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法廷傍聴控え 一橋大学教授轢死事件2

 ──関先生を見た時間は。
「チラッとだけです」
 ──先生はどのような状態でしたか。
「後ろ姿です。自転車に乗っていました」

 そこで、アクセルを踏んで加速したことはまったくない。車が関先生の自転車にぶつかるところは見ていなかった。

 ──先生を発見してから、衝突したと気がついたのは。
「バーンと音がしてからです」
 ──後ろ姿を見てから、音のした時間までは。
「ほんのわずか。だから、スピードを出していたと思います。この間、全然、考える余裕はありません。110番で、警察に何をいっていたかもわかりません」
 ──先生を発見し、衝突するまでの間、ぶつけてやろうと思ったのですか。
「考えません。一刻も早く逃げようと思っていました」
 ──先生の自転車にぶつけるつもりはなかったのですか。
「全然ありません」
 ──あやまって轢いたのですか。
「そうです」

 発見から衝突までの距離は5・5・メートルだった。軽トラックのスピードから考えると、時速30キロでは約0・66秒しかない。弁護人は、人を認識するには少なくとも1秒以上必要なので、ぶつけてやると意図的に判断する時間的余裕はなかったと主張した。
 しかし、検察官は弁護人の誤解があると意見書を提出した。つまり、5・5メートル先に発見したというのは、捜査段階の実況見分における山本の主張だ。検察官は、冒頭陳述で述べたように、一方通行を逆走中のいずれかの時点、十分な時間的余裕のあるところで、関を発見し、衝突させようという故意が発生したというのである。

 ここで、裁判に登場した3人の証言を聞こう。
 会社員の佐藤和夫(48歳)は富士本1丁目に住んでいる。12月4日、国立駅についたのは午後8時10分ぐらい。国立駅北口からまっすぐ歩き、3、4分でコンビニに着いた。そこで買い物をした後、脇道に入り、幼稚園の横の坂道を上がっていった。
「幼稚園の坂道を上がりきったところに、白い車が止まっていました」。四つ角に出てみると、「右のほうに赤帽の車が止まっていました。だから、赤帽と鉢合わせしたと思いました」。赤帽は幼稚園の門のところに車が通れるぐらいよけていた。佐藤が四つ角についたと同時ぐらいに、白い車は走り去った。午後8時半ごろだという。
「白い車が走り去ったと同時に、幼稚園のほうから中年の男の人が自転車できて、目の前を通り抜けました」。つまり、バス通り方向から、一方通行を逆に走っていったのである。それから、すぐに車が急発進する音がした。
 その後、「車が砕石を踏むようなズズッという音が聞こえ、男の人の『オイ』というような声が聞こえました。近くの駐車場に砕石が敷いてありますが、車が幅寄せして、自転車を妨害し、自転車の人が『オイ』といっているのかと思いました」。佐藤は人命にかかわることだとも思わず、自宅に帰った。
 会社員の志賀進(29歳)はメゾンフジモトの2階に住んでいる。12月4日午後8時25分ごろ、国立駅から自宅に帰る途中、「自宅の横の一方通行路を赤帽の車が逆走しているのを見ています」。
 すると、反対側から車がやってきて、赤帽の車とお見合いの形になった。その車の横を通って、「アパートの階段をのぼって、下を見たとき、赤帽が移動して、幼稚園の門の位置に入れて、対向車とすれ違うのを見ました」。
 さらに、アパートの通路を歩いて部屋のドアの前までいく途中、ヴォーという軽トラックの少し急発進する音を聞いた。
 その後、「家のドアをあけたときぐらい、ガシャンという音を聞きました。車が何かものにぶつかったか、出会い頭にほかの車にぶつかったと思いました。妻に、逆走した赤帽の車がやっちゃったみたいよ、一方通行で、あんなに早く走って、といいました」。
 志賀の妻の美子(27歳)は、夕食の準備で魚を焼いていた。換気扇の煙が近所に迷惑をかけていないかとドアを開けたとき、赤帽の車が、「幼稚園の坂を上がってくる道からきて、四つ角を左折していくのを見ました」。
 夫が帰宅する5分ぐらい前だった。料理を続けていると、「主人が帰ってきて、ドアを開けたときに、ガシャガシャという、何かと何かがぶつかった音を聞きました」。
 山本は、T字路を逆走した後、対向車に出会っていないし、幼稚園の門に停車したこともないというが、目撃証言とはかなり食い違っている。

