【小説】みどりとミドリ 第1話(改訂版)
6月某日
梅雨入りをスマホニュースで知った私は、使い慣れたリュックを背負い
玄関に向かう。今日の講義は外せない。最近いろいろと忙しくて、大学をサボっていたから。
「お父さん、行ってくる。夕飯はバイト先で食べるからいらない」
居間でぼんやりしているであろう父に、私は言葉を投げかけた。
父は一言も返さなかったが、私も学校に行かねばならない。
マンションの玄関を開けて、私は大学に向かった。
「ミドリー!」
午後、講義を終えた私に後ろから友人のメグが声をかける。
「ミドリ、今日って暇?それともバイト?」
メグは私と違って、天真爛漫でまるで世間知らず。話す内容はだいたい決まっている。片思いのケイスケ先輩のこと、はまっている男性アイドルのこと、合コンをやってほしい、ご飯をおごってほしいとか…。
「私はこれからバイトだけど?」
「何時におわる?私のうちで宅飲みするんだ。カリンとユリカと!良かったらミドリもおいでよ~!」
私は、メグの方を見ずに前を歩きながら答える。
「私、カリンのことあんまし好きじゃないんだよね」
メグは私の目の前に割って入り
「そんなこと言わないでよ~!カリンがもしかしたらケイスケ先輩も連れてくるかもって!」
メグは目を爛々と輝かせて言うが気乗りしない。
「なら余計に私いらないじゃん。ケイスケ先輩、私には関係ないし」
メグは私の右腕をつかみ「ねーそんなこといわないでさー!」とブンブン振り回す。はぁ、面倒くさい。
「メグ、私今日は忙しいの。だから、今日は無理。それじゃ」
無理矢理メグの腕を振りほどいて、早歩きでメグから離れる。
「じゃあ、あとでチャットするから~!」
メグの声が聞こえた。行かないってば。
バイトを終え、店の前に彼氏のショウ君が待っていた。
「よっ、ミドリ。今、車を路中してるから早く乗って」
店の前の大通り。22時を回りそんなに交通量もないが、パトカーに見つかったら怒られてしまう。急いで車の助手席に乗り込み、発車した。
車内にはロック系の音楽が流れている。ショウ君の趣味だ。
私はそんなにロックに興味はないが、今流れている曲について聞いてみた。
「この曲だれ?」
「ああ、Sugar saltっていうバンドの『ハイド』。ギターボーカルが死んで遺作ってファンの間では呼ばれているんだ。」
なんか聞いたことあるようなないような…。私はリュックからタバコを取り出して、
「吸っていい?」
とショウ君に聞いた。
「ああ、いいよ。バイトお疲れ。酔っ払いの相手、大変じゃない?」
彼なりの労いなんだろう。
「居酒屋だからね、慣れたよ。でも時給良いし。金曜と土曜以外は暇だしね。」
「そっか~。俺のとこはそういうの無いからな。倉庫作業なんてほとんど人と関わらないからさ~」
ショウ君の職場の話が始まり、私は相槌を打ちながら紫煙を外に吐き出していた。
たどり着いたのは、大きな駐車場があるコンビニ。その隅のスペースに停車してエンジンを切った。
「わりぃ、俺もタバコ買ってくる。」
そう言うとショウ君は車を出てコンビニに入っていった。
私は短くなったタバコを消し、灰皿へ入れた。
すると、
「ミドリ?」
声が聞こえた。
声の元は近かった。私のいる助手席の外からだ。
あれ?あの子は…。
私は外に出て、その娘を見て思わず声を上げた。
「みどり?園崎みどり?」
その子はうなずき、
「そう!やっぱりミドリだ!久しぶり!高校以来だよね!」
園崎みどり。
高校時代の同級生。透き通った白い肌。きれいな黒髪。太ってもいなくて普通のスタイル。大きな瞳で愛らしく、友達もそこそこいた。
だが…
「ああ、その…みどり、この町にいたなんて…」
みどりは高校2年の秋、突然転校してしまった。
いじめも無かったし、家庭環境も悪くなかったと聞いていたが。
「お待たせー!あれ、ミドリ?」
ショウ君が帰ってくると、私がみどりと話しているのを不思議がっていた。
「ああ、ありがと!ショウ君紹介するね!この人は高校の時の同級生、園崎みどり。」
ショウ君は若干緊張しながら挨拶をした。
「白川ショウです。はじめまして。っていうかミドリと同じ名前っすね!」
「はい。高校の時はよく言われていました。友達の間では、私を『みどちゃん』って呼んで、ミドリは『ミドリ』って呼んでました。」
相変わらず、みどりは愛嬌のある笑顔なんだなぁ。私は改めて感心した。
「じゃあ、俺もみどちゃんって呼んでいいっすか?」
「ええ、どうぞ。」
「へへ…あ、みどちゃんは家近いっすか?ミドリを送っている最中なんですが、良かったらみどちゃんも乗ります?」
ショウ君は夜遅いから危ないって気を遣ったんだろう。私はそんなデレてるショウ君に少し嫉妬した。
「あ、いえ。私の家近いので大丈夫ですから。」
みどりはショウ君の誘いを丁重に断った。
「そっすか…じゃあミドリを送るから、これで…」
「はーい」
ミドリは軽く頭を下げた。ショウ君は車のエンジンを入れた。
私が乗車しようとすると、みどりが私の耳元で囁く。
「私、忘れていないからね。」
私は凍りついた。みどりの言葉に温度を感じなかった。
ゆっくりとみどりに向かって振り返ると、彼女はにっこり微笑んでいた。
「またね、ミドリ」
また、温度のない言葉だ…。
私は返事もせず、車に乗り込み急いでシートベルトを締めた。
「どうした?なんか顔色悪くね?」
ショウ君が心配していたが私は平然を装った。
発車し駐車場を後にする頃、私がサイドミラーに目をやると、
愛らしいはずのみどりが無表情で私を見つめていた。
翌日。
いつものように目覚め、大学に行く準備を済ませる。
「お父さん、行ってきます。」
居間でぼんやりしているであろう父に、声をかけたのち私は家を後にした。
「野島さんは彼氏いるの?」
講義が終わり校門を目の前に歩いていた最中、何者かが話しかけてきた。
それはメグの大好きなケイスケ先輩だった。
「え?いきなり何?」
「メグちゃんから君の話題が出るんだよ。俺、気になっちゃって。」
あー、これは面倒くさい。
「メグから聞いてないですか?私、彼氏いるんで。」
すると残念そうな顔をして、
「そっか…もし、何かあれば相談に乗るからさ。」
メモ帳の切れ端にアルファベットが書かれた紙を渡された。恐らく、ケイスケ先輩のアドレスなんだろうな。この男は清潔そうに見えて、かなりの遊び人なんだろうな。
私は紙を受け取らず、足早に去った。
その日の夜。バイトを終えて自宅マンションに向かう途中。
人がまばらになり、赤点灯している横断歩道の前で立ち止まる。ワイヤレスイヤホンからは、昨日聴いたSugar saltが流れていた。
グサッ。
何かが背中に当たる。
グサッ。
何かが背中に当たる。
グサッ。
何かが背中に当たる。
振り返ろうとしながら、私は倒れ込んだ。
言葉が出ない。痛い。熱い。痛い。
うずくまった私が見たのは、お腹の当たりのシャツが真っ赤に染まっていた。その先には、コンバットブーツ。
カランと音を立て何が落ちた。大きめのナイフだ。
私の視界が闇に染まる。もうダメだ。私はこれで終わるんだ…。
(第2話へ)
【校正協力:紫月ユカ】