したが却下され、証人申請も行ったが、これも却下された。
主任弁護人 動機について、非常にいいずらいというが、そのことについて聞きます。あなたは韓国で名前のある大盗賊だったが、服役中にキリスト教に帰依しましたね。
崔 はい。
主任弁護人 出所した後、過去を克服し、いかにして更生したかを教会などで講演して歩きましたね。
崔 はい。
主任弁護人 それとは別に、99年4月から、財閥系の警備会社で、月に360万ウォン(約36万円)の給料をもらっていましたか。
崔 はい。
主任弁護人 教会で講演すれば、講演料、寄附もたくさんもらいますか。
崔 はい。
主任弁護人 そういうお金を、貧しい人々に分けてきましたか。
崔 そうです。出所した人たちが社会に適応するための資金に使っていました。
主任弁護人 出所してから2年間、毎日のように、新聞に出ましたね。
崔 話だけ聞いています。
主任弁護人 事件前のことですが、立派に更生したという記事。
崔 はい。
主任弁護人 私が取り寄せただけでも、(新聞記事の厚さは)3センチを超えます。これはごく一部。あなたのことを心配し、教会関係者も嘆願してくれた。講演はテープになって販売されてもいる。警備会社などの給料もあわせると、年間数千万ウォンから億ウオンになっていますか。
崔 平均すると、月に1300万から1900万ウォン(約190万円)です。
主任弁護人 あなたの奥さんも事業家。
崔 はい。
主任弁護人 経済的理由で、(今回の窃盗事件を)起こしたとは考えにくい。
崔 お金のためにやったわけではありません。
主任弁護人 私が、何でしたか、何度も聞きましたね。
崔 はい。
主任弁護人 韓国の国民、行政関係者、教会、みんな動機に関心を持っています。私は接見に行って、あなたに何度も理由を聞きました。あなたがいった答えは、「日本の警備会社のシステムを試したかった」と、そう答えましたね。
崔 はい。
主任弁護人 しかし、そんなことはだれも信じてくれないといい返しましたね。
崔 はい。
主任弁護人 いまでも、長い間、獄中生活を送った後、恵まれた地位にありながら、なぜ、したのかわからないといいましたね。
崔 はい。
頭をうなだれて、非常にかぼそい声で答える。
主任弁護人 いまでも、その理由は100%わかりませんか。
崔 話せません。その理由を明らかにするのは心苦しい。私の行為は弁解をしたくありません。寛大な処分をお願いしたい。
主任弁護人 こんなバカなことをして。
崔 はい。
主任弁護人 今後は、それについては、ずっと考えていく気持ちがありますか。
崔 今回のことに関して、こんなに恥だと思ったことは初めてです。
主任弁護人 身分を偽ったのは初めてですか。
崔 はい。
主任弁護人 悪いことをしたと思っていますか。
崔 はい。
主任弁護人 窃盗、住居侵入は十分認めるが、公務執行妨害はやっていないということですね。
崔 警察がこの場で嘘をついたことに関しては、もっとはっきりさせたいと思っています。
主任弁護人 真実を明らかにしたいということですか。
崔 はい、そうです。私が拳銃で撃たれて、腕が不自由になったので、それが悔しくていっているのではなく、濡れ衣を着せられているので、それが悔しいということです。
11月15日、検察官が、「手紙は自己弁護のように聞こえ、すんなり受け入れる気持ちにはなれない。特に重い処罰を望まないが、きちんと罪を償なって更生してもらいたい」という小原の妻、「精神的なショックがまだ尾を引いている。妻はわずかな物音にも怯えている。防犯カメラを増設し、4台設置している。法に従って処罰してください」とする長谷川の調書を提出した。
一方、弁護側は、謝罪と弁償の用意があるとする被害者あての弁護人の手紙、崔の手紙、妻の手紙などを提出した。
続いて、検察官が論告を行う。
韓国で、83年、懲役15年の判決を受け、98年に終了したが、00年12月17日、日本に入国し、その1週間後、日本人の氏名不詳者の案内で、都内の新宿、渋谷の高級住宅街を物色し、ドライバー、バールなどの侵入道具を携帯して長谷川方へ侵入し、窃盗を行った。
