『ルーニー・テューンズ・ショー』を見て驚いた
はーい、テツガク肯定です。
『ルーニー・テューンズ・ショー』というアニメをご存知でしょうか?
灰色ウサギのバッグス・バニーと黒い鴨ダフィー・ダックが活躍するアニメです。
私も私の相方も夢中なアニメです。
どったのセンセー? がたまりません。
What's Up Doc? が、どったのセンセー?
凄くステキな翻訳だと思います。
どうしたの先生? じゃなくて、どったの、センセー?
いいんじゃないウサギです。
すみません、思い切り脱線しました。
驚いたのは翻訳のことではありません。
アニメに登場する人物達とその世界観です。
日本人的に言えばクレイジーでしょうか?
なんか最近、日本人的に~とか言えば、主語が大き過ぎると言われそうですが……。
あえて、もう一度言います。日本人的に言えば、クレイジーな登場人物達です。
まずは、ダフィー・ダックです。
無職ですが、魔法使い、嘘の支配者、遠慮を知らない行動力の持ち主……。
他人の会員番号でカントリークラブに侵入して豪遊できる、勇敢なメンタルの持ち主です。
バッグスの彼女のローラ・バニー。
このシリーズにおいては、日本で言うところのストーカー。
バッグスが好き過ぎて、とんでもないことをします。
24時間、バッグスを好きにできる権利を買ってパリに連れ出したり。
行きに10時間かけて、帰りに10時間かけて。
もちろん、パリじゃないといけない理由もなく……もったいない。
よく酷い目に合う、ポーキー・ピッグ。
バッグスも驚くくらい騙されます。
インクに修理保証を払うくらいです。インクにです。
バッグスの隣人にはヨセミテ・サム。
その豪快さは作中1かもしれません。
いつもはダフィーに手を焼くバッグスも。
サムが泊りに来た時は、ダフィーに助けを求めるくらい。
マック&トッシュという息がピッタリのホリネズミもいます。
喋り出したら止まらない感じのコンビです。
さて、こういう愉快な人物に囲まれたバッグスは……。
もちろん、しっかりとクレイディーです。
ただ、バッグスが普段やりそうな役目をダフィーがやったりするので。
振り回される立場が多いですが、たまにはやります。
ポーキーの仕事を邪魔してみたり、タズマニアン・デビルを飼ってみたり。
ここまで紹介した個性的な人物達が上手くやっている世界観。
そこに、もの凄く驚きました。
あれ、なんで日本では、こんなに面倒なんだろう? って。
疑問符が止まらないほどに。
ポ、ポ、ポ、ポーキー・ピッグです!
ポーキーはこんな感じに喋ります。
吃音? というやつらしいですが。
凄く好きです、すぐにポーキーだとわかるからです。
バッグスだって。
にんじんをにんでぃんと言ったり。
サイテーをソイテーと言ったり。
さ行がた行に変わることもあります。
知ってるんだぞ、が、知ってるんだど。
そういうバッグスがもの凄く好きです。
もちろん、作中1饒舌なダフィーも。
相方も憧れる、超勇敢で雄弁な黒い鴨も最高です。
違うってことが、こんなに面白いのか、と驚きました。
そして、それぞれの違いで、人物個人を認識しているんだと再認識しました。
どんな違いも大切だと近年では言われていますが。
どういうわけか、私が過ごした昔より面倒に感じるのは、なぜか?
前半でも言いましたが、日本人って主語です。
主語がデカすぎるって言われた人が日本人なら……なんの問題があるのでしょうか?
日本人が、一、日本人として、日本人的に言えば、日本人って〇〇というのは何も変ではありません。
例え、何歳であってもです。
まだ、アメリカ人が日本人は~と言うのなら、ほんの少し理解できます。
アメリカ人に日本人の何がわかる、と。
でも、誰が何を言おうが人の自由です。
もちろん、主語がデカいとつまんないことを言うのも自由ですが……。
そんなに、つまんないことを言いたいのでしょうか?
まさか、にんでぃんって名詞とか、日本人って主語などの個性的な言い回しについていけないだなんて……ご冗談ですよね?
昔は遊ぶようにドリフトしていた、超イケている日本人がこの程度で音を上げるなんて。
最近のタイヤはもろ過ぎません?
引用になりますが、ダフィーがバッグスに自分の問題点をあげてほしいと頼み、バッグスがあげたダフィーの問題点。
君はナルシストで(バッグスも、けっこう……)、反社会的で。
たぶん、心が病んでる。それに……。
妄想癖があって、差別主義で、お年寄りもバカにしている。
そう言われたダフィーは。
それって癖みたいなもんだろ?
可愛らしいもんさ。
そう言い切ってしまう正直さ。
でも、本当にそうだな、って感心しました。
癖です、日本人って主語も、にんでぃんって名詞も。
不思議と私が過ごした昔より、面倒に感じる今。
その理由はわからないのですが、ちょっと思うことがあります。
私の勝手な想像ですが。
エンタメが国民性に与える影響は大きい気がする、ということです。
個性的な人物達が上手くやっている世界観の物語。
見た目が個性的ではなくて、性格がとんでもなく違う人物が上手くやっている。この『ルーニー・テューンズ・ショー』みたいな作品が、アメリカでは放映されている。
だから、まあ、青い芝に見えるのかな、と思っています。
正直、全く最近は日本のアニメを観ていませんが……。
昔、観ていた『プリキュア』に『アイカツ!』も一定の枠には収まっていて。バッグスとダフィーみたいな関係性ではないと思います。
私はみんなとは違う! 特別仕様!
そういう扱いではなく、みんな同じように全く違って、それで上手くやっている。
もしかしたら、もっと昔の作品なら近いものがあるのかもしれません。
例えば、水島新司さんの『ドカベン』の岩鬼さんとか。
悪球打ち選手として活躍する姿が。
大切なのは違うことで、違う扱いを受けないことです。
信じられないかもしれませんが、ジャイアンとスネ夫とのび太が楽しく野球をしている。
もちろん、怒られることなく、彼らの能力のままに。
違うんだけど、違わないね、って思えるような世界観を持った作品……。
私の少ない観賞数では出てこないです。
もし、あるにせよ、ないにせよ。
もう少し、その影響を感じ取れるようになった時が。
アメリカの多様性ってやつな気がします。
その違いって癖みたいなもんだろ?
可愛らしいもんさ。
そう笑える日が来たらいいな、と。
というより、そういう今に飛びます。はい。
それでは、また次の機会にお会いしましょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?