見出し画像

法廷傍聴控え 一橋大学教授轢死事件4

 関教授にわざとぶつけたわけではないと主張する山本に対して、検察官が質問を始める。

 ──この事件を起こした当日、現場で警察に聞かれて、何と説明しましたか。
「自分の前を走っていた自転車があって、後ろから私の車がぶつかったのではないかといいました。すると、傷害で現行犯逮捕されました。警部補がとりあわなかったんです。すぐに現場検証を始めました。ひとの話をひとつも聞かないんです」
 ──いつ、事故と主張するのをあきらめたのですか。
「12月4日の夜、警察に入れ込まれたときです。刑事に囲まれて、一方的にやられたら、どうしようもありません」
 ──12月4日の夜、傷害を認めたのですか。
「疲れて、衰弱していて、そのときのようすはわかりません」
 ──警察での弁解録取書には、傷害は間違いないとありますが。
「弁解を聞く雰囲気を感じませんでした。心身耗弱で何をやったかは覚えていません」
 ──12月4日夜,上申書をつくりましたか。
「覚えていません」
 ──傷害を認めた理由は。
「私としては、左翼であって、共産党員です。天皇制右翼の反共団体である警察に一番狙われると思ったからです」
 ──その後、警察に対して、わざとぶつけたのではないと主張したことは。
「しません」
 ──検察官に対して、わざとぶつけたんじゃないという主張は。
「ご遺族への話になって、不幸なことになったけれども、私が故意にやったことではないと伝えてくださいといいました。最後だから、覚悟を決めていいました」
 ──ずっと、あなたは、わざとぶつけたという話をしていましたね。
「それは警察にあわせました。なるべく警察に喜ばれるようにいいました。危なくてしようがありませんから」
 ──警部補と一緒に現場検証をしている間に、「わざとぶつけた」というのは、警部補が勝手にいっていたのですか。
「私はいっていません」
 ──その後、警察官と検察官から何回も調べがあり、事実と違うという機会はあったのではありませんか。
「検事が反共思想を持っていたら、殺人になるのか、もっとひどいことになっていました」
 ──わざとぶつけたというのは、一番大事なところ。それをわかっていったのですか。
「そうです」
 ──もう1つ、警察官や検察官から、しつこく聞かれたと思うが、事件前のトラブルの相手は被害者と同じ人でしたか。
「聞かれました。なんで関先生とわかったのかというと、(自転車が)ドロップハンドルであることをチラッと見ていたので、そういいました。それしか見ていません」
 ──違うと思いませんか。
「でも、(ほかに)人がいないと思いました。あの手の自転車はいまどきないから」
 ──警察官や検察官は、別人じゃないかと、そもそも自転車がなかったのではないかといわれませんでしたか。
「小金井警察署でも、『あんたのいっていることは、妄想か勘違いか嘘』といわれました。でも、精神鑑定をやったら異常なかったでしょう」

 傍聴席には、「精神鑑定をやった」というふうに聞こえた。ところが、最後の山本の陳述では、積極的印紙鑑定をやっていないと述べている。どちらが正しいのかは未確認である。
 ただ、弁護人は事件当時の山本の精神鑑定も考えているなどと述べたことがあった。これに対し、裁判長は、「あやまってぶつけた事故(前方不注意と主張している)というのに、責任能力とは何か」といったやりとりが行われ、結局、弁護人は精神鑑定を申請しなかった。

 ──あなたの調書の110番通報の部分で、「自転車が追っかけてきてぶつかった」とありますが。
「追っかけてきたかどうかは覚えていません」
 ──トラブルの自転車と被害者が同じ人と。
「ぶつかったときに思っていました」
 ──一方通行を逆走して、自転車がチラッと見えた。ドロップハンドル。さっきと同じ人と思ったのですか。
「ドロップハンドルが見えたんじゃなくて、その姿勢で同じ人と思いました」
 ──服装は。
「ジャンパーぐらいは、チラッと覚えています」

 関教授の服装は、ジャンパーにジーパンだった。

 ──自転車とあなたの車でトラブルがあった場所。ほんとうは、もっと手前の(国立)駅前の信号待ちのときではありませんか。
「違います。宅配便が荷物を運んでいるのを見ました」
 ──警察にそういう説明をしたことは。
「全然ありません」
 ──調書では、(車が自転車に)乗り上げたみたいと。
「それはありません。全然違います。自転車が倒れ、先生が(自転車の)上に倒れているのを見ても、私が轢いたとは思いませんでした」
 ──いまは。
「ぶつかっちゃったと。私のよけかたが下手で、そこに先生の自転車が入ってきちゃったのではないかと思います」
 ──ぶつかったとわかって。
「車の側面にぶつかって、ブレーキかけて、後ろを見ました。自転車に乗った人が倒れているので、110番しました。周りの人に、『ここはどこですか』と聞いて、しらせました」
 ──止まり方は急ブレーキではないですね。
「普通というか、安全な止まり方です」

 山本の軽トラックは、衝突してから約14メートルの地点で停止し、関教授は衝突地点から約6メートルのところに倒れていた。

 ──あなたの弁護人の冒頭陳述では、被害者が道路脇に突き出ている石の蓋に乗り上げて転倒したと思われると書いてあります。あなたとしてはどう思いますか。
「私もわかりません。見たわけじゃないですから」

 弁護人の冒頭陳述は、これまで紹介した山本の供述を踏まえたものである。
 それに加えて、「関教授は後方の車のライトに気づき、車が来ると思って、道路の右端に寄り、右側の民家のブロック塀の下部にあった排水孔の四角い蓋の出っ張り部分に乗り上げて、バランスを崩して転倒した。一方、山本は、左端に電柱があり、110番通報もしていたので、左側にばかり気を取られていた」といった趣旨を述べ、その結果、事故が発生したという見方を示していた。

