放課後城探部 二十九の城
私は今日一日でお城のたくさんの事を知ることが出来た。
大手門で私に枡形を教えてくれた天護先生は授業中の先生とはまた違って生き生きとしていた。
天護先生は枡形の事について教えてくれた後に今日は最後と言って一の門を指さして
「大阪城の大手門は特に防御する機能に特化して戦いのための機能を追求されて作られているわ。だけど一の門を見てご覧なさい。正面から見たときと違って背面には2つの柱に副えの屋根があしらわれているでしょ。この大手一の門の形を高麗門と言うの、大手枡形の守るという機能だけを追求した威圧的な雰囲気の中でこの高麗門は大きなデザインのアクセントになっているわ。」
天護先生の説明に反応したのかどうかはわからないが黒くて重厚な鉄の門は夕日になりつつあるオレンジ色の光を反射してキラリと輝いた。
「守るという機能だけに特化した美しさの中に潜り込ませた見る人の目を楽しませる意匠を持ち込んだ高麗門、お城を見る時は歴史や堅牢さ防御のための工夫や技術を楽しむのも良いけれど、こういった機能美の中にある意匠を楽しむ余裕も育んでほしいわ。」
そう言って先生は高麗門の切り妻の屋根を味わうようにじっくりと見つめた。
そうか、先生もまたお城が大好きな人だったんだな。
私達を部活で自由にさせているのは私達にお城を楽しむ目を養ってほしいから何じゃないかなと一事だけで思う私は先生の事を良く見過ぎなんだろうか。
虎口先輩と訪ちゃんは先生が真剣にお城を語る姿を見て本当に嬉しそうだった。
特に訪ちゃんはなんだか今までの先生を見る目とは一転して憧れの女性を見るような目だった。
訪ちゃんは本当は授業で見せるたおやかでわからないことは聞けば何でも答えてくれるそんな先生が好きなのに、普段の部活ではそんな姿を微塵も見せない先生が嫌だったのかもしれない。
今の訪ちゃんの表情を見て私にはそう思えた。
そして虎口先輩は天護先生の表面的な部分よりも本質的な部分に好感を持っているのかな?
虎口先輩は天護先生に同調するようにウンウンと頷いていた。
沈みかけの夕日は早い、空が昼の青い部分を少ししか残さなくなったのを見て先生は
「さあ、子供は帰る時間よ。暗くなる前に帰りなさい。」
そう言って解散を促してくれた。
私達三人は先生に頭を下げて別れを告げると名残を少し残しながら夕方の大阪城を後にした。
大阪城から家に帰宅したのは夕日が完全に沈もうとしている時間帯だった。
6月は夏に差し掛かろうとしているから夕日が沈むのも遅い、油断したらお母さんがカンカンに怒る時間になってしまう。
18時30分かあ、私はスマホの時計を見てちょっと帰りが遅かったかなあと思いつつも、高校生だからもう少しくらいは遅くても大丈夫なのではないかとかんがえながら家の鍵を開けた。
部屋の玄関を開けると美味しそうな料理の匂いが私の鼻孔をくすぐる。
お母さんがキッチンで料理を作っている時間帯なのだ。
「ただいまぁ。」
私は帰宅の挨拶をすると料理中の鼻歌交じりでご機嫌そうにしていたお母さんは手作りのハンバーグをフライパンに投入しようとしていた。
ジュージューと美味しそうな挽き肉の焼ける匂いがキッチンに広がるのとお母さんが私の声に反応して嬉しそうに私の顔を見たのはほとんど同時だった。
「なんか嬉しそうだね。」
食卓の椅子に学校鞄を置くと私は冷蔵庫のお茶をグラスに汲んで一口飲んだ。
「ねえねえ、さぐちゃんは来週の日曜日はなにかご予定があるのかしら。」
お母さんは今にも踊ってしまいそうな楽しげな雰囲気で私に問いかけてきた。
お母さんがこう言う時はどこか夫婦で小旅行に行くのがほとんど決定しているときだ。
私は残念ながら部活で明石城に行くから家で留守番は出来ないから戸締まりをしっかりしていこうね。
私は内心そう思うがいつもどおりにお母さんの茶番に付き合うつもりで
「ごめんね、来週は部活が在って家で留守番は出来ないんだ。どこか行くの?」
お母さんの興味を煽って楽しげに話を聞いてあげないとお母さんは臍を曲げてしまうのだ。
「そうなんだぁ・・・せっかくだからさぐちゃんも連れて三人で行きたかったんだけど、学校で部活に入ったんだね。それも青春だね!」
お母さんは私が部活があることを知って少しは寂しそうにしてくれたが直ぐに気を取り直して楽しそうにしていた。
私を誘おうとしてくれていたのか珍しい・・・
「学校で部活があるのかしら?」
お母さんが浮かれた調子で聞くので
「明石城っていうお城に行くんだ。」
私も少し楽しげに答えると
「さぐちゃん歴史苦手なのにお城の部活に入ったの?おじいちゃんに似たのかな?でもなんか面白そうな場所で部活をするみたいで良かったよ。」
お母さんはジュージューと焼けているハンバーグの事をそっちのけで私に話しかけて来た。
「お母さん焦げちゃうよ・・・」
私は少し危険なのでお母さんにフライパンを見るように促すがお母さんは
「蓋をして少し置いとかないと中に火が行かないから今はいいのよ。」
なんて言いながら浮き浮きと眩しい笑顔を私に振りまいた。
な・・・何なんだ今までの夫婦デートと一味違うぞ、私まで連れ出そうとしていたなんてどう言うことだと思い、恐る恐る私はお母さんに
「・・・来週どこに行くの?」
と尋ねた。
「聞いてくれる?さぐちゃん行けないから言わないほうがいいんじゃないかなあ?言おうかなあ・・・言わないでおこうかなぁ・・・」
何だうっとおしいな・・・
私はなんだかそういう気分になってしまったが今更後には引けない。
「やっぱり言っちゃおぉ!」
『さっさと言えよ!』
私は確かに今から暇だけど、お母さんの茶番に付き合っている暇は流石にないのだ。
「あのねぇ、来週お父さんがね。家族で白浜のアドベンチュアワールドにパンダ見に行こうって誘ってくれたんだぁ!さぐちゃんは部活で行けないからぁ、お父さんと二人でパンダデートだぁ♡」
パンダ!
パンダって、あのパンダか!
白くて黒くて笹食って愛くるしいあのパンダか!
私もパンダ見たい!パンダ見たい!
なんてひどい親だ。
私も事前にパンダ情報を知っていたら部活の日にちをずらして貰ったというのに。
しかも言うに事欠いて『さぐちゃんは部活で行けないからぁ、お父さんと二人でパンダデートだぁ♡』娘を邪魔者扱いしてパンダデートを楽し見たいと思っていたとはそれでも人の親か・・・
それでお父さんの大好きな挽き肉たっぷりのハンバーグを楽しそうに作っていたんだな。
浮かれたお母さんとパンダのせいで一日の最後にとんでもなく悲しい気持ちに點せられた私は私はフライパンの中のハンバーグがとんでもなく不味くなるように食卓でひたすら念を送るのだった。