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法廷傍聴控え 薬物密売イラン人殺傷事件2

 一方、9月1日午前0時31分、現場の近くの住民が目をさますと、ガン、ガンという何かを叩く音とともに、「助けて」という壮絶な声を聞きつけ、110番した。受傷後、20数分で救急車がきて、2人は病院に運ばれた。
 運転席の男は、すでに心停止状態であり、午前2時過ぎ、死亡した。左胸部の12センチの刺傷が心臓を貫いていて、出血多量が死因だった。また、後部座席の男は、深さ10センチの傷だったが、命は助かった。
 殺された密売人、イラン人のアボス(35歳)は、在日イラン人の知人たちが検察庁に要望したことにより、日本で火葬せず、柩に入れた遺体がイランに送られた。
 アボスは、91年4月29日、正規の短期滞在資格で入国したが、不法に残留し、東京都八王子市などで運搬作業員などで働き、タイ人女性と交際していた。00年7月から神奈川県海老名市のマンションに住み、薬物密売をしていた。携帯電話で客から薬物の申し込みを受け、受け渡し場所を決め、現金と引き換えに売っていた。
 もう1人の密売人、けがをしたイラン人のレザ(37歳)は、山本らと同じ横浜地裁に起訴され、01年4月24日、懲役4年、罰金50万円の判決を受けた。
 判決などによると、レザは、90年9月、正規に入国したが、93年、不法残留で強制送還される。この間、400万円を国に送金し、それに100万円ほど借金して、家を建てた。その借金を返すため、再度、来日を計画し、タイでブローカーから偽造パスポートを購入し、97年1月10日、不法に入国した。1年間は仕事をしたが、その後、アボスと同じ海老名市に移り住む。
 同年8月初旬、アボスに勧誘され、密売にかかわるようになったという。事件までの約1カ月間、毎日のように密売し、覚せい剤を51万円、大麻を16万円売った。仕入れはアボスが行い、レザは客からの注文電話の応対と、客へ薬物を渡し、代金を受け取る役割だ。
 それに加えて、レザはアボスのボディーガード役でもあった。レザの身長は180センチぐらいはあろうか。なで肩だが、がっしりした体格のレザは、イランでボディビルのチャンピオンになったこともあり、日本でもボディビル大会に出場を予定し、仕事先の仲間にも教えていたという。
 体力があるのだろう。事件のときも、レザは負傷しながらも、警察官が現場に駆けつけてくるまでの間、現場近くにあった排水管のパイフに薬物の入った小物入れを隠した。
 この小物入れには、覚せい剤18.399グラム、大麻11.59グラム、LSD54錠、MDMA10錠の密売用薬物が小分けされて入っていた。そのほか、覚せい剤0.583グラムを身体に隠し持ち、車内からも覚せい剤0.599グラムが発見された。
 レザは自分の公判で、「神様の名において、私が今後、日本においてもイランにおいても、良心に誓って、法に触れることはしない。まじめに日本で働いてきた。薬物の世界から遠ざかって生活してきた。密売に故意に関与したことはない。
 薬物で裁判を受けていることは残念。命を落とすところまでいった。心底から反省している。裁判所、この国の人におわび申し上げたいと思う。どうか許してくれることを願っている。今後、社会の役に立ちたい。過ちを犯したが許してください。いつか日本に恩返しできればと思います。もう1回、チャンスをくださるようにお願いします」と述べた。

 山本らの裁判に戻ろう。

 検察官 相手の外国人、あいつらからシャブ(覚せい剤)を買ったことは。
 高橋 人に頼まれて、買いに行ったことがあります。
 検察官 2人と接触したことは。
 高橋 あります。
 検察官 顔はしっているのか。
 高橋 しっています。
 検察官 何回ぐらい。
 高橋 場所は違うけど、2、3回あります。いつも2人じゃない。ぼくがしっている人間はあそこの組織で4人ぐらいいます。
 裁判官 以前、あなたが今回の被害者の2人から買ったことがある。それで、相手がかれらだと、あなたは気づいたか。
 高橋 私が買いにいったのは町田で、かれらは町田では午後10時半ごろまでやって、それ以降は桜ケ丘にかわります。

 アボスらの縄張りは、東京都町田市と神奈川県大和市だったらしい。そこで、大和市を縄張りとする山本らとぶつかったわけだ。
 山本らの公判で、被害者遺族の調書が証拠採用された。アボスの父親から警察に手紙が届いた。それには、「アボスはほかの外国人同様、10年間働いていた。公判を傍聴させてください。どうして殺されたのか」などとあった。
 また、被害者の人権救済の高まりに伴って、日本の捜査当局から改めてイランにいる父親に電話して聞き取った調書では、「おとなしいアボスだった。遺体を見たが、なんであんなに傷つけられなければいけないのか、犯人は死刑にしてほしい」と訴えている。レザも、「アボスの両親が日本にくれば、直接訴えられるが、それができないので、私がかわりにいうと、かれらを死刑にしてください」と述べた。

