境井ぃ!
はーい、テツガク肯定です。
おっ、来たか、境井ぃ!
ゴースト・オブ・ツシマって主人公、境井仁を呼ぶ志村様です。(たぶんです)
この志村様は境井様の叔父上です。
ゲームを遊びながら、志村様のその呼び方に。
私は違和感を覚えました。
境井様の恩人のゆなさんは、仁と呼びます。
弟のたかさんは境井様。(だった気がします)
石川先生は境井と呼びます。
安達政子さんは仁と呼びます。
対馬の皆様は、だいたい境井様かお侍様です。
私が覚えた違和感は。
親族の志村様が仁とは呼ばず境井と呼ぶことです。
勝手な印象ですが。
境井様に親しみを感じていそうなキャラクターは、彼を仁と呼びます。
ゆなさんや政子殿のことです。
ゆなさんはいい意味で気さくな人で。
政子殿は失った子供たちに境井様を重ねているように感じました。
一方、弟のたかさんは。
敬意をこめて、境井様。
あるいは、冥人様と呼び。
石川先生は武人だから苗字で呼ぶ。
そんな具合に考えもせずに認識していました。
親しい人は名で、敬うべき相手は苗字で。
だなんて、私の感覚でとらえていたんです。
その感覚だと志村様の呼び方は、かなり疑問符です。
他の誰よりも境井様への思いが強いのに。
仁ではなく、嬉しそうに境井ぃ! と呼ぶ。
その理由に、今さらながら愚かさが追いついてきました。
志村様が名前ではなく苗字で呼ぶのは。
境井仁が境井家の当主だと認めているから。
名前ではなく苗字で読んでいる。
補足しますが、境井様のお父様は亡くなっています。
境井、境井、境井、と嬉しそうに連呼する志村様を見ながら。
お父様のことは、なんと呼んでいたのだろうか? だなんて思っていましたが。
おそらく、お父様のことも境井ぃ! と呼んでいたのかもしれません。
(もしかしたら、名で呼んでいたかもしれませんが)
少し話がずれますが。
今では当たり前の苗字も、ゲーム当時は限られた人だけが持つ名でした。
ゆなさんもたかさんも名前だけです。他のキャラクターも。
石川先生と安達政子さんには苗字があります。
立派な家の名があるのなら。
それで呼ぶのが誉れで、一族だからと簡単には呼ばない。
そんな見えない部分が愚かにも見えた気がします。
志村様が嬉しそうに境井ぃ! と呼ぶのは。
幼かった仁さんが立派になって。
亡くなった父と同じ名で呼ぶにふさわしい侍になったから。
だからこそ……。
教えに背くような誉れなき戦い方が許せなかった。
事実、志村様の教えも万理あります。
恐怖が恐怖を呼ぶのは常で、余計に面倒なことになる。
とはいえ、境井様の一刻も早く終わらせるための冥人。
そういう考えも千理あります。
誰よりも嬉しそうに、境井ぃ! と呼んでいた志村様を見て。
このゲームをつくった方々は、そういうところまで考えていたのだろうか、と。
愚かにも察してしまいます。
境井と呼ぶにふさわしい立派な侍は。
父に似て、志村様とは違う考えを持っていて。
在り方よりも行動を重んじる。
同じことを考えても、その解決策が全く違う。
どう教えても、やっぱり親子で、志村様とは違う。
その事実になんとも言えない想いです。
本当にとんでもないゲームです。
またこのゲームについて、描くことがあると思います。
浜で死んだ誉れは、雨になって蘇る。
それでは、また次の機会にお会いしましょう。
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