それぞれの視点からの「まちづくり」
らしく株式会社・税理士の堀です。
みなさん、「まちづくり」や「地域活性化」って言葉を聞いてどんな事をイメージしますか?
たぶん、今まで育ってきた環境や地域、社会に出てからの経験値、仕事の内容、家族構成、信頼している情報源(ソース)などに応じて、本当にバラバラなのでは?と思います。
例えば分かり易い話として、
・埼玉のベッドタウンといわれる自治体なら、「住みやすいまち」として都心部への公共交通網の整備、駅前開発、医療や教育の充実などを進めて主に現役世代の人口を増やし、個人住民税と固定資産税の安定した税収を得て財政基盤を安定させることが「まちづくり」の1つだったり、
・主要駅の近くでマンション開発をする大手デベロッパーなら、付加価値やブランドを感じるマンションを建設することで安定して一定以上の所得を確保できているファミリーや個人に入居してもらい、併せて周辺(又はマンション内の一部)に商業テナントを誘致し、マンション周辺で1つの「経済圏」を創ってしまうことが「まちづくり」だったり、
と、おおよそのイメージですが立場や視点で本当に枝分かれします。(笑)
自治体や建設・不動産の業者も地域や規模が変われば更に考え方も変わり、それ以外に、住民や観光客、地元事業者、NPOなどに「少しずつ違うまちづくりの考え方」が入り組み、異なる価値観の大渋滞になっている。
これが、すごい多様性に満ちた「まちづくり」という抽象的な言葉の中身であり、不思議な点でもあると思ってます。(まちづくり、という言葉が正しいかどうかはさておき・・)
それで、自分はなにを感じているかというと主に以下の3つです。
・異なる立場、視点をもった人どうしの対話がまだ足りない
これはそもそも対話が必要と感じていなかったり、対話を避けているケースも多いように思います。
併せて対話する機会やそれを促す仕組みもまだ不足していると感じます。
・居心地の良いコミュニティから1歩外にも出る勇気
似た価値観をもつ人どうしは繋がり易いと思いますが、もう1歩外に出て良いと感じます。
災害や繋がりの希薄化なども影響し、コミュニティの重要さを伝える書籍や情報はかなり増えたと感じますが、心理的安全性が担保された心地良いコミュニティ創りから、更にもう1歩外に出て違う価値観に触れて起こる化学反応を味わうことがより重要になってくるように感じます。
・自身の取組みで「できていないこと」を受け入れる
これはまちづくり含めソーシャルビジネス全般に言えるように感じますが、自身(自社)が目指す未来、ありたい未来を発信する事には注力するものの、一方で自身の取組みではフォローできない(できてない)点を把握して素直を受け入れた方が、それを改善・解決している方へのリスペクトが生まれて素敵な世界が生まれると思ってます。
・(自分含め)それぞれの立場から十分な「言語化・可視化」ができていない
これはややテクニカルな要素ですが、まちづくりという言葉が多分に曖昧さを含んでいる以上、これに取り組んでいる人はやはり分かり易い形にして伝える意識は必要なのかなと感じます。これをきちんとすることで、余計や誤解やすれ違いを未然に防ぐこともできます。
次回(たぶん来週?)は自分自身が実践や支援させて頂いている「多様なまちづくり」について少し書いてみたいと思います。