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降る髪

美容師を務める倫子さんは実家暮らし。
家は古く大きく、地下にも部屋があるという。
この部屋については「ミグシ様がおるでな。行ったら顔をあげちゃいけないよ」と教えられて育ったそうだ。

地下室の清掃は月に一度。
父親が担っていたが高齢の為、倫子さんが引き継ぐ事になった。
説明を受けるために父親と共に地下へと向かう。
部屋に入る前に「必ずこれを履くように」と足袋を渡された。
見ると父親はすでに足袋を履いていた。
扉に手をかけ、顔をあげないように首を下に向けた体勢で入る。
狭い視界のほとんどは床だった。
古くもよく手入れされた床板。埃と湿気の匂い。
足袋越しでも底冷えし、冷気がのぼってくる。
歩みを進めると、無数の毛が床に散らばっていることに気付いた。

二本の太い黒塗りの柱の間を通り、祭壇らしきものの前に着く。
「今、通り過ぎたのは鳥居の足だ。目の前には神様の社がある」
「か、かみさま?」
「そうだ。先祖代々大切にしている神様、ミグシ様だ」
ミグシ様の正体を聞き、専門学生時代に授業で習った髪の神様を思い出した。

父親が持ってきた酒と生米、塩、モグサを供えて、清掃を始める。
箒をかけると思った以上に毛が落ちていた。
しかも長さ、太さ、色がバラバラ。
この時、あぁミグシとはやはり自分の知っている御髪の神様かもしれないな…と思ったそうだ。

履き掃除は大体終わり、ちりとりを求めて体の向きを変えて屈む。
すると、素足が視界の端に見えた。
父親が足袋を脱いだのだろうか。それにしては毛深い気がする。
考えているとぱら、ぱら、と上から毛が落ちてきた。
疑問に思い顔をあげようとしたが、後ろから父親の腕がそれを制する。
「倫子、だめだ」

「ミグシ様だ」

位置関係を考えるに、視界の端にある素足は父親のものではない。
素足は徐々に倫子さんに近づく。
目の前にそれが来た時。自分の後頭部に生温かな風を感じた。
口を大きく開けて息を吐いているかのような気配だった。
しばらく体を硬直させていると、素足はペタペタと社へと消えたそうだ。


なぜ鳥居が黒塗りなのか。
なぜ地下にミグシ様と呼ばれる神がいるのか。
あれから見ていない素足。その正体は何なのか。
ミグシ様の詳細を知る者がいないそうだが、なぜか悪いものに全く思えないと話してくれた。
倫子さんは一度も清掃を欠かしたことがないらしい。


竹書房怪談マンスリーコンテスト 1月 佳作作品です。
コンテスト用にかなり削っているので、気が向いたら加筆修正したい。
お気に入りの話です。

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