耐震補強と断熱補強のこと
前回は設計で意識した思考の仕方について書きました。
新築とリノベでは設計の思考の仕方が異なっていて、今回の住まいは「実家感」というコンセプトを活かすために、散歩のように場当たり的に物事を柔軟に決めていく設計手法をとりました。
家を建てる時に気になることとして、耐震性能と断熱性能がある。
特にリノベーションとなると、地震に耐えれるのか?
古い家って寒いけど、断熱性能とかって大丈夫なのか?
新築だったらどこの住宅会社も耐震等級だったり、ZEH(ネットゼロエネルギーハウス)だったり性能にこだわりがあることをアピールしているので、そこまで不安になりませんが、リノベーションだとどこまで直せるのかわからなかったり、エンドユーザーに基準があるのかすらわからなかったりします。
今回は、耐震性能と断熱性能についてどう考えたかについて書くことにします。
1.耐震補強しなければいけない理由
耐震補強をする理由は「人命を守る」ことに尽きる。
2018年の北海道地震、1995年の阪神淡路大震災は共に早朝発生しています。
防災意識が高くても寝込みを襲われたらどうしようもありません。
日本木造住宅耐震補強事業者協同組合の調査によれば、耐震診断の評点1.0未満で震度6強相当の地震で倒壊する恐れがある、または倒壊する可能性が高い家屋は、9割を超えています。
震度6強の地震で無事な家は、10件に1件しかないんです。
そんな大袈裟な!?と思うかもしれませんが、これは調査機関や参照するデータによっても割合は変わります。
国交省では1981年(昭和56年)5月31日以前に建てられた旧耐震基準の建築物とそれ移行の新耐震基準で分けて考えており、約35%が耐震性能が無いとされています。
しかし実はグレーゾーンがあり、住宅の品質確保の促進等に関する法律(通称:品確法)が出される頃(1999年)までは、住宅の確認申請、完了検査(建物を建てる際の公的機関の審査)を受ける割合が低く、必ずしも建築基準法通りの耐震性能で建てられているかが不確かな期間がありました。
そのため新耐震だから大丈夫とは言い切れず、専門家のセミナー等では2000年以前の建物の耐震性能は疑った方がいい、現場が正解だと言われています。
割合はどうあれ、自分の家は命を守ってくれるのか不安な場合は、専門家に相談するのが良いと思います。
2.耐震補強しきれなかった理由
1970年に建てられた住宅を購入した私ですが、耐震補強について色々と書いたにも関わらず補強しきれませんでした。
理由は2つあります。
(1)L字型の平面で、そもそもの建物のバランスが悪かった
(2)外壁を改装するコストが無く、縁側の窓の補強がコスト的に困難だった
耐震補強の基本は、筋交いや耐震壁をバランス良く設けることです。
古い住宅は大工さんの経験則で何となく筋交いが入っている程度で、そのバランスまでは計算されていません。
それは法的にも求められていなかったので、昔の大工さんが間違っていたかと言うとそうではありません。
建物の耐力壁のバランスはシンプルな四角形の方が良いことは感覚的にわかるかと思います。
だから近年町中で見かける住宅メーカーの住宅は極力四角形の総二階というパターンが多かったりします。
逆にL字型だったり多角形の角数が多い住宅ほど、その建物の重心は中心から外れた位置になりやすく、場所によって揺れ方が異なり、力が効率的に分散されにくくなり、耐震性能が高い建物にする難易度、コストが上がる傾向にあります。
また今回の住まいは昔ながらの縁側があって、そこに床から天井までの大きな窓がある形をしていて、耐震性能上そこが弱点になっています。
窓があると耐力壁を設けることは難しく、もし耐震壁を設けるならば窓を解体しての工事になります。
今回プロジェクトとしての総予算が決まっており、スケジュール的に耐震補強の補助金を受ける時間的な余裕も無く、外壁を改修して窓の一部を耐力壁にするといったことができませんでした。
L字型でバランスが悪かったこと、コストの問題から下記の画像程度の補強に最終的には落ち着き、改装前は評点0.13だった所を0.65まで上げて、できる限りの安全性を確保することができた。
3.断熱補強した方が良い理由
断熱補強をした方が良い理由は「健康増進」のためです。
イギリスにはこんな指針があります。
21度:健康な温度19度:健康リスクが表れる温度16度:深刻な健康リスクが表れる温度10度:高齢者に低体温症の症状が表れる温度
単純に寒い環境は、体調不良を起こしやすい不健康な環境ということです。
また冬は暖かいし、夏は涼しいし、毎日快適な生活を送ることができます。
暑くて寝苦しい夏や、寒くてコタツや布団から出れない冬なんてストレスとは無縁の生活ができます。
これは体感的に一番大きな変化だと思いますし、実際今住んでいて快適です。
4.断熱後進国!?日本の断熱事情
日本は先進国の中で、断熱に対する対策がかなり遅れています。
下記の表の通り、省エネ基準への適合義務が日本は努力義務となっています。
実は2020年に住宅に最低限の断熱の義務基準(次世代省エネ基準)を施工する予定でしたが、もう見送りが決定しています。
次世代省エネ基準がどのくらいの基準かというと、金沢の冬場の体感温度が8度を下回らない程度と定められています。