 弁護人 事件直後に、けがをした関係者(レザ)の弁護士から治療費の関係で連絡があったが、治療費などを弁償することはできないのか。
 山本 いまは無理。

 レザは死刑を求めただけではなく、治療費も請求したようだ。
 ところで、裁判長も山本に細かく質問したが、次のようなやりとりもあった。

 裁判長 組のシマで薬物売買しているのはわかっていた。
 山本 はい。
 裁判長 外国人の背後にどんな組織あるか調査は。
 山本 していない。
 裁判長 ほかの組がついていたら、困るじゃないか。
 山本 そうなれば、何からでもわかるはず。まったくわからない。
 裁判長 背後に組織は。
 山本 あっても無断でやっている。やられても仕方ない。
 裁判長 アボス、レザの後ろに組織があったとすれば、あなたの組がやったということになる。あなたの組長は知らんとする。すると、大事になる。その辺は心配はしなかったのか。
 山本 (そういう情報は)入ってこなかった。

 この裁判長はレザの裁判も担当した。だから、アボスやレザの密売組織、密売方法は十分承知しているはずだ。イラン人の薬物密売組織は、薬物の入手先が日本の暴力団であったとしても、密売自体は暴力団とは独立して行われているケースがほとんどと思われる。山本の答えが正解だ。なぜ、このような質問を裁判長がするのだろうか。
 次のやりとりもおかしなものだった。

 裁判長 あなたが持っていたのは拳銃と。
 山本 短刀。
 裁判長 あなたが車に乗ったのは雰囲気で。
 山本 はい。
 裁判長 相手を脅す。
 山本 武器をちらつかせて。
 裁判長 脅すというと、何のために。シマから出ていけ、シャブ売るな。相手は外国人で日本語を理解できるかどうか。あなたもイラン語わからない。
 山本 そこで、怖いと来なくなる。
 裁判長 相手はイラン人。あなたが金をとりに来たのか、シャブを奪いに来たのか、相手が理解できない。
 山本 相手は、こちらがヤクザだということはわかります。ああいうことをやっているんだから。

 密売するイラン人、とりわけ、客からの注文電話を受ける者は日本語の日常会話は十分できる。それでなければ、日本人相手の密売はできない。裁判長の質問は首をかしげるものであった。

 裁判長 あなたは、1人を殺し、1人に重症をおわせているのは間違いない。お互いにどっちもどっちということがあるかもしれないが、殺すまでもない。
 山本 大変申しわけないと思う。悪いことをやっていたって、死ぬような……。
 裁判長 あなたとして、できる償いは。
 山本 出てからの話になる。慰謝料を払いたいが、自分のお金がまったくないので、将来……。
 裁判長 金の問題は大切じゃないとはいわないが、ほかには。
 山本 謝罪。

 とにかく、山本は、「殺すつもりでやったのではない。大変申しわけない」と平謝りであった。
 01年8月28日、検察官が論告を行う。山本が否認している殺意について、犯行の態様、凶器などから、殺意を認めることができると詳述した上で、組織的、計画的犯行と断定した。さらに、被害者に殺害されるような落ち度はなく、遺族への慰謝もない。アボスの父親やレザは厳罰を望み、この事件は在日外国人に大きな不安を与えた。
 このように述べ、大麻0.09グラム、MDMA錠剤3.4グラムの所持も追起訴された山本に対して無期懲役、安藤に懲役15年、高橋に懲役12年を求刑した。
 他方、3人の弁護人はそれぞれ最終弁論を行う。山本の弁護人は、殺意なく、殺害動機もない。強盗致死、強盗傷害である。殺害すれば、事件が表沙汰になるし、かれらのアジトから金を持ってこさせられなくなる。単なる思いつきの事件で、とても計画的とはいえない。
 覚せい剤密売のシマ荒らしの抗争事件で、被害者にも相当な落ち度がある。アボスの父親は息子が覚せい剤の密売をしていたことをしらされていないで、調書が作成されたもので、正確な遺族感情ではないなどと述べる。安藤の弁護人、高橋の弁護人はともに事実関係は認め、被害者側の事情を考慮することなどを指摘し、できるだけ寛大な判決を求めた。
 最後に被告の3人が一言ずつ述べたが、印象的だったのは、「出所後、父のところで働き、お金をためて、アボスのお墓に手をあわせたい。どうもすみません」と述べた高橋であった。

 01年10月26日、判決がいい渡されたが、計画的残忍な犯行だとして、殺意を認定した山本に無期懲役、安藤に15年、高橋に10年と厳しいものであった。

(2021年11月13日まとめ・人名は仮名)

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