放課後城探部 百八十五の城

L字の馬屋の最奥の出口を出ると目の前には井戸が設置されていて、視界の左手には佐和山口多聞櫓がある。

正面から見る多聞櫓と裏面から見る多聞櫓はまた違った趣を持っていた。

「多聞櫓の裏側は兵隊が配備しやすいように全面が石段になっているんですね。」

私がそういうと訪ちゃんが

「そういやそうやな。こう見ると彦根城が実戦的に作られたのが分かりやすいわ。」

「確かにそうね、櫓内の入り口も多くは両端と中央に入り口を設けて全体で一区画に3箇所の入り口で石段の箇所も限られている場合が多いけど、佐和山口多聞櫓は一区画4箇所に入り口を設けて全面を石段にしているのよね。」

天護先生も訪ちゃんも多聞櫓を見上げて感心していた。

多聞櫓と壁だけのお城の違いは多聞櫓のほうが防衛力に長けているが入り口の箇所が限られていて、漆喰塀の曲輪は全面を石段にして配備力が高いのが特徴だ。

「入り口の数を増やすことで櫓内部に敵の侵入経路を増やすことになるので緊急事態が起きたときにこの佐和山口は絶対に通さないぞ!って言う自信の現れだったのだと思うんですよね。」

あゆみ先輩の言葉に先生も頷くと

「そのようね。防御性を高めるために作られた多聞櫓で入り口区画の全面石段は攻め手に攻撃に自由度を与えることになるから防御力に対して自信がなければ出来ないことよね。」

先生は勇壮な櫓を見上げてそう言った。

確かにもしも彦根城に緊急事態があって攻め手に二の丸への侵入を許した場合この石段を使って厄介なこの櫓を攻撃してくるのに決まっているのだ。

攻め手は防御力の高いこの佐和山口多聞櫓を制圧して沈静化してからじわじわと首を絞めるように山上の守り手を攻めればいい、その重要な多聞櫓を攻めやすくするために全面石段にするわけはない。

守る手側は佐和山口の防御力の高さを信じてこのような作りにしたのだ。

確かに佐和山口を初めて見た時の迫力を思い出すとこの櫓に絶対防御の自信を持ったのも頷ける。

私達は佐和山口多聞櫓をじっくりと見上げると4人揃って

「凄いね」

と口を揃えるように言い合った。

「さ、彦根城は初手から物凄い見どころがあるお城だけど内部にはもっと見どころが多いわ。受付に向かうわよ。」

先生が私達に言うとさっと踵を返して駐車場の外を出るために歩き出した。

私達も先生の後を追って駐車場の外に出ようとしたが、珍しく先輩が先生に

「すみません、登城の前にお茶を買っても良いでしょうか」

と言って先生を呼び止めた。

「いいわよ。」

飲み物を買うと言って引き止める人などいない。

いたらそれはとんでもないハラスメント性を秘めた人だけだろう。

先生は頷くと

「そう言えば私も買っていなかったわ。」

と先輩と一緒に自動販売機に向かって駆け寄っていた。

私達もそれに従う。

先輩たちが自動販売機で思い思いの飲み物を購入している間私は近くで見つけた天守の乗ったポストを見つける。

「可愛いポスト・・・」

私は彦根城の天守の乗ったポストを見てつぶやくと

「そやな、彦根城の天守って『強そう』とか『かっこいい』とかじゃなくて可愛いねん。小さいからとかじゃなくって装飾とかも含めてオシャレで可愛いのが彦根城の天守やと思うわ。うちも前来たときに最初の天守の印象が可愛いやったわ。」

と言ってコーラを一口飲んだ。

まだ本物は見たことが無いけど、可愛いんだ・・・

だけどポストもそうだし、インターネットで見た写真でもそんな印象だ。

階層が低いからじゃない。

だって和歌山城も彦根城と同じ三層の天守だったけど和歌山城は格好良かった。

だけど彦根城の天守は可愛い印象なのだ。

彦根城だって佐和山口は無茶苦茶強そうなのに・・・

この印象の違いはどこからくるものなのだろうか、作りが違うと印象が変わる、それは自然なことだけど、天守は勇壮なものと言う単純な括りで考えてしまう私はまだまだお城道初級なのだろう。

そんな事を考えていると横から先輩が訪ちゃんに

「訪、あなたまたコーラを買って・・・」

と腰に手を当てて呆れ顔をしていた。

「だって美味しいんやもん。」

と先輩を挑発するようにまたコーラを一口飲む、先輩はそれを見てムッとした顔で

「あなたそんなのばっかり飲んでると病気になっちゃうわよ。」

と訪ちゃんを嗜めるのだが、それを横で見ている先生はなんともいえない顔になっていた。

先生も甘いものばっかり食べているから訪ちゃんがコーラを飲んで怒られているの止めることも助けることも出来ないのだ。

そんななんともいえない微妙な雰囲気を先生がしていると訪ちゃんが

「だって先生は糖尿病になってもおかしくないのに全然糖尿病にならへんやん!毎日毎日授業中にかってこっそりフリスケ時々口に含んどるのをうちは知ってるんやで、ご飯の変わりに糖分でお腹膨らましてるくらいやん!」

「ちょ・・・!」

先生は急な無茶振りに言葉が出てこない。

しかも手には糖分の塊と言われているミルクティーをペットボトルで持っているのだ。

訪ちゃんの言葉に先輩も少し困惑して腕を組んで

「うーん、これはあなたの将来のためよ!と言いたいところだけれど・・・」

と言って先生の目を見る。

先生はサッとミルクティーをペットボトルに隠して。

プイッとそっぽ向いた。

先輩はそんな事は構わずにそっぽ向いた先生の前に回って

「先生どうしましょう?」

と先生の目を見つめる。

先生は気まずそうな顔でまたプイッとそっぽ向くと先輩はまた前に回って

「どうしましょう?」

と目を見つめて聞くのだ。

二人はぐるぐると先生を中心軸としてしばらく回り続けるのだった。

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