Employee Engagementとタイムマシーンビジネス

従業員エンゲージメントのバズり

ここ1年~2年でしょうか、日本の多くの企業が”従業員のエンゲージメント向上”に対する取り組みを開始しているます。そして、多くの企業ではエンゲージメントの取り組みについて頭を悩ませています。
事実、私がここ2年で会話したすべてのクライアントは従業員エンゲージメントの向上をプライオリティに挙げていました
日本の従業員エンゲージメントが全世界の中で最下位であることは有名な話ですが、ここにきてその”エンゲージメント”を高めなくては、と、一斉に全日本企業が慌てふためいているという印象です。

経済産業省:企業の戦略的人事機能の強化に関する調査報告書よりGallup社のデータをチャート化した図を参照

なぜ”今”?という点はいったん置いておいて、なぜ”日本は従業員のエンゲージメントがここまで低いのか”について考察したいと思います。

従業員エンゲージメントが低いのではない

まず、そもそも日本企業の従業員はエンゲージメントが低いというよりも、従業員エンゲージメントという概念が存在しなかった(もしくは希薄であった)と言ってよいのではないでしょうか。そもそもEmployee Engagementを適切に表現する日本語の単語が見当たりません。
(上述の報告書では「従業員の自発的な貢献意欲」と上手に訳していますが、やはり単語として表せていませんし、定着もしていません。)

なぜ概念が存在しないのか

終身雇用が当たり前だったから、に尽きます。
1つの企業に就職(就社)しそのまま一生勤め上げる。リタイア時にようやく退職金という”後払い”給与でまとまった資金を得て住宅ローンを完済し、人生エグジット。これが"サラリーマン"が漠然と信じているテンプレでした。これは今でもそれほど変わっていないと言えます。

ハタチそこそこで業界知識もゼロに近い未熟さで採用された企業に何の疑問も持たずに人生を預ける、、、転勤により住む場所すら会社に指定される、、これが当たり前とされている状況下では

「私は今この会社で働いています、、なぜなら○○だから」

という割とシンプルな一文が書けなくなります。つまり、

「私は今この会社で働いています、、なぜならこの会社に入社したから」

程度の薄弱な就業意識しか持たずに働くことになるでしょう。
個人的にはこの慣習は軽いマインドコントロールとセットで行われているように感じますが、あながち間違えでは無いと思っています。

「会社に不満はある、でもこの会社に居続ける」という不思議 も、同じかと。つまり「嫌ならなぜ辞めないの?」に対して「この会社に入社したから。」になってしまっています。

上記の状態で働かせることを日本におけるコーポレート・ガバナンス分野の第1人者 伊藤邦雄氏 は「従来型雇用は慣性に基づく楽観主義」と表現しました。まさに”慣性”ですね。

一方で、自己のキャリアステージに応じて会社を変える、というのが当たり前の環境、つまり欧米のような人材流動性が高い環境では、人は”今の会社で働く理由・目的”を模索し続けます。
今の会社に残るも、辞めて次の会社に行くも自分次第、自分で選択します。自分の意志が軸となる就業感では、当然その会社を選択する(もしくは辞める)「理由・目的」を自覚します。

「私、今はこの会社で働いています、なぜなら専門知識を学べるから。」
「私はこの会社を辞めます、なぜなら優秀な人が少なかったから。」

この状態でようやく「今所属している会社に対するエンゲージメント(貢献意欲)」を測る意味が出てくるのではないでしょうか。
つまり、人材市場における流動性が高く、 雇い手側と働き手の関係がより対等な状況下では、雇い手は「選ばれる・働き続けるに値する会社で居続けるための努力」「一度採用した働き手が活躍しやすくするための努力」が必要であり、だからこそ従業員エンゲージメントを測る必要があったということです。
なお、Gallup社によると、エンゲージメントが低い社員群は高い社員群と比較して離職率が67%高いという、非常に高い相関性が見つかっているとのこと。決して ”楽観的” ではいられないのです

いま日本で起きている「エンゲージメント」ブームは、人材流動性の低い終身雇用前提のモデルに、”エンゲージメントを高める”という舶来の概念だけを持ち込んで測っている状況です。

