あの日あの場所で
10年前。
品川駅は港南口で週に二回の路上ライブをしていた僕は当時すでに27歳になっていた。
(川崎駅でも週一回歌っていたから、厳密には週三回の路上ライブをやっていた事になる。今思えば毎日バイトしながら良くも下手くそな歌を撒き散らしていたなと我ながら感心する。苦笑)
自分の中にある伝えたい気持ちと、それが多くの人に伝わらない現実。至らない実力。色んな気持ちが上手に扱えない無力さや虚無感で、歌う事を止め、空を見上げていた。
「ちょっといいかな。」
そこに立っていたのは、膨よかな体格と柔らかな物腰、背はそれほど高くないものの、妙に威圧感のある眼鏡の初老男性の姿だった。
「俺のところのお祭りで歌わないか?」
路上をやっていると時折こう言った誘いを受けるが、この時は感触が違かった事を覚えてる。
「お祭りは10月で」「色んな人に紹介する」「それまで事務所とかに入らないで」
5月半ばか終わりだったか、そんなタイミングで10月の話をされてもピンと来なかったが、何か先に光がある様な気持ちにさせられた。
彼は、木更津に帰るバスを待つ間、港南口で小休憩する間、度々僕の歌を聴いては何かを感じ取ってくれていたと言う。
それから彼は、忘れた頃に現れると「お祭り」の概要や詳細を語り、また消えていくと言う距離感で僕の折れそうな想いの糸を繋ぎ止めてくれた。
そして、お祭り当日。
与えられた20分と言う短いステージに僕は全てをぶつけた。飛ぶように自主製作のCDが売れ、某雑誌の編集長や有名ラジオ局の社長さん、沢山の事務所関係者を紹介された。
FMのラジオへのゲスト出演も決まり、今まで見えもしなかった世界が広がっていった。
勿論生活が激変するほどの奇跡は起こらなかったが、今まで自分なりに頑張ってきた事を「これで良かったんだよ」と自身で肯定してあげるには充分過ぎるご褒美だった。
それから路上ライブの回数は間引きながらも、毎年5月になると出演の打診があり、「打ち合わせ」と題して新橋で数回酒を交わし(笑)、10月にはステージに臨むと言うルーティンが6年程続いた。途中から「司会やるか」と言われれば「やります!」と何でも引き受けた。
彼が僕を信じ、何かを与えてくれる事が心底嬉しかった。
父親よりも歳の離れた彼の側にいる時間や、押し付けのない、それでいて学びの多い会話が僕は大好きだった。
それが一変したのが、4年前。
突然区役所から「あなたがt.さんですか?」の一報。
訳が分からず「はぁ。はぁ。」と返事をしていると、「前任者の方がご病気でステージを管理出来なくなり、後任にt.さんが指名されまして、、」
「?」である。
直ぐに彼に連絡を入れると電話口に出たのは彼の奥さんを名乗る女性。
直ぐに時間を作り病院まで会いにいった。
病名は癌。その時点でもうお祭りを仕切れる様な状態にないのは素人の僕でも分かった。
「もし俺が出来なくなったら、t.にやってもらいたいって言ってたんです。」
奥さんの言付けに、どんな顔で「分かりました」と言えば良いか分からなかった。
僕は、彼との祭りが好きで、彼が指名してくれた自分でステージに上がっていくのが好きだったのだ。
それを急に僕が仕切る?統括?
ちなみに、このお祭りを仕切ると言う事がピンとこない方も多いかもしれないが、実はこれ、やりたい人からすると喉から手が出るほど欲しい役周りなのだ。
何故かって、ステージのキャスティングからスケジューリング、ギャラまで決められる。
例えば、芸能事務所なんかをやってる人からすれば、全部自分の所の歌手やタレントさんで埋め尽くしてしまえば丸儲けの案件になるのだ。
事実、急転直下 彼が不調になり「出来なくなった」との情報が出回った後、やりたがる人間の詮索は後を絶たなかったし、何なら僕の所にも「協力するよ」的な擦り寄りも幾つもあった。
前任者の彼はそれを見越して、あの場所を愛し、私物化しない人間。つまり僕を指名したと言う事なのだ。
彼が大切に創り上げた場所、愛したステージ。
僕に出来る事は、彼の想いを継いで、大切にこのお祭りを成立させる事だけだった。
僕を肯定してくれた場所を汚す事は絶対に許さない。
その年は、彼に関わりのあったアーティストさん達に出来る限り出演してもらい形にした。
結果的に、お祭りまで生きる事が叶わなかった彼に届く様なステージになる様やれるだけやった。
僕も歌った。初めてもらった時と同じ20分の枠に自分自身をキャスティングして歌った。
客席の後ろの方で腕で大きく「◯」を作ってくれる彼はもういない。何処にもいない。
憎たらしい程晴れ渡った空を忘れる事はないだろう。
清々しくて空くて、だけど綺麗な綺麗な秋晴れだった。
初めて出演した年から今年で10年目。
今週末、今年も節目のお祭りが終わった。
10年前品川駅の港南口で拾われた僕が、今では次の世代の表現者があがるステージを作っている。
僕の心にはいつでも彼がいる。
僕の下手くそな努力を肯定してくれた彼がいる。
次は、僕が誰かを肯定してあげる番だと思ってる。
彼が、何もない僕を認めてくれたみたいに。
今年も沢山の人に愛されたステージ。
彼もこんな風に僕を見ててくれてたのかな。
心からのありがとう。貴方が大好きです。
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