【小説】みどりとミドリ 第4話

6月某日
 梅雨入りをスマホニュースで知った私は、使い慣れたリュックを背負い
玄関に向かう。
「お父さん、出かけてくる。夕飯は要らないから」
居間でボーっとしているであろう父に、私は言葉を投げかけた。
 すると父の声がした。
「ミドリ、学校は?」
 靴紐を結う私の手が止まる。学校?
「お父さん、何言ってるの?高校なら卒業したじゃん?」
 少しの間の後、
「ああ、そうだったな…。私の勘違いだった。」
 お父さん、ボケたのか?まぁ、いいや。
マンションの玄関を開けて、家を出た。

 今日はバイトもシフトに入っていないから一日オフ。久しぶりに一人で新宿に出かけた。

 私は1人でいる事が好きだ。別に友達が居ない訳じゃない。高校の時の友達ともたまに会うし、バイト先の人とも遊んだりする。
 何かやりたいものもないが、何にも縛られたくない。

 だから今日は完全に1人だ。

 新宿のタワレコに向かう。
私はロックが好きだから、洋楽・邦楽のロックコーナーに足を運ぶ。
 邦楽の方に出向くと、看板商品が並んでいた。
「あ、Sugar saltだ」
 私の好きなバンドの新譜。でも解散を発表したからこれが最期の作品になるのかな。
「『トワイライト』?まぁ、良いや。視聴しよう。」

 視聴を済ませて、会計を済ませタワレコを後にした。

 南口のテラスにふらっと向かう。線路の束を見渡しながら、手すりに両手を乗せる。
スマホにはお気に入りの曲が100曲ほどある。Bluetoothイヤホンから流れるメロディは、私をある種のトランス状態にする。
「はぁ、良い気分…」

 しばらく音楽の世界に没頭していると、横に見知らぬ女性が立っていた。

「…!」
 私に向かって何か言っている。
すかさず、イヤホンを外すと、
「ミドリ!あいつがこの近くにいる!」
「…?え?あの…誰?」
 何故この女性は私の名前を知っているのだろうか?
「良いから来て!」
 女性は私の腕を掴んで、乱暴に走り出した。私は焦ったまま走る。
「ちょっと!え!?」

 ビルの間の薄暗い裏路地に着くと、彼女は手を離し、お互いに息を切らしていた。
「ミドリ…!」
「あの…さっきからなんで私の名前を?」

 すると彼女は
「ああ、そっか…。ごめん。私はユリカ。」
 ユリカと名乗った彼女は黒いTシャツにデニムのショートパンツ。深々と被った傍から黒髪を覗かせていた。
「えっと…ユリカさん、でしたっけ?一体どういう…?」
 私の話を遮り、両手を私の両肩に乗せた。
「今すぐ東京から出た方がいい。あなたの為なんだ。」
 いまいちよくわからない。
「いちいち説明してらんない!確かに私はお金をもらってた。でももう無理!友達を利用したくないし、死なせたくない!」
 何を言ってるんだ?
「友達って…私、ユリカさんとは初めて会ったんですよ?」
「そうかも知れない!あなたは私の知らないミドリ!でも、私はあなたを何回も見てる!」

 分からない。何を言ってるのだろう。
すると、私の脳裏にあるビジョンが浮かぶ。

ーーーーーーーーーーー
「私達のせいだ…」
「違うよ、ユリカ。〇〇が悪いんだよ。」
「だって!私達が行動しなかったらこんな事にはならなかったんだよ!!」
「じゃあ、このままあの女にバカにされ、貶されたままで良かった?!」

ーーーーーーーーーーー

 何なの…?このビジョンは…。
初めて会ったユリカさんと話をしていた?
私は頭を抱えた。
「大丈夫?ミド…」
不意にユリカさんの身体が反り返った。
そして、そのままユリカさんは倒れた。

 目の前には、白いブラウスとロングスカートの女が鉄パイプを持っていた。
「ユリカ。ダメだよ。余計な事しないで。」
 ゆっくり女が近づいてくる。
 私の足をユリカさんが掴み、
「にげ…て…ミド…」

ドン!!!
次の瞬間女がユリカさんの頭を鉄パイプで叩いていた。
「ばか。ばか。ばか。」
リズム良く3発。ユリカさんの身体がピクピクし頭から血が広がっていた。

 女が近づいてくる。白いブラウスに赤い鮮血をべっとり付けながら。私は腰を抜かしその場に尻をつく。

「まーだ早いよ。ねぇ?ミドリ。まだ私は満足してないから。」

言葉も出ない。歯がガチガチ言ってる。怖い。
誰かたすけ

ドン!!!!



 
 痛い。熱い。誰か助けて。
声が出せない。身体も動かない。

私は死ぬ間際、あの女を思い出した気がした。

(第5話へ)





いいなと思ったら応援しよう!