そのため、日本の人材マネジメント分野は今後、人口動態や終身雇用の見直し、ジョブ型への移行や税制の見直しなど様々な要素とセットで独自のモデルが出来上がってくるものと考えられます

※一方で私が所属するIT業界では既に、スキルを高めてキャリアアップするという概念が割と強く、最近はだいぶ人材流動性高いと感じますし、危機感も高いと思います。伝統的な超大手IT企業でも従業員の約半数は転職組という状況ですし、はっきりとした意志をもって就業している若手も多い印象です。

人材管理の分野は横文字の宝庫

ところで、Careerや、Employee Engagement、Well-being、Inclusion、Human CapitalやEmployee Experienceなど、、人材管理の分野はシンプルな日本語に置き換えにくい英語が非常に多いです。これは人材マネジメントの分野には、欧米には存在するが日本には存在しない概念が多い という証拠でしょう。

さらに、上記METIのレポートはMercer社(US)の日本法人が作成しています。上述のエンゲージメントのベンチマークはGallup社(US)が世界規模で実施、企業におけるエンゲージメントサーベイ用のAIツールのメジャーどころはGLINT(US)です。今のところこの領域における知見は外資企業に頼らざるを得ない状況がお分かりかと思います。

当然、先行者として知見を持つ各会社の日本法人は、現在日本市場でタイムマシーンビジネスに取り組んでいる最中です。

欧米企業は、新しい”言葉”と共に市場カテゴリーを”新概念”として作り出すことを得意とします(Category Creation)。そしてその領域に対する取り組みで得た知見やフレームワークを武器にその分野において深い知性を持つ企業として振舞います(Thoght Leadership)。

日本の固有の状況

日本は、あと数年後(2030年)に人口の1/3が60歳以上になることが確定しています。つまり企業は、超希少な若手労働力に対する争奪戦に備える必要があります。働き手がいなければ、企業活動そのものが減速します。
人口減少・少子高齢化は大半の先進国で起きていますが、日本は最も早く激しい少子高齢化を迎える国であり、その対応を世界が注目しています

出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ消滅してしまう。

イーロン・マスク

逆い言うと、日本は世界で最も早いタイミングでこの課題に取り組むことで、後続の少子高齢化問題を抱える先進国に対して知見を輸出できる立場にあるとも言えます。つまり日本は自国における少子高齢化への取り組みを基に、Category Creation+Thoght Leadershipを演じることができる可能性があるということです。

とは言え日本以外でも既に始まっている

マイクロソフト本社でも、ここにきて先進国における人口減が話題になり始めています。社内では先進国における人口動態のチャート(日本ではおなじみの逆三角形のもの)が参照され、テクノロジーによる貢献等について議論が徐々に始まってきている印象です。
また、先進国の中で唯一人口が増加している国、アメリカでも、労働者の人口という点では、ほぼ横ばいになってきていると言います。

I do think that one of the things that we're going to see for the rest of our lives and the rest of this century is a changing demographic picture for the United States. The population is't growing the way it used to. The size of the workforce-age population, those between the ages of, sa, 20 and 64, that's  almost flattening in the United States, it's actually falling in plcase like Japan and Western Europe.

GeekWire:マイクロソフト副会長Brad Smithのインタビュー

いまさらですか?と思ってしまうような内容ですね。日本では本問題についてはだいぶ前から論じられていました。
日本は、是非課題先進国として本気で試行錯誤を行い、課題を克服し、結果得た知見・フレームワーク・テクノロジーをもってこのカテゴリーにおいて世界に貢献できるような状況になれることを願います。

最後に

日本型の従業員エンゲージメントを考慮するならば是非「若手従業員エンゲージメント」に集中すべきです。人口も多く好景気だった一時期に大量採用されていた世代(50代)は企業内人口のボリュームゾーンですが日本企業特有の”全員への公平性”を重視すれば当然このボリュームゾーンにベネフィットの偏りが生じます。結果、若手争奪戦へ備えるはずの取り組みが本末転倒になります

人口問題により、各所が難しい局面を迎えるとは思いますが、これを変換点に若手がのびのび活躍できる日本に、そしてそれが他国の規範になるような状態になることを願います。

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