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設計士1年生の勘違い

「#社会人1年目の私へ」という募集を見て、大学院を卒業して地元の組織設計事務所に勤め始めた頃のことを回想してみた。
当時の私は、イメージしていた設計という仕事と現実とのギャップの渦中にいた気がする。
これから設計士を目指す人、この春設計士になった人に知ってもらいたいことを書き綴りたいと思う。

1.図面を描くより交通整理が多い

設計事務所の仕事のイメージは建築を考え、それを図面に描くことと考えていた。
もしくはイメージ作りのために模型を作ったりする業務も想定していた。
大学院時代に1年間オープンデスクでお世話になっていた小さな設計事務所での業務がそのようなものだったからだ。
しかし就職したのは地方都市の組織設計事務所。
組織設計事務所は社内に意匠、構造、設備がいて、総合的な力で大きな建築(地方で大きな建築は小中学校など)に対応する事務所のことをいい、大学院では住宅や店舗のお仕事を経験させていただいたので、大きな建築に触れてみたいと思ったのが就職の理由の一つであった。
私はその中で意匠を担当し、総合的な計画や法規、デザインを整理する業務をしていた。
意匠担当が部屋の大きさや建築の形などを決め、構造担当からそれに基づいた構造計画、設備担当から設備計画があがってきて、また意匠担当がプランの調整をする。
例えば柱の大きさを750mmの正方形で当初計画していたが、構造担当から検討した結果どうしても800mmの正方形になり、それに基付いて平面図を変更し、サッシの大きさも変わるので建具図を変更し、サッシの大きさが変わると採光や換気、排煙の法的な計算も変わるといったように1つの変更が複数の図面変更に影響を及ぼす。
設備からは部屋に設ける空調機のダクトの大きさがφ300で、想定していた天井裏ではスペースが足りないので天井高さを一部下げなければいけないとか、梁貫通の関係で構造にも影響する。
またそれだけ大きな建築だと社内担当だけでは業務をこなすことができずにCADオペと言われる図面を描く外注業者の協力も必要になってくる。
このように意匠、構造、設備、さらにそれらの外注業者が連動しながら動き、意匠担当はその交差点の真ん中にいるようなイメージであるため、それぞれの変更を把握しながら各担当の設計に反映させなければならない。
もちろんその中で建築基準法や関連法令の確認、不明点は担当行政との協議も必要だし、クライアントとの打ち合わせも当然必要になってくるし、デザイン的なこだわりは社長などの上司への確認も必要となってくる。
とにかく確認、検討、指示、確認の繰り返しのため、自分で図面を描くよりは外注に描いてもらって、交通整理に徹していた。
会社の規模や性格によっては、図面を外注せずに1年生などの若手に担当させることもあるだろうが、私が就職した事務所はとにかく人手不足で、就職当初から交通整理役を求められた。
建築はクライアント、設計、元請け、下請け、担当行政など非常に多くの人が関わり、そのやり取りが上手くいったときに初めて良い建築ができる。
そのため交通整理術は建築業界において重要な職能であり、そのことを身をもって1年目の私に叩き込んでくれた会社に感謝している。
ただし今は感謝しているだけで、当時はどこからどんなものが来るかもわからない交差点のど真ん中に急に立たされたような強引な方法だったため、言葉に言い表せないほど苦労したし、長時間働くことになったことは言うまでもない(笑)

2.派手な仕事ばかりではない

設計事務所と聞くとデザイン的にこだわっていたり、コンペで勝って設計したりと派手なイメージがあった。
就職活動中に調べていた時もHPには○○小学校や○○警察署など、地域のシンボルとなる建築を設計していて、こんな仕事ができるのかと思っていた。
就職して社内の業務リストを見ると、半分ぐらいが以前手がけた公共施設のトイレの改修工事や耐震診断の調査業務など地味な仕事が多いことがわかった。
社内でも派手な仕事担当と地味な仕事担当に分かれていたように見え、1年生の私はどちらの手伝いもした。
派手な仕事は建てる意義やストーリーといったコンセプトメイキングも含めての仕事だったのに対して、地味な仕事は故障や耐震強度不足などの明確な問題があって、その問題を低コストでスムーズに解決していく仕事だった。
意気がっていた私は派手な仕事の側面だけを知って設計事務所の門を叩いたが、地味な仕事の大切さを徐々に理解していった。
派手な仕事は大型病院のお医者さんで、大病を治してくれる人。
地味な仕事は地域のお医者で、日頃のケアや予防をしてくれる人。
地方都市にある組織設計事務所は各自治体の営繕課の相談窓口になっていて、公共施設に問題がある時に相談にのることが多く、そこから地味な仕事が生まれたりもする。
市民の小さな困りごとや施設利用面での不便なことは、この地味な仕事が支えてくれていることを就職して初めて意識した。
建築のプロとして、大小様々な悩みに対応することが設計士として非常に大切なことだと今も心に留めている。

