ウクライナからの手紙
ロシアが侵攻を始めた第一報を聞いてすぐに、8年前にウクライナ人から届いたあるメールの事を思い出しました。
そのメールにはとても切実で胸に迫る言葉で、当時のクリミア半島を巡る状況が綴られていました。
どうにかしてこの生の声を日本人に届けたい、と思い、まだ翻訳もした事のなかった僕は寝る間も惜しんで翻訳したのを覚えています。
SNSに投稿したその訳文を読み返すと、今の状況を語っているのかと錯覚するほど、この2国の関係が8年前とほぼ変わっていない事がわかります。
ここから先は、その手紙の訳文を載せた僕の投稿です。
ウクライナ危機がなぜ起こっているのかいまいちわかってないという人は、ぜひ読んでみてください。とてもわかりやすくロシアとウクライナの問題が説明されています。
以下2014年の投稿----------------------------------------------------------
仕事中に、とある買い注文先の住所を見てぎょっとした。
今世界中がただならぬ緊張を持って見守っているウクライナ騒乱の中心地とも言える、首都キエフに住むウクライナ人からの注文だった。
親ロ過激派とロシア、そしてウクライナ民族主義の右派セクター、さらにはEUとアメリカの間で板挟みになっている彼らはこの騒乱の中で今何を想っているのか、とても気になった。
だから失礼を承知でEメールを送った。
返信は、一日を待たずして返ってきた。それも、3通に分けなければならないくらいの長文だった。
読み終えてすぐ彼に、この文章を翻訳してブログで公開してもいいか、という旨の返信文を打った。ここに綴られている現地の生の声は、ウクライナから遠くはなれたこの国で情勢を見守っている日本人にとってとても貴重なものになる、と思ったのだ。
次の日「是非公開してもらいたい」という旨の返信が感謝の言葉とともに返ってきた。つい昨日の事だ。
翻訳などやった事がないので、所々拙い所もあるとは思うけれど、寛容な心で読んで頂けたら幸いです。
以下翻訳文––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
あなたのメールは全然迷惑なんかではありませんでした。それどころか、あなたがウクライナの状況に関心を持ってくれている事がとても嬉しく思います。
それに、私も今この状況に対する自分の気持ちを誰かと共有したいのです。
まずはじめに言わせてもらいたいのは、キエフは現在平穏な生活を取り戻している、という事です。
殆どいつも通りの生活を送れるほどにまで回復しました。
只一つ違うのは、誰もが毎日絶えずニュースを見張っている事です。
現在ウクライナのニュースサイトは頻繁に更新され、TVのニュース番組が報道する内容の殆どがウクライナの現況に関するものです。
キエフで起こった抗議運動は、2013年11月に前大統領のヤヌコビッチがEU連合との協定への調印を拒否した事から始まりました。これによってヤヌコビッチがプーチンの操り人形である事が明らかになりました。
彼がそれまでほのめかしていたEUへの加盟計画は、全てウソでした。
そして騙されたと知った人々は、反対の声を上げ始めたのです。
しかし、国民がヤヌコビッチに対して疑念を持ちはじめたのは、実際には彼が司法、立法、行政、三権の全てを手にした辺りからです。
ヤヌコビッチは、何の前触れも無く選出されました。当初、東ウクライナの国民は彼を心から信頼していました。しかし、大統領に就任した途端急に大統領の権限を拡大するための憲法改正を行うなどして権力を集め始め、彼の暴走が始まりました。
そしてこの暴走劇を最後に締めくくったのがEUとの連合協定への調印の拒否でした。
100を超えるデモ運動市民が、ヤヌコビッチの指示による射撃の犠牲になり彼がロシアに亡命する2014年2月の終わりまで、私たちは抗議運動をやめませんでした。
ウラジーミル・プーチンはウクライナをひどく嫌っていました。
彼はウクライナを二流市民として受け入れる形でのロシア帝国の再建を夢見ていました。
しかし、ヤヌコビッチに対する抗議運動が起こった事を受けてウクライナが彼の手から滑り落ちてしまった事を悟り、これ以上私たちへ良い顔を向けるのをやめ、軍隊による力ずくの侵略をはじめました。
またプーチンは、大統領、さらには大臣までもが亡命してしまったいわばリーダー不在で自治力の衰えたウクライナの立場すらも追い風だと捉え利用しました。
私たちは彼らに対抗するための政治体制を整える時間が必要でした。
とても悔しい事ですが、ヤヌコビッチ政権は失策によりウクライナ軍を不安定な状況へと追い込み、その間に多数のロシア人のスパイが私達の諜報部の中に入り込みました。
そういった経緯があり、ロシアがクリミアへ侵攻した時には、私達の軍隊は殆ど無力と化していたのです。
クリミアには私達の戦力となり得た軍隊がいくつかありましたが、それらを計算に入れても私達とロシアの間には圧倒的な戦力差が存在します。
この小規模な軍隊に加わってクリミアを賭けた軍事的対決に参加する事はすなわち、死を意味します。