 ともあれ、ぶつかった音を聞いた後、山本は車を止めて、被害者を見た。自転車が倒れていて、その上にうつぶせになっている。意識がないように見えた。ひょっとしたら、重いけがかと思った。警察とつながっていた携帯電話で、「自転車と車がぶつかった。すぐ救急車をお願いします」と頼んだ。正確な住所がわからず、集まってきた周りの人に聞いて、警察に伝えた。
 山本が110番でどんなことを話したのか。弁護人は110番の記録を請求したが、検察官によると、「記録が残っていない」。これに対し、弁護人は、「とても信じられない。警察に強くいっていただきたい。もともと記録がないのか、それとも、後日破棄処分されたのか、明確にしてほしい」などと要求した。
 後に、検察官は、「やはり110番の音声記録はない。録音は3、4日で自動消去する」と回答した。そのため、当日、山本の110番を受けた警視庁通信指令本部の女性担当者が証言することになった。
 その証言要旨は以下のとおりである。

 ──12月4日午後8時22分、山本からの110番を受けた。最初に、「男に追われています」「車を乱暴にたたく人がいます」というので、「何かありましたか、どこにいますか」などと聞いたが、返答はなく、雑音が多く、そのうち、電話が切れた。
 110番では、相手が切った場合も、110番はつながっている状態なので、110番側から呼びかけた。「もし、もし、警視庁ですけど、何かありましたか」と繰り返す。
 4分ぐらい続けたろうか、しばらくして、「ああ、すみません。いま、追っかけられたので、ぶつかったんです」。けが人が1人いるというので、「救急車は必要ですか。救急車はこちらで手配します」と答えた。場所については、「国立市光町1丁目」というので、「国立市には光町はありません。国分寺市にはあります」といったやりとりがあった。
 実は、現場は、富士本1丁目と光町1丁目の境の道路なのである。電話を切ったのが、8時26分、すぐに110番で所轄署等に指令を出した──

 現場近くにいて、警察から事情を聞かれた人がいた。国立駅から自転車で帰宅途中、事件を目撃した星野幸雄である。その調書が証拠採用された。
「(一方通行をバス通り方向から)自転車で走っていると、右すぐ後方で、ガシャガシャというものすごい音がしました。車が塀をこすった音かと思いました。後方から赤と白に塗られた自動車が通り抜けました。
 後ろを見ると、男が自転車と折り重なるように倒れていました。『ゴー、ゴー』というような声を出していました。(通り抜けた)車から小太りの男がおりてきましたので、『警察に電話していますか』『電話しました。向こうから飛び込んできたんです』といいました」

 関教授が倒れているのを見て、山本は、赤帽を近くの駐車場に入れた。
 ──助からないだろうとは、いつしりましたか。
「巡査の人が、もう心停止している。だから、もう助からないと。驚きました」
 警察官が来たので、山本は概要を話した。そのうち、所轄の小金井警察署交通捜査課のワゴン車も来て、下りてきた警部補にも話した。

 ──あなたは警部補とどういう話をしましたか。
「自転車が前から来てぶつかったのかと聞かれましたので、いや、そうじゃない、前のほうを走っていて、ぶつかったといいました」
 ──警部補はどうしましたか。
「大きな声で、『じゃあ、わざとぶつけたんじゃないか』といいました」
 ──あなたは何と。
「関先生が亡くなるんではないか。反論はすごく弱いトーンでした」

 現場には、まず、最寄りの光町交番から巡査長が自転車で駆けつけた。この巡査長も証人として出廷した。
 証言によると、「事故はどういう過程で起きたのか」と山本に聞いた。すると、「私が運転していて、この車をあの人にぶつけました」と答えた。「ぶつけた」と聞いたので、変だなと思った。
 ぶつけた理由については、「国立駅前で止まっていたら、交通上のトラブルがあって、窓ガラスを2、3回たたかれたので、怖くなって現場まで走ってきた。追っかけてきたので、逃げて、走った」というような話を聞いている最中、パトカーもやってきた。
 パトカーの巡査部長も証言した。巡査長から引き継いで、パトカー内で山本の話を詳しく聞いた。
「国立駅付近で停車していたら、自転車に乗っていた人が因縁をつけてきました。怖くなって発進しました。そうしたら、信号待ちで止まったか何か、車の窓ガラスをたたく。裏道に逃げました。執拗に自転車の人が追いかけてきます。自転車が車の前に出て曲がったときに、後ろからぶつけました」。さらに話を聞こうと思ったら、警部補らが来た。巡査部長は山本とパトカーから下りた。山本は動揺も興奮もしていなかった。
証言予定の警部補が事件後病死していたため、警部補と一緒に現場にやってきて、実況見分調書を作成した交通捜査課の巡査部長がかわりに証言した。
 彼は、パトカーの巡査部長から概要を聞いた後、山本から話を聞いた。「どういう状況か、最初から話してください」というと、「どんな場所かはっきりわかりませんが、自転車の人とトラブルを起こしました。原因はよくわかりませんが、窓ガラスを手でたたかれたり、運転席の下のボディ付近を足で蹴られました。車でぐるぐる回ると、自転車を発見しました。怖いと思って、わざとぶつけました」というようなことだった。「これ以上、トラブルに巻き込まれるのは嫌だ」とも答えた。

(2021年11月8日まとめ・人名は仮名)




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