ぼーっとできるようになった話
昨日、ゆっくりしましたか?スマホも見ないでぼーっとしましたか?
今日は、ぼーっとすることについてです。
時間がもったいない
子どもの頃、テレビをみていると母に「テレビばっかり見て時間がもったいない!」とよく言われた。今考えれば、そんなに大した時間じゃなかったはず。でもテレビをだらだら見た後には「ああ時間がもったいなかった。」と反省したのを覚えている。
この「時間がもったいない」という概念は私の中でじわじわ育っていった。
特に社会人になってからは効率化を気にして、隙間時間を見つけては「何かしなくちゃ」といつも考えていた。実際は、スマホを持つとほぼ自動的にSNSにアクセスして、検索したかったことを忘れる日々・・・It's Automatic!
「今日は何もできなかった・・・」
ゆっくりとすごした週末には、「今日は何もできなかった。」と思うようになった。昔は「楽しいこと全然なかった!」くらいだったのに。ゆっくりしたことと生産的な活動をしなかったことへの後悔を抱くようになった。
こういうときに登場するのは「あの人」だ。「あの人は私より勉強しただろうな」「私が休んでいる間、あの人はジムに行ったんだ」など。ちなみに「あの人」は全く特定の人じゃない。人と比べて何もできなかった自分にうんざりするときに出てくる思考のことだ。
でも、自分が達成感を感じた時は「終わった~!嬉しい!」とだけ思って「私が勉強している間、あの人はどうせソファで寝てただろう。ヒヒヒ」なんて思わない。「あの人」は自分を責める時だけに出てくる。
昼寝とホストマザー
アメリカ留学ではルイジアナの田舎に滞在した。私がいたパートナーの家は森に囲まれていて、リスやカーディナル(赤い鳥)、クモやヘビも住んでいる場所だった。
イースターホリデーが1週間あった時、「ゆっくりするといいよ」と言われてとりあえず昼寝をしてみた。2時間寝た。どう考えても昼寝としては寝すぎだ。目覚めた後すぐに「こんなに寝ちゃって夜眠れないよ…」「せっかくアメリカにいるのに寝てるなんていい方法じゃない」「私は体力がないからだめなんだ・・・」という考えが次々と浮かんできた。
起きてダイニングに行き「寝すぎました・・・」と言うと、それを聞いたホストマザーは「昼寝したのね!よかった~!いつも頑張っているからね。寝るのはいいことよ!それに今日はイースターホリデーーーー♪」とニコニコしている。ゆっくりしたら褒められた。
ここでやっと今までゆっくりする自分を責めていたことに気付いた!
ぼーっとする習慣
その後もゆっくりするたびにマザーは私を褒めた。マザーのおかげでゆっくりする自分を責めなくなった。ありがとうマザー!
しかし、私はぼーっとするのが下手だった。すぐにスマホを触ってやめられないし、本を一生懸命読もうとする。「何かしなきゃ!」という考え方が癖になっていた。癖を直すには時間がかかるけど仕方ない。何かしたくなったらタイマーを掛けて、時間が来たら何もしないで休むようにした。
ぼーっとする。いいとか悪いとかではなく、ただぼーっとして今を感じる。「鳥が鳴いてるな」とか「日に焼けたな」とかそんなこと。
ときどき新しいアイディアが浮かんできたり、昔のことをふと思い出したりできるようになったのは、脳みそのどこかに余裕ができたからなのかもしれない。
まとめ:ぼーっとできた自分を褒めよう
私のぼーっとする技術はまだまだ。でもそんな自分を責めたりせずに、ホストマザーのように自分を褒めながらぼーっとする習慣をつくりたい。
ゆっくりと。ぼーっとしている自分を褒めよう。
おまけ:ぼーっと過ごすアイディア
・ロッキングチェア(揺り椅子)
・公園
・スマホと離れる
・猫をなでる
・ぬいぐるみをさわる(本気でおすすめ。大人にこそ柔らかいぬいぐるみは必要。)
・ハーブティー(yogi teaおすすめ。ほっとするメッセージ付き。)
・「ぼーっとできた」と日記に書く など
テツガクもぼーっとした後に・・・