3.考えるな、とりあえず提案書を埋めろ

私が就職した年は市町村の合併特例債の終盤で、各自治体でコンペがたくさんでた。
ひどい時は2週間に1度締め切りがあったぐらいどの自治体も一気に開催していた。
私も学生時代にアイディアコンペに応募していたので、コンペってなに?とはならない程度の自負はあった。
がしかし、学生向けのアイディアコンペと地方都市の公共物件のコンペでは求められることが全く違った。
学生向けのアイディアコンペはアンビルドで、新しい価値観の創出を求めるものが多く、テーマから考えられることを分析し、疑い、思考を巡らせて、なるべく尖ったコンセプチャルなものに落とし込むようにしていた。
(学生時代建築学会北陸支部のコンペで入賞経験あり)
会社で取り組んだコンペは建たなければ意味がない。
また予算もある程度決まっており、必要な部屋の大きさや数も指定されていて、まずそこに収まるようなプランニングをしていた。
前述の通り、人手不足状態だったのでコンペも一人で担当することが多く、たまに打ち合わせをする状態だった。
それでプランをモジモジと触っていて時間を費やしてしまい、ある日上司に怒られた。
「そんなことせず提案書をまとめろ!明日A3○枚の提案書全て埋めてもってこい。図面はダミーでもなんでもいい」
ここで私は2つのミスを犯していたことに気付いた。

1.スケジュール管理2.成果品は良いプランではない。良い提案書である。

スケジュール管理は、提出日が決まっていたにも関わらず全体工程を考えずに学生の設計課題のノリのまままず設計条件に基付くプランから積み上げ式で始めてしまい、最初につまずいたせいでプラン以降の工程が厳しくなってしまった。
コンペの要項が出た時点で提出日から逆算して、○日前にプラン確定、○日前に提案書ラフ作成、○日前に外注パース業者に資料送信など全体工程を立てなければならなかった。
設計という仕事のイメージは良い建築をつくることだと思っていたが、まず業務として取り組むにあたってはそこで求められる成果品が何か考えなければいけない。
良い建築は最高の成果であり、最低限の成果は求められる成果品を作成することである。
社会は思っている程甘くないので、最低限の成果品無くしては最高の成果物には到達できない。
コンペ無限ノック状態だったので徐々にコツを掴み、総工事費25億円を超える小学校の新築工事のコンペに勝つことができた。
また一級建築士の製図試験で構造や設備の工夫について記述することが求められる現代の試験において、スムーズに書く力が備わったのはコンペ無限ノックの個人的な成果だったと思う。

4.設計士に必要な能力とは

学生時代にイメージしていた設計士像から社会に出て色々と勘違いに気付いた。
そんな私が思う設計士に必要な能力は、常に全体を把握する総合的な視点である。
設計士は業務の性質上プロジェクトマネージャーのポジションに立つことが多く、様々な人が行き交う交差点の中心になって交通整理をし、その時点での最低限の成果物が何か、その先にある最高のクオリティの成果物が何か、クオリティを上げるための時間的な余裕があるかなど、常に全体と部分を把握しながら調整しなければならない。
熱い気持ちで良い建築をつくりたいという情熱も大事だが、どこかで冷静に一歩引いて全体を把握する視点も重要だと考えられる。
また長時間労働になってしまいがちな設計業務においては仕事を進める点での管理も必要だし、やる気といって点で気持ちの管理も必要になってくる。
チームが最高なパフォーマンスを発揮できるように、常に全体を把握し、困っている仲間を手助けしたり、声を掛けたりすることも大切である。
全体を把握する総合的な視点が身に付いた時、建築設計以外の仕事でも必ず役に立つでしょう。
これから縮小産業になり得る建築ですが、マネージメント力を養うには最適な環境のはずです。
大変な職務環境かもしれませんが、GWゆっくり休んで頑張りましょう。

建築と写真で素敵な生活のサポートをしたい