上記イギリスで提唱されている基準と比較するとお粗末な基準となっていますが、それすら義務化できないほど日本の断熱政策は遅れています。
見送りの理由は、現段階で基準適合に対応するのが難しい事業者数が多いことが挙げられていますが、正直真面目に建築と向き合っている私としてはよくそんな家をお客さんに売っちゃうなと呆れてしまいます。
そんなこと続けていては国としては、二酸化短所排出量をいつまでも低減できないし、国際的に恥ずかしい国になってしまわないか心配です。
終盤愚痴になってしまいましたが、少しでも健康に暮らせる住まいにしようという国策はまだまだ遠いみたいです。
5.光熱費シミュレーションで、コストと性能を決める
断熱の国策が上手く機能していなくても、断熱の効果に気付いた有識者は沢山いて、断熱性能を入力することで光熱費をシミュレーションできるソフトがあります。
私の家はそのシミュレーションソフトを使って、断熱性能と何年で性能アップに伴うイニシャルコストを回収できるのか計算して、性能を決定しました。
使用したソフトは建物燃費ナビです。
次世代省エネ基準程度(冬の体感温度が8度以下にならない)
Heat20 G2基準(冬の体感温度が13度以下にならない)
私の家はHeat20 G2基準と言われる基準まで断熱性能をあげました。
国が義務化しようとしていた次世代省エネ基準と比較して、年間の光熱費(オール電化のため電気代)で51,000円程の差があります。
試算では、次世代省エネ基準からHeat20 G2基準まで断熱性能を向上させるのに110万円程のコストアップが見込まれており、約22年間で投資回収が可能という計算になりました。
22年以上住むのであればこれはお得な工事になるし、そこで過ごす期間はとても快適だし、特別な理由でもない限り22年以内に家を手放すこともないだろうし、無駄な投資ではないと判断できます。
ただし、これはリノベーションでデザインなどの制限の中で少し割高な材料を選んだりしているので、工夫次第ではもっと早く投資コストを回収することも可能だと考えられます。
他にも断熱性能が高いと、低い能力のエアコンでも十分に効くので、10年に1度買い換えるエアコンの価格も変わってきます。
私の家では30帖ぐらいの空間を14帖用のエアコンで空調しており、帖数表示でエアコンを選定した場合との差額は、価格.comでも126,000円程の差があります。
光熱費だけでは22年で回収できるコストは、エアコンの差額も考慮すると5年は縮まり、17年で投資コストを回収できる計算になります。
おそらく計算上は8帖でも大丈夫ですが、リノベでなおかつ室内間で断熱と非断熱の境界があって十分な気密性能を確保できないと判断して余裕を見ました。
エアコンの帖数表示は、50年前から変わっていない無断熱の家を基準にしており、エアコンは容量が大きくなるほど定格運転時の電気量(一番省エネで動いている時の電気量)は大きくなってしまいます。
そのためしっかり断熱したなら、暖房不可計算してエアコンの容量を選定し、無駄なコストを削減した方がお得です。
松尾設計室代表 松尾和也による概算式必要暖房能力=(Q値+C値/10)×その部屋の面積×(設定温度-その地域の年間最低温度)Q値:熱損失係数C値:相当隙間面積
6.シミュレーションの精度はどうか
シミュレーションは平均的な生活を送る家庭が使う電気量等を目安にしているため、大きく外れることもあると思っていて、毎月の電気料金をちゃんと記録しています。
現在まではこんな感じです。
1月は1,500円の差額がありますが、残り2ヶ月の差額は100円程でした。
1月の電気代が上がった理由は、設定温度を24度ぐらいで過剰設定の状態で運転してしまったことと考えられます。
2月からは22度で風量自動設定での運転でも室温は22〜23度を維持しています。
また寝るときは消すんですが、翌朝は18度ぐらいを保っており、寒くて起きれないってことが起きませんでした。
ちなみに我が家は妻が家で仕事をすることも多く、通常のシミュレーションよりも在宅時間が長い傾向にあると思いますが、それでもこんな結果で大満足しています。
毎月電気料金が届くのが楽しみになっています(笑)
7.断熱で変わったこと
最後に断熱性能が高い住まいにして変わったことをいくつか紹介します。
1.夜寝巻きの上にユニクロのフリースを着なくなった
2.スリッパを捨てて、家では靴下もはかなくなった
3.暖かいから皿洗い、風呂掃除など水を使う家事が億劫じゃなくなった
4.快適だから家に居る時間が長くなった
どれも暖かくて快適だからこそ得られる毎日の生活のちょっとした変化ですが、確実にメリットになっています。
耐震補強は地震が起きないとその効果はわからないし、何ならその効果を知らずに一生過ごしていきたいですが、断熱補強は間違いなく毎日の生活に変化を与えてくれます。
対応してくれる専門家を見つけることはまだまだ難しいかもしれませんが、住まいを大きくリフォーム、リノベーションする際は、工事費だけではなく光熱費やその後何年住むつもりなのかのライフプランも含めて検討することをオススメします。
建築と写真で素敵な生活のサポートをしたい