私は個人的には、クリミアが奪われるのを戦わずに黙って見過ごしたくはないと思っています。
しかしそう思う度にいつも、この厳しい現実を突きつけられるのです。
それでは、今何が起こっているかをお話します。(2014年4月22日現在)
ロシアはあらゆる手を使ってウクライナを自らの手中から逃がすまいとやっきになっています。
世界中から非難を浴び、孤立するリスクを顧みようともせずに、出来る限りウクライナの情勢を不安定にする事に力を注いでいるのです。
ロシアは非常に強烈なプロパガンダをテレビ番組で行っています(ロシアでは時に、秘密裏にのみならず露骨に政治介入が行われます)。
そして殆どのロシア人は自分たちの事を侵略者ではなく、EUからウクライナを守ってあげているのだと信じています(残念な事に実際は真逆で、殆どのウクライナ人はEUに助けを求めています)。
東ウクライナでは、殆どの地域でロシア語が話されています。
彼らはロシアのTV番組から毎日情報を得ますので、少しずつロシア政府のプロパガンダに毒されていく事になります。
(因にキエフでは主にロシア語が話されますが、強い愛国心を持ったキエフ市民は彼らとは異なる複数の情報筋を獲得しています)。
しかしながら、ロシア政府からの強烈なプロパガンダがあるにもかかわらず、ロシアへの編入を希望する割合は東ウクライナの住民の内のほんの10-20%です。どちらでも良いとした10-20%を差し引いても、半数以上がウクライナのままでいたいと願っているのです。
とはいえ、この編入を希望する10-20%の内のさらにロシアとの国境付近に住む一部の住民を味方に加えるだけでも、ウクライナの情勢を揺るがすには事足りるとロシアは考えている様です。
私達ウクライナ人は本来、平和を愛し、戦争や人殺しを好まない民族です。
世界中の国そして人々が、ロシアにウクライナから撤退するように働きかけてくれる事を、私達は心から願っています。
勿論平和的な手段による働きかけで、です。
ロシア側は内戦を引き起こそうと必死です。しかし今のところウクライナで内戦は起きていません。
あるいは本当に起こそうとしているのではなく、あたかも内戦が起きているかの様に世界に見せかける事で、正義のための侵攻、という口実を得ようとしているのかもしれません。
幸いな事に、彼らの試みは失敗しました。
しかし彼らは巧みに私達を煽り立てようとします。彼らは、ロシアのTV局のカメラが回っている所を狙ってウクライナの警察や軍隊に石を投げつけるのです。もしこの挑発にのって警察や軍が動いたとなれば、彼らはすぐさまウクライナ人がロシア人を攻撃している、というストーリー仕立ての番組を作るでしょう。
ですからウクライナの警察や軍隊は実質的には効力を失っています。法による強制的な取り締まりが一切出来ない状態にあるのです。ウクライナを挑発できない状況にあった時でさえも、彼らは物語をねつ造しました。一度や二度ではありません。
そしてロシアの人々はその番組さえも信じてしまうのです。
これが今、私がウクライナで見ている現状です。
私もニュースを見て情報を仕入れているので恐らく若干の偏りはあるのかもしれませんが、出来るだけ様々な情報源から現状を分析して事の成り行きを冷静に捉えてきたつもりです。ですので、私の紹介したお話がより真実に近い事を願っています。
私達は世界中の国々にとても感謝しています。
殆どの国が私達を応援してくれています。これは私達にとってとても大事な事なのです。
この問題に対して世界中の関心が集まっていなければ、ヒトラーがチェコスロバキアに対して行ったのと同じ様にロシアはためらいなく私達の国を丸ごと占領していたでしょう。
ウクライナ軍は、ヤヌコビッチの失策によってほぼ無力状態となってしまいました。ヤヌコビッチが政権を握るまで私達は、軍隊に対してそれほど強い関心を持っていませんでした。
私達はもっと軍隊に対して注意を払うべきでした。
この21世紀の内に隣の国が攻め入ってくる事など、誰も想像もしていなかったのです。
この大きな問題の枝葉を辿った先の根元には、プーチン大統領の個人的な帝国再建への憧れが存在していると、私は確信しています。
そして彼を支持するロシア国民も、プロパガンダに踊らされてい彼の犠牲者に他なりません。
プーチン大統領が今の地位を退く時、この悪夢は過ぎ去るでしょう。
彼が一刻も早く大統領の座から遠のく事を、私達のみならず国際社会全体が強く望んでいる。
私はそう信じています。
キエフの一市民より
翻訳文終わり––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––
本人の希望により、名前は伏せました。
もし彼に何か伝えたい事、聞きたい事があれば、こちらにメッセージを送って頂ければ翻訳して送ります。英語でも日本語でも、どちらでも結構です。
ここまで読んでくれて、本当にありがとう。
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