UEFA(欧州サッカー連盟)がロンドンで仕掛ける新たなイノベーションエコシステム
先週、欧州サッカー連盟(以下、UEFA)が「Champions Innovate」という取り組みを発表しました。個人的に、サッカー連盟として革新的な問題解決の方向性を示し、非常に面白いソリューション・アーキテクチャであると感じました。このnoteでは、新たなイノベーションエコシステムという切り口で、要点を下記にまとめてみたいと思います。
Champions Innovateとは何か
「Champions Innovate」とは、2024年にチャンピオンズリーグ(以下、CL)決勝が行われるロンドンのThe Greater London Authority(大ロンドン庁)、UEFA、そしてCLスポンサー企業の3者が連携し、開催都市に社会的・環境的インパクトのあるレガシーを残すことを目的としたイニシアチブです。具体的には、設定された3つの社会的アジェンダに対するアイデアや解決策を持つスタートアップのコンテストを実施するというもの。2023年内にスタートアップの募集・選定、2024年1月-5月の期間にパイロットデヴェロップメントを行い、成功したプロジェクトは、2024年6月1日に開催されるCL決勝戦の運営に組み込まれるようです。
プログラムを主宰するUEFA Innovation Hub
UEFA内でこのプログラムをリードするのは、UEFA Innovation Hub。この組織は、フットボールの世界におけるテクノロジー発展とイノベーション創出を目的に立ち上がり、サッカー界を取り巻く環境の変化に合わせてその役割を拡張している。今回も、UEFA内にあるこの組織が地方自治体・企業・スタートアップ・エージェンシー・ファンなどのハブとなりプロジェクトの推進機能を担っています。同組織でマネージャーを務めるCharles Frémont氏は、自身のSNSで、「イノベーションを通じて複雑な戦略的課題を解決するためには、コラボレーションが重要だと考えている」と述べています(ちなみにこの人物は以前、Paris&CoにてSport & Health領域のExecutive Directorを務めていた方)。
Champions Innovateのパーパス
UEFAのHPでは、欧州のサッカーが長期的に繁栄するための鍵をイノベーションであると定義し、「Champions Innovate」の目的として下記4点が記されています。
私は、大きく3つの観点から、UEAFが提供する価値領域を拡張する意思を示したと理解しました。1つ目は、フィールド(領域)の拡張。これまで数々のドラマを産んできたCL決勝の舞台、最高峰の試合が行われるオンザピッチのクオリティを追求するだけでなく、今後はCLのモメンタムを活用し、オフザピッチまでUEFAとしての貢献領域を拡張していく点です。2つ目は、ステークホルダーの拡張。最も印象的なのは、地方自治体とスタートアップをこのイニシアチブに取り組んだこと。これまでも大会運営の観点では、密に連携してきたライツホルダーと地方自治体ですが、今回は戦略的に社会的・環境的インパクトのあるレガシーを都市へ残すことを目的に協働している点が新しいと感じます(イノベーションエージェンシーのLondon & Partnersもプロジェクトメンバーとして参画)。そして、スポーツ業界(特に社会的影響力の大きいライツホルダー)では、権利の利害関係などの観点から、従来はスポンサー企業以外に対して排他的なアプローチが一般的でした。しかし、今回はスポンサーである大企業とスタートアップが手を組み、UEFAとともに社会的なアジェンダの解決に取り組む点に価値があると考えます。最後に3つ目は、存在意義の拡張。UEFAが自組織を超えて、開催都市のレガシーを残すことを謳ったこと。これは、自らの社会における存在意義を再定義したと捉えることができるかと思います。
募集される3つのテーマ
では、具体的にどのようなテーマが設定されたのでしょうか?今回の「Champions Innovate」では、CLスポンサーであるPepsiCo、Just Eat Takeaway、Mastercardがそれぞれテーマオーナーとして名乗りをあげました。3社それぞれが設定した課題に対するアイデアや解決策を提案するスタートアップの募集をしています。(*UEFAのHPに、コンテクスト・募集テーマの問い・ソリューションなど詳細が記載されています。ご興味ある方は、そちらをご参照ください)。
テーマ1:グリーンエネルギー(テーマオーナー:PepsiCo)
