【小説】みどりとミドリ 第6話
6月某日
梅雨入りをスマホニュースで知った私は、使い慣れたリュックを背負う。どういう訳だかリュックが赤く染まっている。しかし、それどころじゃない。
「お父さん、行ってくる。夕飯はバイト先で食べるからいらない」
居間でボーっとしているであろう父に、私は言葉を投げかけた。
父は何も返さなかったが、私も学校に行かねばならない。
マンションの玄関を開けて、私は大学に向かおうとした。
だが。
私の意識が脳内が疼く。ズキンズキン。
グサッ。
何かが背中に当たる。私は倒れる。
なんだこのビジョンは。
ハッと我に帰った私は今履いた靴を脱ぎ、今へ向かう。居間の入り口に入ると壁にあるテレビを見る父の背中があった。私はゆっくりと父の背中の前まで行き、声をかける。
「あなた、誰?」
私の声に反応したのか、父は首を少しだけ私に向ける。だが、表情まで見えない。父の右腕はリモコンを手に取り、テレビのスイッチを消した。父は大きく深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がる。
「ついに、この時がきたのか。」
そういうと、父はゆっくりと振り返る。やっと表情が見えたが、そこにいるのは私の父では無かった。私は『ハッ』と声をあげて、一歩下がる。目の前の男は右腕を前に出し手の平の中を向け、
「心配するな、私は何もしない。」
と優しい声をかけ、男は手を下げた。
「私が…誰だか分かるかな?野島ミドリさん。」
男は落ち着いた口調で問いかける。
「…あなた、みどりのお父さん?」
男は口角を上げ、フッと笑みが溢れる。
「そうだ、私は園崎ミツオ。園崎みどりの父だ。」
園崎ミツオ。世界が誇る園崎製薬会社の社長。齢60歳位だが、清潔感がありダンディだ。その園崎ミツオが何故、私の家に?
「ミドリさん。たくさん聞きたい事があるだろう?私はみどりの父親として、あの子を止められなかった。あの子が悪魔に堕ちるのを見過ごしてきたんだ。」
「どういう事ですか?」
私が聞くと、園崎はキッチンに向かいコーヒーを淹れ出した。
「話が長くなる。座りたまえ。」
私は今の真ん中にある長方形のテーブルの園崎が座っていた対面に足を崩して座った。程なくして小じゃれたティーカップを園崎は私の前に置く。そして、園崎は元居た座布団に座りこんで自身の飲みかけのコーヒーを一口飲んだ。
「教えてください。この『なんて言っていいか分からない説明に困るこの状況』を説明してください。」
私は自分で言ってて支離滅裂なのも承知だ。でも園崎にはそう言えば伝わると確信があった。彼の表情には諦めと潔さが見えた。
「全ては3年前から始まった。」
「3年前…?」
「君のお父さんと…私の息子、つまりはみどりの兄が亡くなった…あの事件だ。」
「私のお父さんは…亡くなってる…?」
不思議と悲しくなかった。肉親の死だと言うのに…。
「君はお父さんの事、覚えているかい?」
私は本当のお父さんの事を思い出そうとした。だが、何も脳裏に浮かばない。
「いえ…何も…。」
少し、間が空いた後に園崎は話した。
「そうか…。それがジグソーパズルの最後のピースなんだ。それを手にしたら、こんな悪夢も終わる。」
「どういう事?!ちゃんと説明して!!」
私は苛立ってテーブルを強く叩いた。
「君の…」
園崎の声が震えてる。
「君の…お父さんを…」
園崎の目から涙が溢れている。
「君の…お父さんを…私の娘が殺したんだ…!」
園崎はくしゃくしゃに顔が歪み泣き出した。嗚咽。私はただ、何も出来なかった。
どれだけの時間が経ったのか?ほんの数秒なのだろう。とても長く感じた。園崎は罪の意識があるのだろう。
「その…みどりのお父さん…。えっと…。」
「どうしてだと思う?!それはな!」
突然園崎は声を荒げ、私を指差して
「君が…!私の息子…園崎ショウを殺したからだ!!」
え?
どういう事?
え?
みどりは私のお父さんを殺した。
その原因は、
私が…みどりのお兄さんを殺したから…?
「うっ…!」
頭が割れる様に痛い。私は頭を抱えた。
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「この曲だれ?」
「ああ、Sugar saltっていうバンドの『ハイド』。ギターボーカルが死んで遺作ってファンの間では呼ばれているんだ。」
なんか聞いたことあるようなないような…。私はリュックからタバコを取り出して、
「吸っていい?」
とショウ君に聞いた。
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ハッと意識が戻る。動悸が止まらない。
園崎が心配そうに私を見る。
「…ショウ君…?え?ショウ君は私の彼氏…あれ?え?」
「そうだ。5日前に殺された君には白川ショウという彼氏が付いていたケースだ。4日前に殺された君には彼氏はいないケースだ。」
更に動悸が止まらない。
「白川ショウという名前に違和感を抱かなかったか?それが5日前の君に対する実験だった。4日前の君には、彼氏が居ないという違和感を抱くか?大脳新皮質にニューロンとシナプスが再び結びつくか?」
凄みをきかせ、畳み掛ける様に園崎は語り出した。
すると、園崎の後ろに女が立っていた。
私はそれを確認するや否や、
ズガン!!!!
鼓膜が破れんばかりの銃声。
園崎は頭から血を流しテーブルに突っ伏した。
「パパ。喋りすぎ。」
私は恐る恐る女を見上げて
「みどり…?」
園崎みどり…!
みどりは自分の父親の頭から溢れた血だまりに左手を付ける。手をあげて、手の平に着いた血をいやらしく舐め始めた。
「あははぁ…。血の味ってみんな同じなのかな?カズユキさんも、メグも、ユリカも、パパも同じ味。…まずっ。」
恍惚な表情を浮かべてはいるが、みどりは父親の血をぺっと吐き出す。なんて異様な光景なんだ。
「あ、でもね?お兄ちゃんとみどりの血の味は好き。えへ。」
ズガン!!!!
今度は私の頭を撃ち抜いたようだ。みどりは倒れた私の顔に鼻を近づけ嗅ぎ出す。
「ミドリって良い匂い。昔から思ってたよ?それで…お兄ちゃんを誘惑してさ…ぶっ殺したんだよね?」
力無い私の唇にみどりは乱暴に唇を重ねた。
舌が入ってくるが、私はもう何も出来ない。
「また明日会おうね?ミドリ。」
私は『また』死んだ。
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