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#43.【短編】齧

雨の日は陰鬱な気分になる。「今日はあなたの日ではないよ」と告げられているような気がするから。勝手に決めないで欲しいけど、雨にとってだって「雨じゃない日」があるのだから大目にみることにした。

噛んで欲しくなる時がある。もちろん誰でもいい訳じゃないから、いつも断らないでいてくれる安心感はありがたい。性欲を開放する為だけの画一的な手段でもなければ、認識できないほどの絶望に打ちひしがれた時の救いを求めるものでもない。ただの私の我儘だ。

まだ少し肌寒さが残る夕方。待ち合わせはいつも同じレストラン。私は明太子と岩海苔のパスタにした。マリネ風味の岩海苔とアクセントの大葉がよく合っていて美味しかった。あとクラムチャウダー。"それ"の前は薄色で何となく柔らかい味のものを食べたくなる。それでスイッチを作る。相手はいつも同じメニュー。ヒレステーキと小ライス、それに赤ワインをグラスで2杯。ちなみに会ってからのルールが3つある。会っている間は携帯を見ない。歩いている間は手を繋ぐ。そして、会ってから解散するまで会話をしない。以前これらの希望を伝えたら快く受け入れてくれた。レストランでの食事風景は傍から見たら変な光景だろう。何も話さずただ黙々とご飯を食べる二人。これから始まることを知っているのは私たちだけ。この世界に自分たちだけが生きているような感覚になる。

ホテルに着き部屋の中へ。鞄を置いてソファーに座る。途中の自販機で買ったホットのカフェオレは少しぬるくなっていた。それを2人で交互に飲み、半分ほど残して机の上に置く。心地よい無言の時間。手が触れると、どちらともなく顔を向けそれを合図にゆっくりと服を脱がし合う。最初に脱がされるのはいつも私。今日の下着はサルートにした。丁寧に外してくれるところが良い。

見つめ合いその頬に触れる。手先にぬくもりが伝わってくる。ゆっくり顔を近づけ唇を合わせる。この時間がとても愛おしい。少しずつ荒くなる自分の息遣い。腰に手が回される。細い指が優しく髪に触れてくる。糸を引きながら離れた唇が、今度は舌と一緒にゆっくり耳と首筋を這ってくる。思わず「んっ...」と声が漏れてしまう。蕩けそうな快楽に身を委ねながら耽り始める瞬間はいつも堪らない。

たまらずベッドに移動する。仰向けの私に覆い被さってきた。ほどなく触れてくる指と口。右手で首筋をなぞり、左手は背中に回され腰の辺りへ。唇と舌が優しく鎖骨を這い、敏感な部分には膝がグリグリと押しつけられる。快楽の波に抗えず、思わず大きな声が出る。溢れるほどに滴る"そこ"の"それ"は、自分のものではないみたい。

背中に回された手に力が入る。グッと爪を立てられる。鈍い痛みが身体を熱くする。見つめ合い、混濁する意識の中で軽く頷くと相手の顔が胸に移る。突起が舌で刺激され、暫くすると乳房に歯をあてられる。徐々に力が加わり、口が離れると歯形が付いていた。それが何度も繰り返される。たちまち変色する"それら"は、愛おしい疼痛だ。生暖かい体温。荒く乱れる息遣い。埋めることを諦めた傷跡は、この瞬間深く尊い味わいに変わる。生の実感を得たいのか、それとも堕ちる自分に酔いたいのか。どちらでもあり、どちらでもない気がする。その場所に行ける手段がこれしかないのだから仕方がない。噛まれながら溢れるところに指が触れてくる。表面を軽くなぞられた時に1回。その指を中に入れられた時に大きな嬌声を上げもう1回。私ので濡れた指で舌を愛撫された時に3回目の絶頂を迎えた。このまま消えてしまいたい。

シャワーを浴びて外に出る。また代わり映えの無い世界に戻ってきた。駅の改札でハグをして相手と別れる。電車に乗り夢であったかのような時間を思い返していると、胸に残る痛みが否応無しに現実を突き付けてくる。その清々しいまでの残酷さが心地よい。最寄り駅に着き帰り道のコンビニでシュークリームを買った。一言「おやすみ」とだけメッセージを送ったら「おやすみ」と返ってきた。明日も、その次の日も、私はまた何食わぬ顔で生きていく。こんな自分が、案外悪くない。

End.







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