PepsiCoとUEFAは、2030年までにCL決勝のイベントをネット・ゼロ・カーボンにすることを公約しており、2024年の大会でもCO2排出量を大幅に削減することを目指しています。今回の取り組みでは、サッカースタジアムで開催されるイベントでのサステナブルな発電モデルの確立、必要な発電にファンの貢献を取り込むアイデア・ソリューションを持つスタートアップを求めています。(*PepsiCoは、以前よりUEFAと協働し、環境問題への取り組みを積極的に取り組んできているスポンサー企業です)
テーマ2:フードテック(テーマオーナー:Just Eat Takeaway)
Just Eat Takeawayは、CL決勝の会場(ロンドン、ファンゾーン、スタジアム)やそれ以外の場所で提供される食事に、喜びとイノベーションをもたらし、同時にファンがより健康的で持続可能な選択肢を選べるようサポートするスタートアップを求めています。廃棄物を削減し、UEFAの新しい健康的でサステナブルなケータリングガイドラインを満たすアイデア・ソリューションを募集しています。
テーマ3:気候変動✖️フィンテック、ファン・エンゲージメント(テーマオーナー:Mastercard)
Mastercardは、積極的な気候変動対策を生み出すフィンテックとデジタル・ファン・エンゲージメントの領域でアイデア・ソリューションを持つスタートアップを求めています。世界中に35億人のチャンピオンズリーグファンがいる今、サッカーというプラットフォームを利用して、気候変動対策に大きな変化を起こし、次世代に利益をもたらし、影響を与えるチャンスがあると謳っています。
24年6月のCL決勝に合わせたタイムライン
タイムラインは上記内容になります。スタートアップの募集は、テーマ1(PepsiCo)が2023年10月20日、テーマ2(Just Eat Takeaway)とテーマ3(Mastercard)は12月4日が締め切りとなり、12月15日までに選考が行われます。その後、2024年1月-5月の期間にパイロットデヴェロップメントを行い、成功したプロジェクトは、決勝戦の2日前(2024年5月20日)にロンドンで開催されるイベントにて披露されるとともに、6月1日に開催される決勝戦の運営にも組み込まれる予定といいます。
今後想定されるシナリオ
「Champions Innovate」のスキームはUEFAとしても初めての試みであり、実際にどの程度のスタートアップが応募し、パイロットデヴェロップメントを成功させ、プロジェクトとしてインパクトを残せるのか(≒目的を達成することができるか)不透明な部分も多いと思います。しかし、プロジェクトの関係者が発信するメッセージやイニシアチブのストラクチャーをみるに、非常にビジョナリーで野心的な取り組みであることは間違いなく、今後様々な形での発展的なシナリオが想定できると思います。
例えば、他コンペティションへの横展開。今回はロンドンで開催されるCL決勝が対象ですが、今後はUEFAヨーロッパリーグ(UEL)やUEFAヨーロッパカンファレンスリーグ(UECL)といったセカンドティア・サードティアの大会で、同様のスキームを展開することも可能でしょう。UEFAの関連イベントが開催されるたびに、欧州各国・都市で社会課題や都市課題が解決されるスキームを実現できれば、とてもワクワクする世界観です。(その際には、リーグのレイヤーごとに特色を出す必要もありそうです。例えば、CLはグローバル課題、UEL/UECLは、都市/地域課題にフォーカスするなど)。また、欧州各国のサッカー協会やクラブを統括する(規制の主導を作りやすい)UEFAが企画のオーナーであることで、開発されたアイデアやソリューションを標準化し、現場へ実装するインセンティブが強く働く可能性があると考えます。このイニシアチブを中心に形成されるエコシステムが、欧州における新たなイノベーション*スポーツの苗床になるかもしれません。これはライツホルダーの視点で考えると、企業スポンサー料や放映権料に頼りきるモデルが必ずしもサステナブルではないと明らかになってきた中、新たな価値創造のモデルとして発展していくことが期待できそうです。
今回は速報的に、UEFAがロンドンで仕掛ける新たなイノベーションエコシステムというタイトルでまとめてみましたが、いかがでしたか?今後は、「Champions Innovate」の取り組みを継続的にウォッチしつつ、UEFA内部の関係者にもコンタクトをとりながら、実施に至った背景・コンテクスト、ビジネス戦略、インパクト測定方法、組織内外のステークホルダーのマネジメント方法などについてリサーチし、発信していきたいと思います。