 ──最後に確認します。調書、それから1通の上申書に署名、指印をしていますが、あなたは内容を確認して、署名、指印をしたのですか。
「4日、5日は朦朧としていて、きちんと確認していません」
 ──無理やり署名、指印をさせられたのですか。
「無理やり押させられたことはありません」

 続いて、左陪席の女性の裁判官が尋ねる。

 ──事件が起こって、弁護人がついたのは翌日(12月5日)ですか。
「翌日の夜7時半か8時ごろです」
 ──最初の面会は。
「家族との面会が夜の6時半ごろです」
 ──弁護人に会ったのは。
「大体、7時半から8時の間です」
 ──12月5日付の警察の調書がありますが、弁護人に会う前に話したことですか。
「会う前にできていました」
 ──弁護人に会って、事件について何と話しましたか。
「弁護士のほうから、どういう形で自転車にぶつかったのかと質問されましたが、1日、薬を飲まなかったので、安定していないので、そんなに話していません」
 ──どういう形と説明したのですか。
「単純に不注意でぶつかったといいました。細かいことは覚えていません」
 ──警察で話したことと、弁護人に初めて話したことは、内容が違うのですか。
「共通点があったかもしれません」
 ──警察では、わざとぶつけたといった。弁護人には、わざとじゃないといったのですか。
「いいません」
 ──弁護人にいわなかったのは、なぜですか。
「警察の中で、怖くていえません。反共集団の警察に盗聴されているかと思って、いえませんでした」
 ──警察に話したことを前提として話したのですか。
「警察に聞かれていることを計算して話しました」
 ──その次、弁護人の面会は。
「はっきり断言できませんが、2日後か4日後か。わかりません」
 ──2回目、弁護人とはどのような話をしましたか。
「前と同じような感じです。警察を気にしていたし、ほんとのことはいえません。警察に聞かれても無難なような話をしていました」
 ──大きな事件とわかって、弁護人に聞いてもらおうとは思いませんでしたか。
「共産党員だから、警察にどんな悪質なことをされるかもわからないと思いました」
 ──取り調べの状況も非常に怖かったといいますが、そのやり方を弁護人にいわなかったのですか。
「いいませんでした」
 ──さっきいった理由からですか。
「はい。そういうことです。警察は共産党の周りを調査しているから、(盗聴を)やっていると思いました」

 山本の母親は、「共産党員だから狙われる、警察は反共集団。それで嘘の証言をした」と山本が供述していることについて、「そういう思い込みをしているとは、思いませんでした。(過去、山本にそういう体験は)一度もありません」などと証言した。

 ──弁護人は、勾留20日間中に何回会いましたか。4回ですか、もっとですか。 「5回以上会っています」
 ──弁護人に、不注意でぶつけたと打ち明けたのはいつですか。裁判のどのぐらい前ですか。
「ことしの初めにはいっています」
 ──2月に入ってからですか。
「1月半ばから2月にかけてならば、確実です」
 ──それまでは、弁護人にも警察と同じようなことを話していたのですか。
「そうです」
 ──弁護人に打ち明けたきっかけは。
「裁判の日が決まって、それで、警察は変なことはしないだろうと思ったからです」
 ──調書が裁判の証拠に使われるとわかっていましたか。
「そのことを考える余裕はありません。警察の説明もありませんでした」
 ──自分でわざとぶつけたというのは。
「死んだ警部補がいい出したことです。私がいい出したことじゃありません」

 右陪席の男性裁判官もやさしい口調で尋ねる。

 ──窓ガラスをたたいた人のことについて、供述が変遷している。顔を見なかったとか、口をパクパクして、すごい剣幕だったとか。ドアをたたいたのは、男性ですか、女性ですか。
「顔がチラッと見えました」
 ──男性の。
「そうです」
 ──顔を見たのですか。
「ぼんやり、輪郭です」
 ──手でたたいていたのですか。
「手でたたいてきました」
 ──一方通行路でほかの車とお見合いし、幼稚園の正門のところで止まっているのが目撃されていますが、その記憶はありますか。
「全然ありません」
 ──このところだけは右折していない。右折すれば帰宅路、このときだけは真っ直ぐ行っていますね。
「はい」
 ──車を自転車にぶつけた直後、「故意にぶつけた」と警察に現場で話しましたか。 「話していません」

 言葉づかいは丁寧だが、ややしゃがれ声の裁判長も聞く。

 ──ほんとは、自分は何の罪を犯したと思いますか。
「過失です」
 ──交通事故を起こしたと。しかし、わざと傷害を認めたということですか。
「そうです」
 ──どうなるんだろうと考えましたか。罪が重いとか軽いとか考えなかったのですか。
「相手の方が亡くなったことばっかり考えていました」
 ──警察から、「わざとぶつけて、死なした」といわれ、認めたのですか。
「そうです」
 ──重たい罪を認めたのですか。
「認めました」
 ──共産党員と重い罪を認めるのの関係は。やってもないことを認めるのとの関係はどうですか。
「警察の危険性あるから」
 ──認めるほうがもっと危険ではないですか。
「そうじゃありません」
 ──現場に来た警部補は、君にどういったのですか。
「前から来て、自転車にぶつかったのかと、いや、後ろからぶつかった。『それじゃ、わざとぶつけたんじゃないか』。そうじゃないといっても、勝手に現場検証を始めました」
 ──以後、その筋書きで、取り調べが進められたのですか。
「はい」
 ──この裁判で、初めて(不注意でぶつけたということを)いい出したのですか。
「はい」
 ──現場では、道路以外の周りの状況を見ずに走っていたのですか。
「そういうことです」

(2021年11月8日まとめ・人名は仮名)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?