また、公務執行妨害については全面否認だが、伊藤、藤本証言は具体的で不自然なところはなく、高度の信用性がある。また、高橋証言も信用できる。さらに、発砲直前の隙間からの視認状況については、まったく先が見通すことはできない。被告がみずからナイフを投げ捨てたことを裏付ける証拠はない。拳銃の負傷状況は、独自の見解に過ぎない。拳銃やナイフで受傷しても、その直後には影響を及ぼさないことにはしばしば遭遇するなどと主張した。
その上で、伊藤の生命を奪う寸前の行為であり、反省の態度が乏しいとして、懲役5年を求刑した。
弁護側は最終弁論を行う。
公務執行妨害は存在せず、伊藤証言は虚偽である。隙間の視認状況について、はっきり前方を見通せる。伊藤が拳銃を正面から発射したとすれば、被告にあのような傷をつけることは角度的に困難である。藤本は、ナイフを取り上げて、塀越しに小原方に投げ入れたというが、不必要、不自然。藤本証言は信用できない。ナイフの発見現場とのつじつまあわせに過ぎない。高橋証言は、虚偽、あるいは思い込みで、信用性が低い。
真実は被告の供述のとおり。伊藤が虚偽の証言をしたのは、威嚇射撃が誤って命中したのか、あるいは暴発か、拳銃を発射し、被告に重傷を負わせたのをとりつくろい、拳銃発射を正当化するため、ナイフを突き刺しかけてきたとするもの。
被告は真摯に反省している。妻と幼い息子がいる。1日も早く韓国に帰り、家族と暮らすことが望まれる。刑の執行猶予が相当であると訴えた。
結審にあたり、崔は次のように述べた。
「私は日本で犯罪を行いました。そのこと自体は恥じています。しかし、警察官たちは、私に重傷を負わしたことを正当化するため、嘘の証言をしていることは大変遺憾に思っています。その警察官たちは、宣誓したにもかかわらず嘘をいいました。大変驚いています。警察官たちのつくり上げた証言内容については、取り調べを受けている際にも、警察官の嘘についてはまったく聞かされていませんでした。そうすることで、警察官たちの意見に反論する機会を、刑事訴訟法上奪ったことといえます。
このように嘘で塗られた事実を私に聞かせることなく、そのまま法廷に持ち出すことは、刑事訴訟法上瑕疵あるものと思っています。ですので、裁判所では、公務執行妨害については、検察に差し戻されて、私に弁解の機会を与えることはできないものでしょうか。そのほかの私の犯罪は弁解するつもりはありません。ただ、裁判官の寛大な処分をお願いします」
01年12月19日、判決の日である。傍聴席には韓国マスコミの特派員らしき男性が3人。いつものとおり、3人の刑務官が崔を連れて入廷したが、もう1人、傍聴席の後部に立つ。崔は散髪したての白髪まじりの短髪で、暖かそうなヤッケ風の上着だ。同時通訳のワイヤレスのイヤホーンを耳につけたが、結局、使用せず、裁判官の発言は一区切りずつ通訳が入った。
判決の前に、公訴事実の一部の訴因、罰条の変更を勧告するため、裁判官が職権で審理を再開する。何か重大事でもあるのかと思ったが、単純なことであった。小原方の敷地内に入ったことも住居進入として起訴されたのだが、「実務的には住居侵入ではなく、邸宅侵入」ということで、訴因、罰条の変更を勧告した。これを検察官が受けて、一部変更した。
これを受けて、検察官も弁護側も、意見は従前どおりと表明し、もう一度、崔も意見を述べた。「私は終始一貫、犯行を認める。ただ、警察官の過ちを隠蔽するのは犯罪行為。この点だけ明らかにしてほしい」。
改めて結審し、判決をいい渡した。
主文は、懲役3年6カ月、未決勾留日数中210日を算入というものだった。起訴状どおりの犯罪事実を認定した。公務執行妨害については、伊藤証言、藤本証言、高橋証言などの信用性を高く評価し、隙間からは前方、とりわけ崔の位置を見通すことはできないとした。さらに、受傷しても、極度の興奮状態の場合、しばらくの間は、運動能力等は阻害されないことは経験則上明らかであるなどとして、崔の証言は信用できないと断定した。
その上で、犯情はよくない、警察官の胸部付近を目がけて、力いっぱいナイフを突き出した危険性は高い、韓国で8回懲役刑を受け、規範意識が鈍麻しているなどと量刑の理由を述べた。
判決を聞いて、崔が暴れるとでも思ったのだろうか。3人の刑務官は座りながらも、すぐに立てるよう浅く腰をかけ、身構えていた。しかし、崔はおとなしく退廷した。(了)
(2021年11月6日まとめ・人名は仮名)